第10話 にゃんこ様
「それで、おぬしが新しく選ばれた猫戦士か」
少女は空雄を見るなり黄金色の目をキラキラさせた。
「やはり白丸が選ぶ人間だけあるな」
この場にいるだけで花のある少女はいったい何者なのか。もしや、流太と同じく猫善義王に選ばれた猫戦士? すかさず流太がにこやかに2人の間を取り持ってこう言った。
「空雄、紹介する。彼女は猫善義王。猫の神様だ」
聞き間違いでなければ、この小さなかわいらしい少女が神様だと言った。理解が追いつかない。だって、見た目は完全に自分たちと同じ猫化した人間なのだから。
「期待外れという顔をしておるな、人間。私は狂暴な猫でも巨大な猫でもない。100人いたら100人全員が振り返る絶世の美女じゃ。こう見えても、昔はすらりと背が高くりりしい姿をしておった」
「もういいよ、その昔話」
流太が笑顔で話をぶった切る。
「猫善義王というのが私の名なのだが、みんなにはにゃんこ様と呼んでもらっている。その方が、言いやすいからなぁ。どれどれ? よーく見せて。うん、なるほど。いい感じで猫化しているじゃないか」
「驚くのも無理はない。最初はみんな、そうだから」
流太は緊張感のない声で言った。
「それで、おぬしの名前は?」
「空雄です。空に雄大の雄と書きます」
「いい名じゃのう。これからよろしく頼むよ」
「あの」
「ん?」
「どうして俺を、選んだんですか?」
空雄は勇気を振り絞って言った。
「どうして、俺なんですか? 何か、悪いことをしたって言うんですか?」
「おぬしは何も悪くない」
にゃんこ様は言った。
「おぬしを選んだのは白丸じゃ。私が猫戦士となる人間を、白丸に選ばせた。覚えていないかもしれないが、白い猫だよ。憑依した白丸は今もおぬしの中にいる」
にゃんこ様は小さな口を結び数秒黙ると、空雄に歩みより小さな拳を胸に当てた。
自分が選ばれたのは、白丸が選んだから。その白丸も、今は語る口なく空雄の中にいる。猫戦士に選ばれた理由すら分からずに、戦えというのか。
「あなたは、俺たちを人間の姿に戻すことができる。そうですよね。だったら今すぐ、ここで戻してください。石男とかいうやつを滅ぼさなければいけないことが、どれだけあなたにとって大切なのかは分かりません。だけど、俺にだって大切なものがあるんです。例え石男を滅ぼしてたたえられたって、そのころには2、3年と取り戻せない月日が過ぎています。その間に、俺の家族だって年を取る。あなたはご自身のしていることが分かりますか? 神様だかなんだか知りませんけど、一般人を巻き込んだんです」
「空雄」
勢いに任せて出た言葉を流太が止めた。
「流太さん! どうして抗議しないんですか? あまりに理不尽だ!」
「戦士に選ばれれば、逃げることはできない」
どうしてそんなことが言えるんだ。空雄は拳をギュッと握りしめた。
「恨むなら私を恨め」
にゃんこ様は言った。
「石井道夫を滅ぼせば人間に戻してやる」
駄目だ。空雄は諦めの気持ちに浸っていた。きっと、自分はこの状況を変えられない。
にゃんこ様の目を見て思った。あの黄金色の目、人間ではない。あきらかに異質な、畏敬の念すら感じる眼光。引き止めようとした言葉さえも今は喉の奥に引っ込んだ。
「強いて言えば、生きたいと願ったから。それが選ばれた理由じゃよ。五大猫神使は生への執着心が強い人間を憑依体に選ぶ。強ければ強いほど、器としての完成度が高くなるからじゃ。真実は、おぬしが人間に戻った時分かるだろう」
空雄は2人に背を向けて外に出た。人のいない境内を歩きながら、うつろな視線を地面に注いだ。
理不尽? なにを言っているんだ。世の中なんて、理不尽なことだらけじゃないか。どんなに頑張っても、報われないことがある。人の話を聞かず、怒鳴りつけてくるやつもいる。普通に生きていたって、車が突っ込んで死ぬ人も。たまたまそこにいただけで刺されて死ぬ人だって。
そうか、
そうだよな。
運が悪かったんだ。
空雄は自分に言い聞かせて石になった猫たちのそばに座った。この猫たちも、運悪く石に変えられてしまったのだ。ため息が漏れる。隣の猫の石に枯れ草がのっていたので手でほろった。
自分の中に憑依したという白丸も、きっとにゃんこ様に言われて事に及んだ。誰が加害者で、誰が被害者なのか。そう考えると、とどのつまり、行きつく先はにゃんこ様と石男。だが、なにせ相手が悪い。猫の神様に勝つ方法なんてあるわけがない。自分は利用される側なのだ。一層のこと、流れに身を任せて猫戦士として役目を全うした方がいいのかもしれない。にゃんこ様のお望み通り。
「白丸。俺に憑依した理由って、なんなんだ?」
返事はない。当然か。猫の神様が見えるくらいだ、テレパシーかなにかで答えてくれるとありもしないことを期待していた。まったくもって、虫の居所は悪いがこの状況をのみ込む他ない。完全に希望が断たれたわけではないのだ。空雄には、自分を心配してくれる優しい家族がいる。
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