4 新たな目標
旅は順調だった。
生まれたときからずっと宮廷生活で、そのあとはアレクセイさんの家から一歩も外に出なかったので最初はおっかなびっくりだったけど、一度勝手が分かればあとはもう大丈夫。買い物も気軽にできるようになったし、辻馬車や定食屋で近くに座っている人たちと会話もできるようになった。当然彼らは全員平民で、私の知らないことを多く知っているのでとても有意義な時間を過ごさせてもらった。
あと、悲しいけど平民にも悪意を持って近寄ってくる人間がいるということも知ったわ。笑顔で近付かれて危うく財布を取られそうになってしまった。親切な冒険者の方に助けてもらって事なきを得たけど、誰にでも心を許すのは危険なのだと勉強になった。
……ま、この辺は貴族と変わらないわね。彼らも美しい笑顔の下には獰猛な悪意を隠しているものね。
「ここが……リーズ……!」
出発から約一月、私はついにリーズ王国へ足を踏み入れた。
最初に訪れた場所は国境の小さな町だったからリーズに着いたって実感が湧かなかったけど、だんだんと王都に近付くに連れて胸が踊った。
リーズ王国は大陸の西側にあって、温暖な気候で寒冷のアレクサンドル連邦国よりずっと暖かい。
今の季節は冬でリーズの人々は寒い寒いって口にしているけど、私からしたら秋くらいの気温だ。ターニャさんから真冬用の外套は必要ないって言われて渋々置いてきたけど正解だったわ。あんな毛皮まみれの熊みたいな外套をここで着ていたらきっとお笑い草だったと思う。
そして国境から数日間ゴトゴトと馬車に揺られて、やっと王都に着いた。
「うわぁ……!」
王都はお祭のような賑やかさだった。フレデリック様曰く曇りの日の多いリーズ王国で雲ひとつない晴天の日が貴重なこともあるのだろう。街の人々は買い物や散策を楽しんでいた。大通りは人でごった返して活気立っていた。
「あれは!」
白と薄いピンクのストライプ模様の外装に目が行った。たしかここは令嬢たちに人気のカフェだわ。
あ、隣には可愛くて値段も庶民にも手の届く価格帯で人気だというブティックがある。フレデリック様の手紙に書いてあった通り、二軒とも女の子の行列ができているわ。
私はお上りさんよろしくキョロキョロと頻繁に首を動かしながら興味深く辺りを見て回ったが、ふとした拍子にはっと我に返る。
こんなことをやっている暇はないわ!
私はリーズ王国に観光に来たんじゃなかったわ。しばらくここに身を隠すことになるので、住む所と仕事を探さなければいけないのだ。
アレクセイさんからは皇女時代の私の財産が残っていたと十分過ぎるくらいのお金をもらった。でも元々はこれは国民からの税金だからなるべく手を付けたくない。だからここで生活をしていくために労働をしなければ。
私は周囲の景色を見ないように早足で職業案内所へと向かった。
「いらっしゃい。今日はどんな職をお探しで?」
「ええっと……料理を習ったのでそれを活かせる仕事があれば……?」
「かしこまりました。では、しばしお待ちを」
職業案内所は街の一角にひっそりと建っていた。人はまばらで職員も手持ち無沙汰にしている。仕事を求める人が少ないということは景気がいいということかしら?
リーズ王国はアレクサンドル連邦国ほどではないけど、旧帝国の皇女の嫁ぎ先になるくらいの結構な大国だ。きっと国王陛下の手腕が素晴らしいのね。
……なんてぼんやりと考えていると、大きな貼り紙が目に飛び込んできた。
【リーズ王立魔法学園入学試験】
「なんですって……!?」
私は吸い込まれるようにその貼り紙の前へ向かう。そして貼り紙の文字を何度も目で追った。間違いない、魔法学園の入学試験の案内だわ。
この世界には魔法が使える人間がいる。
一人一つの属性の魔法が使えて、その属性や魔力の量には個人差がある。そして高位貴族になるにつれて高い魔力を持っている。逆に平民はほとんど魔法が使えない。ちなみにアレクサンドル皇家は代々氷の魔法の使い手だった。
リーズ王立魔法学園は別名「貴族学園」で貴族の子女たちがこぞって通っているらしい。魔法の他にも教養や学問を学べるので立身出世の道が開けるし、なにより貴族同士の交流にも役立っているのだ。
そして、王太子であるフレデリック様もこの学園に通っていた。
「…………」
私は生唾を呑み込んだ。全身が打ち震えた。
ここに入学できたらフレデリック様にお会いできるかもしれない……!
その考えだけが頭の中をぐるぐると駆け巡っていた。
結婚は叶わなくても、せめてお顔を見るだけなら構わないわよね? どうせいずれは連邦国に戻るのだし、最後の思い出作りにリーズ王国の学校に通うだけなら構わないわよね?
「お客さん」
そのとき、さっきの受付の方から声を掛けられた。私ははっと我に返る。
「あ……すみません。つい見入ってしまって」
「いいんですよ。ところで、入学試験に興味あります? 魔法が使えるのですか?」
私は戸惑って少し黙り込んだが、
「……はい」
誘惑には勝てなかった。
「それは素晴らしい」受付の方はニコリと微笑んだ。「では、折角の機会だから受けてみてはいかがですか? 特待生制度もありますし」
「特待生?」と、私は目をぱちくりさせた。
彼の話によると学園には特待生制度というものがあって、魔力の高い平民はそれを利用して入学するそうだ。
特待生は授業料など全てが無料になる。もっとも、継続して優秀な成績が求められるので入学してからも相当な努力が必要らしいが。だから特待生になるには至難の業のようで、ここ数十年間一人も現れず、元平民で現準子爵の法務官が最後の特待生らしい。
魔法学園を卒業すると、本人の実力にもよるが平民でも国の中枢に関わる仕事ができるそうだ。
もしかしたら、フレデリック様の近くで働けるのかもしれない。
……いえ、私はいつかは連邦国に戻るのよ。そんな夢のような話なんてあり得ないわ。
でも、同じ学び舎で過ごすくらいは許されるわよね……?
「入学試験の受付は中央図書館で行っています。宜しければ、場所を教えましょうか?」
にわかに胸に早鐘が鳴った。
私はゆっくりと頷いた。
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