15 新入生歓迎パーティー②
「あぁ~ら、ごめんなさぁい? 手が滑っちゃったぁ~!」
グレースが空になったグラスを片手にニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべてながら私を見た。
赤い液体が顎から滴り落ちる。下を見ると、ドレスにも赤い染みがみるみる広がって行っていた。
グレースは嘲り笑いながら、
「ごめんねぇ~! わざとじゃないのよぉ~?」
「これは事故ね、事故。わたし、見ていたわ」
「運の悪い平民さんねぇ。可哀想に」
周囲の貴族たちもくすくすと笑いながら私を見る。またぞろ平民の悪口大会の始まりだ。
そう来たか……。
きっと私もオリヴィアもちゃんとダンスを踊れたから難癖を付けられず、腹いせにドレスに葡萄ジュースを掛けたのだろう。なんて幼稚なのかしら。
……でも、こっちも負けてられないわ。
私はすっと息を吸ってから、
「大変っ! ストロガノフ家のエレーナのドレスが汚れてしまったわ! どうしましょう!」
周りに聞こえるように声を張り上げて大仰に叫んだ。
「ストロガノフ家の! エレーナが!!」
ここは大事なことなので二回言ってみたわ。さぁ届け、貴族のお坊ちゃんお嬢ちゃんたちまで。
「エ……エレーナですって!?」
「ストロガノフ家のドレスを汚した!?」
「素敵なドレスと思っていたけどエレーナだったのね!」
「なぜ平民がエレーナを?」
「さすがにこれは不味いのでは……?」
「ストロガノフに宣戦布告しているのと同じだぞ」
不穏な空気が一気に広がった。
皆、さっきとは打って変わってグレースを非難するような視線を送る。思惑通りね。
「なっ……!」グレースは目を見張ってよろよろと一歩下がる。「う、嘘よ! 平民なんかが最高級のエレーナのドレスを着ているはずないわっ!」
「嘘なんかじゃないわ。ね、セルゲイ?」と、私は彼に目配せをした。彼はニヤリと口の片端を上げて、私の作戦に乗ってきた。
「リナの言う通りだ。今度エレーナから若い令嬢向けのカジュアルドレスを出す予定なんだ。だから今日のパーティーで彼女にその宣伝をしてもらうことになったんだよ。これは間違いなくエレーナのドレスだ。本物の、ストロガノフの、エレーナだ」
あら、セルゲイも大事なことを二回言ったわね。しかもゆっくりと分かりやすいように。
グレースは完熟の林檎のように顔を真っ赤にさせて、
「そんなの、聞いてないっ!!」
「そうね。これから宣伝回りをする予定だから言っていないわ」
「くっ……!」と、彼女はきっと私を睨む。私は蔑むように彼女を見て鼻で笑った。
「エレーナのドレスを意図的に汚すということは、ストロガノフ家に喧嘩を売っていると解釈してもいいんだな、グレース・パッション伯爵令嬢?」と、セルゲイが言うと会場がざわついた。
グレースは今度は顔を真っ青にしてガクガクと小刻みに震えている。下手な王家より強い大貴族のストロガノフ家は伯爵家が太刀打ちできる相手ではない。
セルゲイは追い打ちをかけるように、
「もうお前ら三人には一生うちのドレスは売らないからな。一生だ、一生」
「「えぇえぇっ!?」」
ジェシカとデイジーが素っ頓狂な声を上げた。
「だって、二人もそこの伯爵令嬢と一緒にリナに嫌がらせをしていただろう?」
二人は首をぶんぶんと横に振って、
「じっ……ジュースを掛けたのはグレース一人だけよ!」
「そうよ! わたしたちはなにもやっていないわ!」と、全力で否定した。
「ち、ちょっと、あんたたち! あたしを裏切る気っ!?」
グレースが金切り声で叫ぶ。
「だって……ねぇ?」
「憧れのエレーナのドレスを着られないなんて……ねぇ?」
「あんたたちぃぃぃぃぃぃぃっっ!!」
グレースはまたもや顔を真っ赤にさせた。
「おいグレース、これからは俺の家の生地も買うなよ」
「買わないわよっ!!」
あら、自棄になって開き直ったわ。
「グレースが今している髪留めの絹のリボン、ストロガノフの絹糸でしょ? あなた、前にパーティーに付けて行くって自慢してたじゃない」と、私も追撃する。
「取ればいいんでしょ! 取ればっ!」
――そのときだった。
「なにをしている」
朗々とした令息の声が響いた。
声のほうに顔を向けると、フレデリック様が険しい表情でこちらを見ていた。
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