練習用小話集

一華凛≒フェヌグリーク

「光るトマト」「タイムリープ」

【タイムリープは突然に】

 匙を持ち上げた状態で固まっている。カランとアンパンを抉っていた匙はちゃぶ台に落ちる。現在時刻朝8時。目の前には粉っぽいコーヒーとアンパンがある。流れるニュースは昨日と全く同じだ。


「えっ」


 どうやら、今日は昨日のようだ。破るタイプの日めくりカレンダーは復活している。出したゴミは昨日と全く同じ位置に戻っている。1日分のデジャブはあり得るのだろうか。

 幸い今日は休日だ。体がだるいことくらいが問題か。


* * *


 5回繰り返して、組んだ手に鼻を押し当てたまま考える。

 日めくりカレンダーはまた復活した。ゴミは元の位置に戻った。2回前と全く同じニュースが流れ『今日の動物』コーナーで起きるトラブルも全く同じ。果ては4回前見たフォロワー同士の議論を今も見ている。

 ついでに、最初のループでもらった光るトマトも目の前にある。


 最初は、確実にトマトのせいだと考えた。

 1回前は庭に埋めた。2回前はゴミに出した。3回前は鳥に食べさせたし、4回前は生産者の渡辺さんに返しに行った。5回前は怯えながらも普通に食べた。

 幻覚も疑った。

 友人と会ったし、病院にかかった。色々やった。でも絶対時間が巻き戻る。きっと他に原因があるに違いない。何回前かと全く同じアンパンとコーヒーを食べ終えて、マグカップを洗いながら考える。


『トマト以外で、何か変わったことはなかったか』


 そういえば、と思い出す。まだ寝ぼけていた朝の5時。

 家の前で高校生っぽいほのぼの会話を聞いたはずだ。


『何故、やつがここに…!』

『落ち着け。俺たちが何とかするんだ』

『ああ、地球を救うんだろ…!』


 空気を入れ替えるために窓を開けたら、寸劇が聞こえた。面白かったから、音を立てないように窓際から離れてベッドに正座した。ふざけているだけでも、楽しそうな声色を中断させるのが申し訳なかったからだ。

 ああいう青春いいなぁ、なんて考えて『もしかして』を考える。

 彼らは実は、本当に何かと戦っていたのではないだろうか。冒険が途中で終わってしまったために、タイムがリープしたのではないだろうか。ごみを集めて、ビニール袋に詰め込みながら考える。

 明日まで待つことにはなるけれど、幸い今は午前8時。作戦を考える時間なら、実は結構残っている。

 Tシャツ、短パン、スリッポン。

 実家の母が見たら怒るよな、なんて考えながらゴミ出しをする。家に戻る道の途中、さっと横目で見た限り今日も町は平和だし、道路に穴もあいていない。電柱が折れていたりするわけでもないし、ぺんぺん草は今日もたくましい。

 スッタカターと部屋に戻って、作戦会議。チラシの裏紙に議題とアイデアを書き散らす。


『どうして世界は戻ったか』


 正直少し、楽しかった。



 次のループで頭を抱える。

 社会的に終わってやしないかと泣きたくなる。朝、慌てて起きた後、ごみを集めて直ぐに出た。道路には学ラン高校生が3人いて、ものすごく気まずそうに会釈をしてきた。顔が滅茶苦茶赤かった。

 ゴミ出しをしながら確認しても、変な所は一つもなかった。いい感じの傘にはしゃいでいただけだった。傘のマーブルな落書きが目に染みた。いたたまれなくて、こちらも会釈して、部屋に走り帰った。


 前回の自分のキメ顔に右ストレートを叩き込みたい。寸劇を邪魔した変な人、空気読めない寝起きのすっぴん。そんな人が自分だった。済まなさ過ぎて涙が出る。


「ごめんよ……次はほっとくよ」


 二度寝の前に謝る事しかできなかった。

 起きて一つ考えるまた時間は戻ったわけだが、一体全体原因はどこだ。


 そういえば、と思い出す。買い物に出かけた13時に驟雨があった。

 お子さんを探していたお母さんは、無事にお子さんを見つけただろうか。かなり慌てていたけれど。


「もしかして」


 親子を、大きな悲劇が襲ったのかもしれない。優しいかみさまが願いを聞いて「どうにかしよう」とタイムがリープしたのではあるまいか。アンパンを抉る匙を置き、粉っぽいコーヒーを流し入れる。今傘を持ってスーパーに行こう。幸い今日は休みなのだし、探しに行くのを手伝おう。流れるニュースはやはり昨日と同じ。



 110番されかけながらも親子は感動の再開を果たしたし「見つかってよかったね」も「長雨ですから気を付けて」も言った。いいことするのは気分がいいし、次も親子は助けに行こう。


「そういえば、変なことを言っていたような……」


 光るトマトを観察する。

 宝石のようなプチトマト3つ。今日の、わたしの夜ご飯。渡辺さんにもらったトマト。茹でて薄い皮を剥いたなら、青く輝く丸いトマト。薄皮の中には緑に輝く日本がある。

 渡辺さんは一体、何をしたのだろう。どうやってこのトマトを作ったのだろう。

 今も変わらずトマトは発光している。体に悪そうだけれど、タイムリープの原因ではなさそうなのだ。


 風が吹く。


 突然ドアが開け放たれる。

 映画以外で初めて見る、テンプレのような黒いスーツにサングラス。肌は原色のマゼンダな上、前から3番目のスーツに至ってはふさふさの御鬚が、どうみても虎柄。スプーンの上のトマトを目を見開いてみているから、ついついトマトを隠してしまう。

 本当にアンタ何したんだ渡辺さん。マジかよトマト。お前かよトマト。

 大きく広がる虎柄が扉も廊下も隠して迫る。想像の範疇を超える出来事に大声で叫ぶことしかできない。


―――ばりーん。


 颯爽とベランダから不法侵入された。

 靴をきちんとそろえて脱いだ、前回の高校生組。突然始まる戦いにわたしは全然ついていけない。誰か、説明をくれ。ポンと肩を叩かれた。説明を期待して振り返った先には、今日助けた例の親子。

 でも顔。ちょっと顔。

 どう見た所でイワシの頭なのですが。どうしたんですか、わたしの目。どうしたんですか、その頭。


 ヒイラギモチーフのコスチュームで、高校生は戦っている。スーツが外に放り出される。家具も壁も壊れている。イワシ頭の親子は、両手からビームを放っている。誰がどの陣営なのかさっぱり分からない。


―――そういえば。


 今日は、節分だ。

 わたしは豆をまかなかった。豆をまかないだけで、こんな意味不明な出来事に巻き込まれると誰が思うだろう。意識は遠く飛んでいった。



 目が覚める。

 いつもの部屋に慌てた様子の渡辺さんがいる。時計を見れば、今は6時。渡辺さんのお孫さんが倒れる私を見つけたらしい。

 あの襲撃は何だったのか、夢だったのか。

 頭を押さえながら手をついた机には、透き通ったビー玉とお面が2つ乗っていた。


 もう巡ることのない日々の中、ビー玉を見る度に思い出す。


「もう二度と豆まき忘れないわ」

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