第16話「マケナイキモチ」


「やったからにはケジメよ。真木慎二。」


「アイェエエエエ!?」


 翌日。部活に向かっていく真木慎二を待ち伏せてボコボコにした葵は翔子のいる学校へと足を運んでいた。


「ま、待ってください葵先輩!暴力はダメです!負けないってあんなキラキラした真っ直ぐな眼をしてたのはそういう意味ですか!?そういう意味なんですね!?」


 朝から呼び出された椎奈は慎二が葵の持ってきたバットでボコボコにされる様子を見守り、流石にこれはまずいと踏んだのだった。


「大丈夫よ。ほら、これ渡すだけ」


 手には藁人形が握られていた。


「ヒェィッ!?」


「貴女は慎二君の手当てに行きなさい?やったからにはケジメが必要なのよ。負けない話はそれから。」


「こ、こんなの諸星先輩が知ったら怒りますよ!?」


「ええ、ちゃんと怒られるわ。だからしっかり全部やってから怒られる。」


 椎奈は血の気がひいた。このバカは言って聞く人じゃない。諸星先輩を呼ばなければ翔子が危ない。

 と、椎奈は諸星善の家へと駆けた。気絶している慎二は無視した。ユウジョウ!


 葵が学校へ向かっていると、道の中間にある公園の真ん中に翔子は堂々と立って待っていた。おそらく葵が来るのだろうと予想して待っていたのだ、炎天下の中で。


「や、やっときたわね!うっ…頭が…」


 すでに汗だくでふらふらとしている彼女の首根っこを掴み、葵は木陰へと引きずり向かった。


「ちょっと。今すぐ日陰に行くわよ」


「えっ」


「はい、自販機で今冷たい物買ってきたから飲んで。こっちは冷やす用だからジャージの中に入れるわよ。もう一つは恥ずかしいけど股に挟んで。はい、飲んだら身体は横向きにして、安全体勢にしなさい。私の膝貸してあげるから頭を乗せなさい。」


「あの、なんで私こんな」


「やっぱりアホの子ねあなた。こんな炎天下の中で日陰にも入らず待っているなんて命に関わるわ。」


 しばらく静かにさせられ、翔子はその空気に耐えられずに話した。


「あの…昨日のこと怒ってますよね」


「怒ってるわよ。さっきあなたのお兄さんにはケジメつけてもらった。」


「アイェエエエエ…。」


「ね、聞きたいのだけれどどうして翔子ちゃんは善君をデートに誘ったの?慎二君が適当なこと言って勧められた?」


「適当なんかじゃありません!あいたたた…。善先輩は、私のヒーローなんです。」


「ヒーロー…?」


「はい。私、昔がまだ10才の時お兄ちゃんの野球の試合を見に行っていたんです。そしたら、今みたいに熱中症で倒れてしまって。しかも球場の外に出ていたので誰も気づいてくれなくて。そうしたら、たまたま同じく野球を見にきていた善先輩が助けてくれたんです」


 そういけば昔から二人は仲が良いと聞いていたけれど、そんなに前からだったなんて知らなかった。


「子どもながら思ったのは、善先輩はとっても大きな背中だなって。背負って私のために走ってくれた。背中から感じた汗、焦る呼吸、香り……」


「ん…?」


「髪の匂い、服の匂い、太ももから感じる手のひらの熱さ、首筋の汗の味…全てが私の初めてでした。あんな感動は思い出すだけで…フヒッ」


 私はやっとわかった。アホの子の部分はあるけれど、この子はとんでもない変態だと。


「だから私お兄ちゃんに言ったんです。同じ高校になったら、善先輩を彼氏にできるように協力してって。だから同じ高校に入学したんです。きっと善先輩を彼氏にするって決めて。でも、昨日の様子から見てあっちはさーっぱり覚えてないみたいですね。」


「そう。じゃあ私の勝ちね。」


「は?」


「翔子ちゃんは善君のこと好きなのよね?憧れてるのよね?」


「そーですけど。何が勝ち負けなんですか」


 明らかに翔子は苛立ちを見せている。自分の気持ちを勝ち負けで言われればそうなる。


「私、善君のこと愛してるから。」


「は、はぁ。あっちはどうでしょうね。キモいことたくさんしてる女性に。」


「翔子ちゃん?そんなの関係ないの。善君の気持ちなんて関係ないのよ?」


「え……?」



 膝枕で目の前に迫った翔子のどす黒い瞳と声に翔子の血の気がひいた。


「ぐっ…でも私だって負けたくないんです!」


 急に起き上がった翔子のおでこと葵のおでこがぶつかり、二人は悶絶した。


 そこへちょうど椎奈に呼ばれた善が駆けつけた。


「こらー!葵さん!そこの道端で真木が倒れてたぞ!あっちは早田さんに任せたけど何やってんだ!」


「「ううおでこが…」」


「翔子ちゃん?どうしたんだ二人は?」


「気にしないで。これは戦争なのよ」


「そうです!戦争なんです!」


「分からんけども。とりあえず、おばあちゃんに電話するからな。」


「ご、ごめんなさい。それだけは許して。違うのよ、翔子ちゃんが熱中症と熱射病で…」


「言い訳無用。さっさと家に送ってあげてくれ。」


「はぁい。」


 葵は翔子をゆっくりと抱えて起こし、歩み出そうとした時だった。


「翔子ちゃんも、一回で学べよ。もうならないように。」


「え?」


「俺は早田さんのところに行ってくる。じゃ、またな」


 葵は走り去って行く善を見届け、惚ける翔子の脇腹をつねった。

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