2話 旅路はイベントに

翌日、本当に俺は家から追い出され隣村に行くことになった。

他にも炎狼の村に行くことになった奴は結構居るみたいだったが、同年代のオスは皆焔が狙いみたいだ。目的分かってんのか疑問だが言っても始まらない。


昨日の宴の間はやけ食いして気分を紛らわせていた。焔は何度も俺の方に来ようとしていたがオスたちに足止めを食らって中々来れないようだった。

俺は他の肉を食ってから尻尾を焙ろうと火を探していたら焔に捕まり、仕方なく仲良く尻尾を分けあった(殻ごと炙って中には熱だけ通すのがポイント)。

狩ったのは俺だが炙ったのは焔だ。食い物は狩った者にも調理した者にも食べる権利がある! というのが俺の持論だ。

俺と焔が一緒に尻尾を食い始めてから嫉妬の視線が凄かったのは思い出したくもない思い出だ。


で、森の中。


先頭は親父さん、次に焔、俺。その後ろに氷狼が3匹(オス2のメス1)。これだけの戦力なら人間の国の1つや2つは簡単に落とせるが無意味な上に時間と体力の無駄なので誰もしない。

大体人間を襲ってもメリットが無いのだ。食える部分は少ないし美味くもない。人間を襲っても何も得られないのだ。


「凍は私たちの村に来たことないよね?」


思い出してみると焔はよく氷狼の村に来たが俺が炎狼の村に行ったことはなかった。


「じゃ案内するよ! 何から行こうかな?」


おーい、俺はOK言ってないぞ? まあ断る理由もないし案内してもらうか。どうせ俺は狩りくらいしかすることないしな。


「あ、そう言えば凍ってお風呂大丈夫?」

「水浴びじゃなくてか?」

「うん、熱湯」

「温度による」

「じゃあ試そう!」

「はいはい」


暑いのは苦手だが、まあ何とかなるだろう。

炎狼の村までは歩いて3日はかかる。その間、焔に群がるオスたちが色々と不安だが村長が選んだんだしそこまで酷いことにはならない……と信じたい。




その夜、持ってきたゴザを広げると焔が寄ってきた。さっきまでは唯一のメス同士で野宿の準備をしていたのだがどうしたのだろうか……いや、分かってるよ。そんじょそこらの鈍ちん主人公と同類扱いは御免だ。

何も言わずにモジモジしているところを見ると俺の予想はかなり正解に近そうだ。焔の後ろではメスが木陰から覗くフリして俺に無言の圧力をかけてくる。

これは俺が悪いのか?


「どうした? 眠れないのか?」


『一緒に寝るか?』などと言ったら間違いなく親父さんはキレる。あくまで焔から言ってもらわないと俺の命が危ない!


「えへへ……やっぱり、不安みたい」

「当然だろ。さっさと寝ようぜ」


ゴザにもう1匹なら寝れるスペースを開けて横になる。これなら焔が自分から入ってきましたと言い通せる!

ちょっと自分が情けないと思った。




翌朝、習慣で日の出と共に目が覚め周りを観察する。普段だったら見慣れた自分の部屋だが今日は外でゴザを敷いただけなので木が乱立する森の中だ。

さて、誰も起きていないようだし今の内に離れて……人化した焔が俺の前足を握って離さない。


……どうしよう?


仕方ないので焔の顔をペシペシ叩いて起こす。

人化は便利だが俺たちくらいの年だと上手く制御できずに耳や尻尾が残ったり、寝ている間に変わってしまったりするのだ。耳と尻尾だけなら獣人と言い張れる。

人化する回数が多い奴ほど寝ている間に人化しやすいらしい。

俺は人化することはできるが滅多にしないので寝ている間に人化した経験はない。

人化する際は何故か服を着た状態になる。人間は普段から服を着ているからだろうと村長は言っていた。人化はできるが何故できるのかは誰も知らないのだ。

ちなみに服を脱いで狼に戻ると毛が少し薄くなるらしい。試したことないから分からん。


「ぅ~……おはよ」

「おはよう」


ようやく起きた焔はまだ俺の前足を握ったままだ。

あ、親父さんが起きる。早く離せ。


「おはよう、お父さん」

「おう……朝飯食ったら行くか」


離してもらえなかった。

親父さんの視線怖いな。

朝食の干肉を仲良く分け合って出発。炎狼の村まであと2日、それまで親父さんに殺されないように細心の注意を払わなければ俺は死ぬ!

