第23話 圧倒
「あぶなぁぁ…… 間に合って良かったぁぁ」
ダーマスの戦鎚撃を右手に持った黒い剣で受け止めるバレリア。
「なっ…… なんだぁぁ? オメェェ」
渾身の力を込めて両手で戦鎚を振り下ろしたダーマスは、怒り声で尋ねる。
力の籠もった戦鎚は、ピタリと静止する黒い剣の上でガタガタと震えていた。
バレリアは傍らでしゃがみ込むシナモンと剣士へ、ニコッと歯を見せる。
「大丈夫? 怪我は無い?」
優しく微笑むバレリアを見て、目を大きく開け僅かに震えながら頷くシナモン。
「あっ……」
シナモンがそう言葉を発するとダーマスは再度、戦鎚を振りかぶり殴りかかった。
ガァーーーン……
バレリアは戦鎚撃を受け止めると、重く鈍い衝撃音が辺りに響いた。
「ちょっと向こう行ってろ…… よっと!」
バレリアは戦鎚を薙ぎ払うと、右足に重心を移し左膝を上げる。
そしてガラ空きになったダーマスの腹部へ、左足で弾丸のような蹴りを叩き込んだ。
ドガンッ…… ダン…… ダンッ……
「グァォォォッ……」
フルプレートアーマーを着込んだ重騎士のダーマスの身体が、ゴム毬のように地面を跳ねる。
地面に転がったダーマスは腹部を抑えながら、ジタバタとのたうち回っていた。
「安心して良いよ! 峰蹴りだから」
「なっ!! なんザマス! 峰蹴りって」
「えっ? いやぁ。 何かそういうの格好いいから、言ってみたくてさ」
悪びれもなく、あっけらかんとした表情で笑顔を見せるバレリア。
それとは対象的に驚きと怒りが入り混じった複雑な表情で、ザーマスは叫んでいた。
その様子をポカーンとした表情で見つめるシナモン。
「まぁまぁ。 てか、怪我は…… あれ?」
バレリアが振り返ると、先程まで居た剣士の姿が見えない。
シナモンもハッと我に帰ると、剣士の姿を探すように辺りを見回した。
「まぁいっか。 怪我、無いよね?」
「えっ? はい。 無いのです」
「うんうん。 じゃ子供は危ないから、ちょっと下がっててねっ」
シナモンにそう告げると、バレリアは黒い剣を握りダーマスへと近付いていく。
「あっ、アナタもどう見ても子供なのです!!」
その言葉を聞いて、バレリアはピタリと立ち止まる。
そして苦笑いを浮かべながら振り返り、シナモンへと声をかける。
「あのなぁ。 アタシはこう見えても二十八で……」
「あっ!」
スキを伺うように、視線を切ったバレリアに再びダーマスが襲いかかる。
ガン…… ガァンッ…… ガァンッ…… ガァンッ……
残像を残しながら高速で繰り出される、ダーマスの戦鎚撃。
不規則に繰り出される無数の撃を、バレリアは右手に持った剣のみで軽く受け止める。
「おっ、おぉ。 結構速いじゃん」
防戦一方だったバレリアは、ダーマスを試すように攻撃へと転じる。
戦鎚を二回受け止める毎に、軽い剣撃をダーマスへと繰り出し相手の出方を伺っていた。
「グッ…… ウゥゥ……」
唸り声を上げながら、戦鎚撃の速度を上げるダーマス。
辺りにはダーマスの戦鎚が放つ風切り音と、バレリアの剣に当たった衝撃音が鳴り響く。
「おぉぉ。 まぁまぁやるじゃん」
顔色一つ変えないバレリアとは対象的に、ダーマスには疲労感が漂っていた。
時間にして数十秒程度の攻防が続き、息を切らすようにダーマスの攻撃が止んだ。
「オッ、オメーは一体何者なんだぁぁ?」
ゼェゼェと肩で息をし、納得の行かない怒りの籠もった様子でダーマスが尋ねる。
「んっ? まぁ…… 名乗るほどの者じゃないかな」
バレリアはそう言うと、改めて黒い剣の切っ先をダーマスへと向ける。
「アタシには絶対に勝てないと思うけど。 それでも、やるの?」
笑顔が消え、真剣な表情でダーマスにそう告げたバレリア。
その言葉を聞いて、ダーマスは激昂する。
「ふっ、ふざけやがってぇぇ! ご…… 殺す!!」
ドンッ…… ガランガラン…… ドサッ……
ダーマスは身につけていたフルプレートアーマーを脱ぎ捨てる。
筋骨隆々の身体がむき出しになり、ダーマスの姿が顕になった。
胸に大きな切り傷、顔は半分崩れ、歯もまばらにしか生えていない。
過去に大きな怪我を負った跡が、鮮明になる。
「フゥーーッ…… フゥーーッ……」
呼吸を荒くしながらヨダレを垂らし、今にもバレリアに飛びかからんとしていた。
「覚悟するザマス! 弟は先の大戦でハイランド騎士を百六十人も殺したザマスよ」
「ふっ、増えてるです!」
「きぃぃぃ! 貴女は黙ってるザマス!!」
ザーマスとシナモンの舌戦を聞いたバレリアは、気の抜けたような表情に変わる。
そして持っていた黒い剣を背中に背負い、ダーマスへと声をかけた。
「どうでも良いけどさ。 ヨダレ飛ばすなよ。 ばっちぃし……」
「ご…… 殺す! ごろす! ゴロス!!」
正気を失ったように、ダーマスはバレリアへと突撃する。
重い甲冑を脱ぎ捨てたダーマスの速度は、先程とは比べ物にならない。
一瞬でバレリアの目前へと到達すると、戦鎚を縦に、横にと振り回す。
ヒュン…… ヒュン… ヒュンヒュン……
巨大な戦鎚から発せられる音とは思えない程の風切り音が、高く鳴り響く。
シナモンが見たその攻撃は残像のみ目視出来、実体は確認出来ない。
