第36話 海の日ゲリラ配信
海の家の個室を借り、配信の準備をしていたら、僕のスマホが鳴った。
『海、どう?』
天海さんからのLIMEだった。
『楽しんでるけど、なぜか海の家で配信をすることになった』
『身バレしないように気をつけてね☆』
『宿泊用の部屋を借りてる』
『音漏れに気をつけんだぞ』
『ありがと。あまり騒がないようにする』
『りょ。本題だけど、愛里咲っち、悩んでそうだった。受け止めてあげてね、彼氏さん☆』
天海さんも最近の愛里咲さんに違和感を覚えていたらしい。
『彼氏じゃないけど、できるだけはやってみる』
『どう見てもバッカルじゃんw☆』
僕が愛里咲さんの恋人なんて恐れ多い。
「詩音ちゃん、そろそろ始めよ~」
愛里咲さんが目に涙を浮かべて。
「浮気じゃないよね?」
「ちがう。天海さんだから」
「……なら、大丈夫だねっ」
愛里咲さんが天海さんを信じていて、僕までうれしい。
『ごめん、今から配信するから』
天海さんとのLIMEを終わらせた。
ノーパソで配信を始める。いつもは専用のマイクを使っているが、今日はノーパソに搭載されたマイクだ。
「みなさん、こんにちは。ぽえ×あまちゃんねるのぽえです」
「あまです。暑すぎて、ダメになりそう」
事前告知もないゲリラ配信にもかかわらず、50人近くも集まっていた。3連休中日の午後2時すぎなのを考えると、ありがたい。
「あまちゃん、40℃近いなかでも、僕に抱きついてきますよね?」
「だって、ぽえちゃんは別腹だもん」
「いつから僕がデザートだと錯覚していた?」
<あれだけ甘くて、デザートじゃないなんて草生えるw>
「みなさん、水分をしっかり摂りましょうね」
「あと、節電も大事だけど、エアコンは我慢しちゃダメだよぉ」
「あまちゃんは僕にしがみつくのやめれば、涼しくなるよ」
「それじゃ意味ないもん」
<猛暑をさらに暑くさせるバカップルだなぁ>
「ところで、今日は海の家からお送りしております」
僕はテレビのリポーター風に言う。
「海デートの模様を話していいかな? 話すよ。異論は認めない」
「あまちゃん、質問になってないから」
<海デートだなんて、爆発しろ>
<真夏の
<本日もバカップルの生態を観察しますかね>
コメント欄の反応を見る限り、問題ない。これが通常運転だし。
今日も、《真夏の向日葵》こと天海さんが見てくれている。学校でも天然陽キャで、大手VTuber事務所に所属しているわけだ。さっきのLIMEの様子からしても、傷ついているとは思えない。
それから、ふたりで海デートの模様を語った。
ただし、島で頬にキスしあったことは言わない。愛里咲さんも触れる気配はない。さすがに、まずいと判断したのだろう。
「磯場にタコがいてね、あまちゃんが食べたそうにしてたんだよね?」
「だって、タコさんだよぉ。ウインナーにしたいじゃん」
「タコさんウインナーはタコじゃないよ」
「普通はね。でもさぁ、あまちゃんが本気を出せば、タコでタコさんウインナーを作れるんだよぉ」
<一生、本気を出さないに1兆タコス>
<真夏の向日葵:自称天才は言うことがちがうw>
「本気を出して、勝手にたこを食べたら怒られるからね」
「ん。だから、海の家でたこ焼きを食べたの。暑いときのたこ焼きって最高だね」
「あまちゃんが火傷しないようにフーフーしてたのは、僕だけどね」
海で遊んだ内容を話しているうちに、1時間近くが経っていた。ふたりで話して、1時間ぐらいで終えようと決めていた。
せっかくの海だし、配信で終わったらもったいないから。
かといって、僕たちはVTuberだし、自分たちだけの海を楽しみたい。
「もうちょっと海で遊びたいから、今日はこのあたりで……」
締めようと思ったところで。
「えっ?」
愛里咲さんが絶句して、画面を睨みつけている。
<自称天才が甘えてるとかうぜえっての>
心ないコメントが投稿されていたことに気づく。
タイミング的に僕が締め始めた頃だ。