焔が気を付けるだけでもかなり安全なのだがそうは問屋が卸さない!

昨日1日で俺は学習した。焔は親父さんの視線に気付いてない。

焔、前から思ってたけど、お前鈍すぎ。

昔から襲われるまで相手の気持ちに気付いてなかったんだな。そりゃオスたちも襲うなんて強行手段とるって。アタックしても気付いてもらえないんじゃ分かり易いことするしかなかったって。肯定する気はないけどな。


「あの崖道を北に進む。踏み外して落るなよ」


森が晴れた先は断崖絶壁になっていた。この崖沿いに進むと向こう側に渡れる橋がある。橋と言っても大木を倒しただけだが。

下を覗いてみるとかなり深いことが分かる。ついでに崖の下は激流だとも分かった。

落ちたら人生終了のお知らせか……怖っ!

まあこんな場所で幻狼の一団に喧嘩売るような馬鹿は……


目の前に殺気立った6本足のカマキリ(体長2メートル)×5


居たよ。と言うか俺の思考がフラグだったよ。なんでこんな時にこんなフラグ立ててるんだよ。多脚だからこんな足場でもヘッチャラなんだぜとか卑怯臭いよ。てか虫が狼に喧嘩売るとかヒエラルキー無視し過ぎだよ。そして俺のツッコミ長いよ、多いよ、現実逃避止めろよ!


「何でこんな所にっ、邪魔だ!」


先頭の親父さんが『キシャーッ!』とか威嚇してくる目が赤く発光しているカマキリに飛び掛り頭を噛み砕く。

でも親父さんは何に驚いたんだ?

って、あっ! カマキリの脳はカニ味噌みたいで美味いんだぞ! それをグチャ味噌にするなんて勿体ない!


「やりやがったなっ!」


親父さんに群がるカマキリの内の1体を横から突き飛ばし、倒れたところで首だけ切り離す。氷の爪は鋭くて便利だ。

焔は炎を纏った体当たりで1体倒したみたいだな。首は無事のようだ。


「なっ!」


一瞬で自分たちが不利になって驚いたか? だがまだだ! カマキリ味噌の美味い食べ方を模索するためにもお前達には犠牲になってもらう!


「おいっ、どうしたっ?」


森から一杯カマキリが来てしまった。正確には何体かって? 一杯だよ!

緑色だから森に同化して見えづらかったんだろうな。湧いてくるとしか言いようのない増え方だ。

後ろは崖、前はカマキリ一杯……積んだな。

幻狼族には竜族が使うブレスなんて便利なものはない。氷にしても炎にしても纏うだけで飛ばせない微妙に使いづらい能力なのだ。人間はそれすらできないのだからマシだと思おう。


「凍、どうしよう?」

「……逃げるしかないな、それもバラバラに」


固まってたら狙い撃ちにされるだけだ。多分運の良い1匹くらいが生き残れるだろう。

……意味無いな。


「やだ」

「却下だ」


林親子に駄目と言われてしまった。どうしろと言うのだ。


「相談は終わったかよ? ええっ!」


リーダーっぽいのが声を荒らげてズイっと前に出てくる。ちなみに他の3匹と分断されてて様子が分からない。きっと俺たちと同じ状態だろうから気にしてもどうにもならないな。


「仕方がないな」


お、親父さん妙案があるのか?


「凍、焔のこと任せたぞ」

「は?」


何を言ってやがるんだ?

そう思ったら親父さんは炎を纏わせた前足を地面に向けて叩き付けて、


ピシッ、ガラガラガラガラ


崖崩しやがったーっ!!


「アホーーーーーーーっ!」

「きゃあああああああっ!」


激流に落ちる前に見えたのは親父さんがカマキリに突撃する姿だった。

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