12 ダンスの練習

 生徒たちは浮き立っていた。


 もうすぐ、新入生歓迎パーティーが開かれる。

 学園の生徒会が主催するパーティーで、全生徒が参加する小さな社交界だ。

 とはいうものの、貴族のパーティーなので、絢爛豪華に飾られた会場に美しく正装をした令嬢や令息が一斉に集う。上級生と下級生の交流を深めて家門の人脈を広げよう、という意図である。


 平民の私には関係ない催しだと思っていたが、担任の先生から生徒は強制的に全員参加と聞かされて絶望に打ちひしがれていたところだ。

 全く、なんで私まで参加しなくちゃならないのかしら。

 お貴族様の群れに平民がぽつりと放り込まれたらどうなるか目に見えているじゃない。きっと上級生にもグレースみたいなのがわんさかいるわ。はぁ、憂鬱ね……。



「あらあら、平民がパーティーなんておこがましいにも程があるわぁ!」


「平民も参加するパーティーなんて侮辱ものだわ」


「っていうか、ドレスは持ってるの? まさか制服で参加するつもり?」


 ……噂をすれば、グレースたちが私にわざわざ嫌味を言ってきた。


「なによ、うるさいわね」


「あらぁ? あたしは哀れな平民さんを心配してあげているのよぉ? マナーも知らない平民が貴族のパーティーに参加するなんてお可哀想に。それに……」


 グレースはチラリとオリヴィアを見やって、


「男爵令嬢になったばかりの元平民さんはダンスは踊れるのかしらぁ? まさかダンスもできない令嬢なんていないわよねぇ?」


「わ、わたしは……」


 オリヴィアは下を向いてぎゅっと唇を噛んだ。

 彼女は父親が事業に成功をして、学園に入学する半年ほど前に爵位を買ったらしい。だから貴族のマナーもまだ勉強中の身なのだ。

 グレースたちはそこに付け入って、いつも彼女に嫌味を言っていた。立場も低く、親しい貴族のいない彼女は反撃できずに毎回やられるままだった。


「オリヴィアもダンスくらい踊れるわよ」


 私はオリヴィアを守るように彼女の真正面に立って、グレースを睨み付けた。


「えぇぇ! そうなのぉ?」と、グレースはわざとらしく驚いてみせる。「それは今度のパーティーが楽しみだわぁ! 是非、見せていただこうかしらぁ?」


「えぇ、どうぞ」と、私はニッコリと微笑んだ。




「リ、リナ……。あんなことを言って、どうするの?」


 グレースたちが立ち去って、オリヴィアは不安げに私に尋ねた。


「パーティーまでに踊れるようになればいいのよ。良かったらダンスくらい私が教えるわ」と、自信満々に私は答える。


「えっ? リナって、平民なのにダンスが踊れるの?」


 オリヴィアは目をぱちくりさせた。


「あっ……」


 自分が放った言葉の意味に気付いて凍り付いた。平民が貴族のダンスを踊れるなんて、前代未聞だ。


「えっと……その……」


 私は慌てふためいて、しばらく二の句が継げなかった。


「リナの母親が伯爵家で働いていたことがあるんだよ。な?」


 出し抜けにセルゲイが現れて、助け舟を出してくれた。意味深長に目配せしてくる。

 私ははっと我に返った。そ、そうだわ! その設定で行きましょう。


「そ、そうなの! は、母が帝国時代に伯爵令嬢のメイドをやっていて、気まぐれなご令嬢だったからダンスの練習相手をメイドにもやらせていたのよ。母は運動神経が良かったから。そ、そこで覚えて娘の私にも教えてくれたってわけ」と、私は早口で即興の出任せをつらつらと並べた。顔が引き攣った。


「まぁ! そうだったのね! 凄いわねぇ!」


 純粋はオリヴィアはすっかり私の話を信じ込んだようで、期待のこもったキラキラした瞳で私を見た。

 反対にセルゲイはギロリと私を睨み付けてくる。お、怒ることないじゃないの! でも、まぁ今回も彼に助けられたわ。あとでお礼しないと。




 放課後、私たちは空き教室を借りて早速ダンスの特訓を開始した。セルゲイには私が働いている定食屋で今度ご馳走するという条件で相手役になってもらった。


「いい? まずは基本のステップを踏むからしっかり見ておいてね。いくわよ、セルゲイ」


「おう」


 私たちは手を取り合って、踊りやすいように密着した。そして、同時に足を踏み出す。


「1、2、3! 1、2、3!」


「うわぁ! 二人とも素敵!」


 曲がないので掛け声でリズムを取った。

 そういえば、まだ未成年で社交界デビューしていない私と彼が一緒にダンスするなんて初めてだわ。しかしさすがの公爵令息。上手なリードで踊りやすい。


「本当は……今頃俺たちは帝国でこうやって踊っていただろうにな」と、矢庭にセルゲイがぽつりと呟いた。


「えっ!?」


 突然の彼の思い掛けない発言に私は驚いてバランスを崩してしまう。

 倒れる、と思ったとき、彼の腕がすっと伸びて私を優しく掬ってくれた。彼の綺麗な顔が私の眼前まで迫って来る。


「大丈夫か?」


「う、うん。ありがとう……」


 私はなんだか恥ずかしくなってパッと彼から離れた。

 殿方とこんなに密着したのはお父様とお兄様以外で初めてだわ。

 そんなことを考えていると、覚えず顔が上気した。もうっ、セルゲイが変なことを言うから……。


「ダンスのときは私に近付かないで!」と、私は眉間に皺を寄せて彼に言った。


「はぁ? 近寄らないでどうやってダンスを踊るんだよ」


「近付かないで!」


「はいはい。じゃ、次はオリヴィアもやってみるか」


「は、はいっ!」

 





「お、頑張っているな」


 ある日、担任のアルフィー先生が練習に顔を出した。

 先生は入学した頃から平民の私をなにかと気にかけてくれて、頼りになる存在だ。グレースたちにも何度も注意をしてくれている。まぁ、全くといって効果がないのだけれど。


「先生、オリヴィアったらステップも踏めなかったのに、もうこんなに上達したんですよ」と、私は得意げに彼女のダンス姿を見せびらかせた。


「リ、リナ……! 恥ずかしいわ」


「ほう、凄いじゃないか! ……あれ?」


 先生は首を傾げた。


「どうしたんですか?」


「いや……」と、先生は少し考える素振りを見せてから「そうか! リナ君とセルゲイ君の教えているダンスは帝国式だったな。リーズでは少し異なる部分もあるんだよ」


「「あっ……!」」


 私とセルゲイは顔を見合わせた。


 すっかり忘れていたわ! ダンスといっても国ごとに特色があるのよね。リーズ式のダンスは王太子妃教育のときに覚えればいい、ってなにも勉強していなかったわ。


「どうしよう!」


 私は慌てふためいた。

 困ったわ。このままだとグレースたちに馬鹿にされちゃう。


「じゃあ、良ければ私が教えよう」と、先生はおもむろに上着を脱ぎ始めた。


「いいんですか?」


「もちろん。こんなことで良ければ喜んで協力するよ。大陸中の国は基本は帝国に倣っているから君たちもすぐに覚えるだろう」


 こうして、私たちは先生も交えてパーティー当日までダンスの特訓に明け暮れた。


 アルフィー先生がたまたま見学に来てくれなかったら、とんだ失態を晒すところだったから本当に良かった。先生には感謝してもしきれない。


 見てなさいよ、グレース。優雅に踊るオリヴィアを見せ付けて鼻を明かしてあげるわ!


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