<つーかさ、甘えとか、お姫さまになったつもりかよw>
常連のリスナーさんが、僕たちをいじるのとは根本的に違う。
悪意に満ちていた。
はっきり言うと、怒りを感じていた。
けれど、今は配信中。感情に身を任せて余計な発言をしたら、愛里咲さんに迷惑がかかる。
それに、明らかな誹謗中傷と呼べるほどではない。
それでも、なにげない言葉が他人を深く傷つける。愛里咲さんにとってはショックなのかもしれない。
どうフォローしようか考えていたら。
「やっぱ、わけわかんないよね……私なんか」
甘えという変身は解け、素の愛里咲さんが出ていた。
いや、僕が知っている学校モードの愛里咲さんは弱気な態度を見せない。
今の彼女は萎れかけていて、なんでもできる子の表情ではなかった。
「あ……あまちゃん?」
愛里咲さんと言いかけて、思いとどまった。一音目が同じで助かった。
「ぽえちゃん、勝手にごめんなさい」
泣きそうでいながらも、鬼気迫る顔だった。
止めてはいけない。愛里咲さんの意思が感じられるから。
どんな発言が出ても、どっしり構えよう。僕がフォローしなきゃだし。
「あまちゃん、話してみて」
「ありがとう。そして、ごめんなさい」
彼女は僕に向かって、微笑む。琥珀色の瞳に涙が浮かんでいて、痛々しかった。
「私、このまま、『ぽえちゃんに甘えていいの?』って、しばらく前から考えていたんです」
思い当たることがあった。
期末試験前、愛里咲さんは契約には終わりがあると言っていた。しかも、僕たちも目標を達成しつつあると。
「ぽえちゃん、優しいから、それでも私を甘やかしてくれた。私もぽえちゃんとの幸せな生活に甘えてしまって……」
「あまちゃん、僕は自分の意思で甘やかしてるんだからね」
「ホントにぽえちゃんは最高。私にはもったいない人です」
こんなときなのに、謙虚な愛里咲さんもかわいいと思ってしまった。
「私、甘えちゃダメなのに…………」
「あまちゃん?」
「でも、私が私でいることで、身近な人を傷つけてばかり」
見ていられなくて、肩を抱き寄せる。
「だから、私はダメな子でいなきゃいけない。私が本気を出すと、みんなが不幸になるから」
愛里咲さんの言っている意味はわからない。
それでも、悲痛な声が僕の胸を切り刻む。
これまでの愛里咲さんが打ち明けてきた彼女の悩みを振り返る。
なんでもできる愛里咲さんは意図せず他人のプライドを痛めつける。
それが嫌で、小学生のときには手を抜いていた。
しかし、ある人に言われて、彼女は自分らしくいようと本気を出し始める。
親がいなくなってからは、才能や美貌のせいで、住む場所を転々としてきた。
僕が考えていたよりも、愛里咲さんはずっと苦しんでいたのだろう。
それが、悪意のあるコメントで、一気に表面化してしまった。
問題を見すごしてきた僕のせいだ。
自分を罰しようと、唇を噛む。
(いや、それじゃダメだ!)
痛みのおかげで冷静になれた。
僕は愛里咲さんを受け止める。甘やかす。ただ、それだけでいい。
「ねえ、私、どうすればいいのかな?」
「あまちゃん、僕の胸でよければ貸すよ」
「私、ぽえちゃんに甘えていいのかな? それとも、しっかりしなきゃいけないのかな?」
今、僕がどちらの答えを言ったとしても、気休めにもならない。
「ごめん、僕から答えは言えないんだ」
それに、愛里咲さん自身が見つけないといけないから。
「でも、僕はあまちゃんが悩んでいる間、そばにいるから」
「ぐすんっ」
愛里咲さんが僕の胸に顔をうずめて、鼻をすする。
「だから、しばらく休もう。配信もしないで、自分のキャラをゆっくり考えていけばいいよ」
愛里咲さんの背中に手を回し、さすった。華奢な体が弱々しい。
「すいません、みなさん。事情により、活動休止させていただきます。今後のことが決まりましたら、SNSで連絡します」
配信を終える。
どっと汗が噴き出した。
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