「おぉぉ…… さっきより速いなぁ」
バレリアは繰り出される戦鎚撃を受け止める事はせず、最小限の動きで避けている。
「ガァァ…… じねぇぇぇぇ!!」
ダーマスが横一文字に渾身の一撃を放つと、目前からバレリアの姿が消える。
捕らえたと思っていた場所には、バレリアの黒い剣だけが地面に突き刺さっていた。
「あっ? どっ、どこ行った?」
「おーい。 ここ、ここ」
ダーマスが振り切った戦鎚の先に、バレリアは立っていた。
「あ゛っ……」
その言葉をダーマスが発した瞬間、バレリアはダーマスの顔面に回し蹴りを炸裂させる。
ドン…… ドンッ…… ドサッ……
またしても、ゴム毬のように地面を跳ね、地面に大の字で横たわるダーマス。
「あぁっ。 ばっちぃなぁ。 靴汚れたじゃん……」
溜息交じりにそう呟くと、地面に突き刺さっていた黒い剣を背中に背負う。
そして、少し不満げな表情でダーマスに近付いていくバレリア。
「ううっ…… お゛…… お゛めぇぇは…… 一体……」
ダーマスはピクピクと小刻みに痙攣しながら、頭だけを起こしバレリアに視線を送る。
「ぐえっ……」
そんなダーマスの胸に右足を乗せ、波止場ポーズをしながら見下ろすバレリア。
冷酷な表情でダーマスの顔を覗き込み、バレリアが問いかける。
「んで。 まだやるの?」
「お゛…… お゛めぇぇは……」
そう呟きながら、ダーマスは思い出していた。
過去に参加したハイランド帝国とガレリア帝国との戦の事を。
ハイランド帝国の兵士を多く殺したが、最後に現れた一人の騎士に圧倒された事。
そしてその騎士が、年端も行かぬ赤い髪の少女だった事を。
「お゛…… お゛めぇぇは…… バ…… バレリ」
ガスッ……
「アァァァァ……」
ダーマスがバレリアの名を言いかけたのを察し、口を塞ぐように靴をねじ込むバレリア。
残っていた歯も砕け、ダーマスの口内には鉄錆の味が広がっていく。
(せっかく名前内緒にしてんのに…… てか、何でコイツ、アタシの事知ってんだろ?)
少し疑問に感じつつも、バレリアは表情を崩さずチラリとザーマスに視線を送る。
「ひぃぃっ。 たっ、立つザマス! ダーマス! 我が弟よぉぉぉ」
冷や汗を流しながら、焦るようにダーマスへと叫びかける。
しかしザーマスのその声は、気を失ったダーマスには届いていなかった。
「ふぅ。 そんで、次の相手はお前かな?」
バレリアはザーマスを睨みつけたまま、ゆっくりと歩を進めていく。
その鋭い視線を浴び、ザーマスは背中に凍るような汗が流れていくのを感じていた。
「まっ、待つザマス。 かっ、金なら幾らでも……」
「マジ?」
ザーマスの言葉に反応し、少しだけ笑顔になるバレリア。
そしてチラリとシナモンへと視線を送ると、少し不機嫌そうな表情をしているが感じられた。
(やばっ。 せっかく格好良くキメてるのに…… ここで金貰ったら台無しだよね……)
シナモンの視線を感じたバレリアは、改めて真剣な表情に戻す。
「ほんとザマス。 金なら。 ほらっ。 ほら」
ザーマスは手応えがあると感じたのか、少し大きめの布袋をバレリアに見せつける。
ズシリとしたその袋には、大量の金貨が入っていると推測出来た。
その様子を見たバレリアは、小さく「はぁ……」っと溜息をつく。
そして、おもむろに黒い剣を握ると、スッと切っ先をザーマスへ向ける。
「なっ…… なんザマス?」
「これ。 見てよ」
バレリアは握っていた剣をゆっくりと立て、ザーマスに見せつける。
「これさ、見ての通り両刃の剣なんだよね」
「そっ、それがどうしたザマス?」
バレリアの発言の意図が分からないザーマスは、困惑の表情を浮かべながら答える。
「峰の無いコレで峰打ちされたくなかったらさ」
そう言うと、再度ゆっくりと切っ先をザーマスへと向けるバレリア。
「さっさと消えな」
「ひぃぃぃ」
ザーマスはペタンとその場にへたり込み、恐怖のあまり失禁していた。
「ばっちぃなぁ。 ヨダレ垂らしり漏らしたり。 どうなってんの?」
バレリアは呆れた表情を浮かべると、クルッと振り返りシナモンの元へと向かう。
その様子を見ていたザーマスは、怪我を負っている手下に声をかける。
倒れているダーマスを全員で協力して馬車に積み込むと、ほうぼうの体で逃げ出していった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「たっ…… 助かったのです……」
死を覚悟していたが、ようやく命が救われたと実感出来たシナモン。
あまりの出来事に緊張の糸が切れ、思わずその場にへたり込んでしまう。
「おっ、おい。 大丈夫か?」
少し心配そうな表情でシナモンを見つめるバレリア。
「だっ…… 大丈夫なのです。 あの……」
「んっ? どした?」
何かを言いたげな様子のシナモンに対し、バレリアは優しげな口調で答える。
「あの…… 貴女達は一体…… 誰なのです?」
シナモンは突然現れた剣士、そしてバレリアの正体が分からずに困惑した表情を浮かべていた。
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