第18話 だが断る!

 翌朝、マーシュがドアを叩く音と共に目覚めた俺は寝ぼけ眼のまま宿の外へ連れて行かれる。

 この世界にも風呂はあるとは聞いていたが、それなりに金持ちの家か高級宿にしかないらしい。


 昨夜俺が泊まったこの宿には勿論無いので、タオルと水の入った桶を借りて体を拭くしかできず。

 そのままでは貴族の客として出向くにはダメだと、朝からやっているという公衆浴場へ向かった。


 石造りで思ったよりも立派な公衆浴場は、平たい顔族が絡んでいるのかと思わせるもので。

 朝から何人もの人々が訪れていて賑やかだった。


 異世界の風呂なのだから当然お湯は炎魔法で沸かしている。

 そんなことを考えていた時が俺にもありました。


「え? 普通に薪で沸かしているはずですよ? 魔法で湧かし続けるなんて無理ですし」


 言われて見ればもっともだ。

 一回こっきり沸かすなら魔法でもいいだろう。

 だけど風呂屋である以上は営業時間中常に一定の温度を保ち続けなければならない。

 この世界の魔法のことはよくわからない。

 だけどもし魔力が無限にあったとしてもずっと風呂を沸かし続けるのは重労働すぎるだろう。


「次は美容院で髪と髭を整えて貰いましょう」

「はいはい」


 風呂のおかげで目が覚めた。

 続いて俺たちが向かったのは美容室という名の床屋だった。


 うん。


 俺の想像していた美容室といえば。

 いけ好かない誉めにくいヘアスタイルのイケメンとは言い難い中途半端な顔の兄ちゃんが、ファッション雑誌のコーデそのままの服で待ち受けている。


 そんなものだったのだが。


「おういらっしゃい。そこの一番右の椅子に座ってくれ」


 出迎えたのは頭の禿げた髭親父。

 これぞ田舎の床屋のオヤジといった風貌であった。


「これが……俺?」


 一時間後、鑑に映った俺の顔は昨日初めて見たそれとはまるで違っていた。


 雑に切っただけの髪は綺麗に揃えられ、まるで貴族の坊ちゃんのような気品のあるものへ。

 眉が整えられたせいか、ひいき目かも知れないが目元もキリリとして見える。


 汚い無精髭も綺麗さっぱり無くなり、俺の顔が思った以上に幼いこともわかった。


「いやぁ、商人ギルドで『一番腕の良い美容師』を教えて貰ったのですが。噂に違わぬ腕前でしたね」


 子爵の館へ向かう馬車の中でマーシュは何度も俺の顔を見て繰り返す。

 そこまで見られると今までの俺の顔はかなり酷かったのだと再確認させられた。


 たしかにあのまま子爵なんていうお貴族様に会うのは失礼だったかも知れない。

 今ならそう思えた。


「ルブレド様から話は聞いている。入れ」


 そんなルブレド子爵が待つという屋敷に着くと、門兵がマーシュにそう告げ立派な門を開けた。


 屋敷の大きさは思っていたよりは大きくない。

 といってもそれは俺が勝手にお城の様なものを想像していたからであって、二階建ての屋敷は建屋だけでも十分大きい。

 もちろんその屋敷を囲む庭は更に広くて、門から屋敷まで直線距離で50メートルは優にありそうだ。


「やぁ、君がアンリヴァルトくんか」

「どうも」


 そんな立派な屋敷の前。

 俺たちを出迎えたのは子爵の部下――ではなく。


「私がジョイス=ルブレドだ。今日は私の招きを快く受けてくれた感謝するよ」


 この街のトップであり、俺に会いたいと誘ったルブレド子爵本人だったのである。



○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●



「君の様な少年が、あのランドを倒したとは驚きだね」


 ルブレド子爵自らの出迎えというサプライズに驚きつつ、俺たちはかれに導かれるままに応接室へ足を運ぶ。

 そこでお互い改めて挨拶を交し合ったあと、子爵の口から見ず知らずの人物の名前が出て来た。


「ランドって誰なんですか?」

「例の野盗の首領だよ。彼はランドといってね、元々はこの街で冒険者をしていたんだ。かなり腕の立つ男だったんだが、色々問題を起しすぎて私の指示で街を追放したんだが」


 俺が倒したランドという男は、どうやら冒険者崩れだったらしい。

 それで一人だけ強者オーラを出していたのか。


「もしかすると私の荷物だと知って襲ったのかも知れないな」

「逆恨みですか?」

「偶然だったのかもしれないけれどね」


 ルブレド子爵は漫画でしか見たこと無い様なカイゼル髭を揺らす。

 あの髭はどうやって固めているんだろうか。


「ところでそんな君の実力を見込んで一つ提案があるのだが」


 それまで柔和な笑みを浮かべていた子爵の顔が、にわかに真面目な色を帯びる。


 きたか。

 ゆうべ、マーシュから「もしかしたら仕官を進められるかも」と聞いていたが。

 このタイミングで切り出してきたと俺は身構える。


「もし君さえ良ければだが、私の元で仕える気はないかね?」


 予想はしていたが実際誘われると断るのが悪く思えてしまう。


 これはあれだ。

 モテモテのリア充が好きでも無い人から告白されて断るときの気持ちだ。


 いや、そんな経験は俺には無かった気がするので完全な妄想だが。

 だけど好意を向けられてそれを断るというのは思ったよりキツい。


 しかしそんな気持ちも数回呼吸する内に薄らいでいく。

 これが無敵の心の力なのだろうか。


「せっかくのお話ですがお断りさせて下さい」


 俺は子爵の目を見返しながらはっきりと告げる。


「ほう。この街の兵士たちや私の部下の中でも最上級の給料と待遇を与えると言ってもか?」

「……はい。というかポッと出の自分がそんなに優遇して貰ったら逆に彼らに恨まれそうで受けられませんよ」


 俺は冗談ぎみに笑いながらそう応えただった。


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