第24話


 その知らせは突然届いた。



 レイモンドが領地に戻り、父や兄の手伝いをしながら過ごす日々。

 時折時間を作ってはバルジット家の領地に足を運んだり、国内の目ぼしそうな場所を探して回った。白銀の娘の噂を聞いては王都に馬を走らせ、そんな風に過ごしながら気づけば一年以上が経っていた。

 その間王都の噂は流れてくることもあるが、遠い辺境の地へは時間差がある。

 新しい情報が入ることは中々難しい。


 そんな時、王都にある別邸の使用人が早馬を使い知らせてくれた内容に、レイモンドを始め皆が驚きを隠せなかった。


 アーサー第二王子が、遠い地にある大国の第三王女の伴侶として婿入りすることが決まったとの内容だった。

 

 アリシアを諦めたことにも驚いたが、現在の国王には子が二人しかいない。そのうちの一人を他国に、それも遠い地に婿入りさせるなど考えられないことだった。

 確かに王太子夫婦に王子は一人いるが、それでも王族としてその血を盤石なものにするにはアーサーの存在は切り捨てるには惜しい。

 大国に婿入りすれば、もうこの国の地を踏むことはないかもしれないのに。


「何があったんだ?」


 レイモンドのつぶやきに兄が反応する。


「ここでは情報が間に合わん。王都に行ったらどうだ? 伝手を辿れば詳細がわかるはずだ」

「いいのですが? しかし……」

「ここの事なら大丈夫だ。何とかなるさ。ただし、絶対に無理はするな。それだけは約束しろ」


 レイモンドは兄から背を押され、王都へと馬を走らせた。

 走りながらどこで情報を求めようかと考える。王都を離れて一年以上経つ。

 その間、今までの関係者とは誰とも連絡を取っていない。

 どうしたものか?と、そんなことを考えながら寝ずに馬を走らせ、気が付けば王宮のそばまで来ていた。

 これほどまでに時間が経っても、体が覚えてしまった道のりは沁みついているものだと苦笑してしまった。


「レイモンド?」


 ふと、自分の背から名を呼ばれ慌てて振り向くと、そこにはかつての上司であったデリックが立っていた。

 急いで馬から降りると「おひさしぶりです」と、慌てて頭を下げた。

 くくくと、笑い声とともに 

「おいおい、お前はもう退役したんだ。上司でも部下でもない。ただの飲み仲間だろう?」

 そう言ってデリックは片目を閉じ、笑ってみせた。


 騎士隊を辞め部外者になってしまったレイモンドが王宮に入ることは出来ない。

 二人は近くの食堂に入り、デリックは昼間から酒を飲み始めた。


「夜勤明けだ。後は一人帰って寝るだけだから、ちょうどいい。お前も付き合え」


 そう言って無理矢理酒を勧められ、付き合うはめになってしまった。

 ま、いいかとデリックにつき合い一口酒を口に含み、いつも飲んでいる領地の酒とは違う、洗練された酒の味を堪能した。


「あの話しがもう耳に届いたんだろう? まだ王宮に出入りしている一部の貴族しか知らないはずだからな。さすが、辺境伯家の情報網と言ったところか?」

 

 デリックはくふっと口角を上げ、視線を酒に落としたまま笑って口にした。


「やはり本当なんですか? 婿入りすると、私には未だに信じられないのですが」

「ああ、本当だ。大国のお姫様からのたっての希望らしい。望まれて婿入りするんだ。こんな目出たいことはないだろう? せいぜい祝ってやらねば。なあ?」


 そう言いながら向かいに座るレイモンドを見つめ、不敵な笑みを浮かべる。


「元々私が何か言う立場にはありませんし、あの方が本心からそれを望まれているのなら、心から祝福するだけです」

「はは。お前は相変わらずだな。一年経っても変わらない。お前らしいわ」


 デリックは苦笑気味に笑みを浮かべグラスの酒をあおると、手酌で酒を注いだ。


「隊をやめてから何をやってたんだ? まさか領地に引きこもってただけじゃないだろう?」

「ひきこもっていたかどうかは? まあ、なんとも言えませんが。私兵たちの指揮をとり指導にあたりながら、彼女を探し続けていました。でも、まだ見つけることはできていませんが。ほんと、情けないです」


 うつむき苦笑いをするレイモンドを見ながら、デリックがぽつりとつぶやく。


「ふぅん。俺。知ってるけどな」

「え?え? 今なんと? 隊長!いまなんて?」


 机を挟んで身を乗り出し、デリックの胸倉を掴んでゆさゆさと揺さぶるように問いかけるレイモンドに

「おい、ちょっと落ち着け。これじゃ、俺に喧嘩売ってるみたいだろうが」


 その言葉にレイモンドは我に返り、辺りを見回し身を小さくしながら椅子に座りなおした。


「隊長、本当ですか? 本当に彼女の、アリシアの行方が?」

「ああ、知ってる。でも、教えるわけにはいかんだろう? 彼女が何も言わないんだ。俺が勝手に教えるわけにはいかないさ」


「それは……。あ、元気なんでしょうか? その、辛い思いをしていなければと、それだけが気がかりで」

「ああ、元気だ。彼女の身も安全なところにいる。お前が心配しているようなことにはなっていないと断言できる」

「そ、そうですか。それだけでも良かったです」


 レイモンドは安心したように深いため息をつき、目の前の酒を一気にあおった。

 酒の酔いのせいだろうか? 安心したら気が緩んだのか視線の先にあるグラスがゆらゆらと揺れ始める。瞬きを一つ、彼の瞳からぽたりと雫が膝の上に落ち、ズボンの色を丸く染めた。一つ零れれば後は次から次へと、はらはらと零れてくる。

 頬を伝い流れるその雫を拭うこともせず、ただ声を殺し、肩を震わせるだけ。

 


 そんなかつての部下を目の前にしながら何一つ声をかけることもなく、昔の上司は黙って酒を飲み続けていた。

 


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