第20話 子供たちへの出前は最優先で

「出前だぞー!」


 初めてスラム街を訪れて数日経った。

 その間俺は毎日子供たちのもとへ食べ物を持って出かけていた。


 一応この世界にも出前はあるらしいのだが。

 当然スラム街へ配達してくれるような店はない。

 なので俺が直接店で買って配達するしかない。


「わーい! 今日もお野菜持ってきてくれたの?」

「アンリ兄ちゃんだー」


 中に入ると最初に俺のもとへやってくるのは年少組の二人。

 ランラとニアだ。


「おう。二人ともいい子にしてたか?」

「もちろん」

「ボクも今日は一回も泣いてないよ!」


 ランラはまだ6歳だというのにこの家の料理担当だ。

 といっても基本は切った食材を鍋に全部ぶち込んで煮るだけだが、それでも立派だと思う。

 そして5歳のニアは初めて来た時に泣きゲロを吐いていた子で、かなりの泣き虫さんだ。


「アンリ兄ちゃん。本当に今日も来たんだ…」

「おいしそうな臭いがするっ」


 そんな二人の後に駆け寄ってくるのがパレアとロンゴの8歳コンビだ。

 嬉しそうに『岡持おかもち』を持つ俺の腕に飛びつくパレアを見て複雑な表情のロンゴは、どうやらパレアのことが好きらしい。


「パレア。兄ちゃんが迷惑してるだろ」

「えーっ。いいじゃんいいじゃん。アンリ兄ちゃんは強いんだから、あたしがぶら下がっても平気でしょ」


 大丈夫。

 若返ったとはいえ、さすがに8歳児と恋愛しようとは思わない。


 というか前世でもし自分に子供が居たらこれくらいなんじゃないかと思ったりする。


「今日はどんなご飯なの?」

「昨日のスープおいしかったぁ」


 常に栄養失調気味だった子供たちに、いきなり重いものを食べさせるのは危険だ。

 そのことは薄らと前世の記憶に残っていた。


 なので俺は無理を言ってなるべく具材を細かく刻んだ薄味のスープを店の人に作って貰っていた。

 もちろんその分支払いはかなり上乗せしてだ。


「今日もスープ?」

「いや、今日からはきちんとした料理にしようと思ってね」


 きちんと栄養を取れる様になったおかげだろう。

 子供たちの顔からは初めて会ったときのようなやつれた様子はずいぶん消えていた。


 もちろんまだ痩せぎすではあるのだが、それは仕方が無い。


「はいはい。それじゃあみんな机の前に集合!」


 俺はそう言いながら岡持を部屋の真ん中にある机の上に置く。


 因みにこの岡持は街の職人に頼んで作って貰った特製品で、多分この世界に一つしか無いレアアイテムである。


「何かな何かな」

「ボクお腹ペコペコだよ」

「もうっ!押さないでよロンゴ」

「ご、ごめん」


 岡持の前に集まった子供たちを見ながら。

 俺はゆっくりとふたを持ち上げていく。


「今日の料理は――」


 俺はわざともったいぶってから一気にふたを上に跳ね上げた。


「ハンバーグとサラダのセットだ!」


 おおおっと、子供たちから声にならない声が上がる。

 俺は机の上に買ってきた皿を四つ並べると、大皿からハンバーグを一つずつ更に置いていく。


「アンリ兄ちゃん。前から不思議なんだけど、その棒使いにくくない?」

「フォークとかスプーンの方がいいよね」


 子供たちが見つめる俺の手に握られているのはもちろん箸だ。

 これも岡持と同じく職人に頼んで作って貰った逸品もので。


 その時の職人の反応から、どうやらこの国の近くでは箸を使う文化は無いことがわかった。

 少し寂しい。

 でもあったらあったで異世界感が薄れそうでもあるのだが。


「俺の生まれた国ではこの箸ってのを使うのが普通なんだよ。それに慣れればフォークよりもよっぽど使いやすいぞ」

「えー」

「難しそー」


 わいわいと楽しそうな子供たちの分を取り分けて、最後にドンとサラダの入った大きめの器を机の真ん中に置く。


「もう大丈夫だと思うけど、一応急がずにゆっくり噛んで食べろよ」

「はーい」

「わかったー」

「噛み噛みするぅ」

「言われなくてもわかってるよ」


 そう元気に返事を返して子供たちは自分たちの席に着いて食べ始める。

 そんな姿を確認してから岡持の中から別の入れ物を取り出し、部屋の奥へ足を向けた。


「サンテア、起きられるか?」


 子供たちから離れ、部屋の隅のベッドの上。

 今日もまだ最年長のサンティアはそこに居た。


「ゴホッ……はい……ゴホッ」

「無理しなくていいが、スープだけでも飲んだ方が良い」


 俺はサンテアの背中に手を当てて上体を起してやる。


「ありがとう……げほっ……ございます」

「食べさせてあげるから口を開けて」


 俺はサンテアの足の上に岡持のふたを置いて、その上にスープを乗せる。

 そして開いている右手でスプーンを持って彼女に一口ずつゆっくりと飲ませていった。


 この家に来た最初こそ恥ずかしがっていたサンテアだったが、自分で飲もうとしてスープをこぼしてしまってからは大人しく言うことを聞いてくれている。


「コホッ」


 サンテアがスープを全て飲み終え、食器を岡持にかたづけてから俺は子供たちをサンテアの元へ集めた。


「実はお前たちに一つ提案があるんだが」


 この家に来てから今まで。

 サンテアには栄養たっぷりのスープを飲ませ様子を見た。

 だけど彼女の病気はよくなるどころかむしろ悪化しているように感じていた。


「今日、これから俺はサンテアを医者に連れて行く」

「えっ!!」

「お医者さん?」


 驚く子供たちに俺は大きく頷き返す。


 サンテアの病は既にひと月近く続いていると聞き、風邪だと思っていた俺は驚いた。

 ただの風邪がそんなに長引くはずは無い。


 なので俺はマーシュに頼んで腕の良い医者を探して貰っていたのである。

 ただスラム街の子供を診るということを厭う医者も多く、今日までなかなか見つからなかったのだが。

 商業ギルドと冒険者ギルド両方に掛け合ってやっと見つけてきてくれたのだ。


「だからお前たち。その間サンテアが居なくても良い子で留守番してろよ」

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