第31話 また、なんて
それから数時間後。
私とカーティス様は観劇を終え、帰りの馬車に揺られてた。
劇の演目は王道……言ってみれば、ありきたりの恋愛ものだった。けれど、演者の演技が上手いためなのか、私はすっかり感情移入してしまって。
私は劇に見入ってしまった。それこそ、観劇にハマってしまうのではないかというレベルで。
(だけど、観劇ってお金のかかる趣味なのよね……)
それに、演目にも演者にも当たりはずれがある。今回はたまたまレベルの高いものに当たっただけかもしれないし……。
「なぁ、エレノア」
そんなことを考えていると、不意にカーティス様が私に声をかけてくださった。
なので、私は「どうなさいましたか?」と言葉を返して彼に視線を向ける。
すると、彼は「……見入っていたな」と淡々と私にそう告げてこられる。その声音には特別な感情は宿っていない。ただ、思ったことを口にしているだけ。そういう印象が強い言葉だった。
「……正直、エレノアがそこまで劇が好きだとは思わなかった」
ゆるゆると首を横に振りながらカーティス様はそうおっしゃる。
……その言葉は、間違っている。
そう思うからこそ、私は「いえ、違います」と凛とした声で言葉を返す。
「私、観劇なんてほとんどしたことがありません」
「……そうなのか?」
「えぇ、今回のは……そうですね。たまたま、見入ってしまっただけです」
肩をすくめながらそう言うと、カーティス様は「……そうか」と神妙な面持ちでおっしゃる。
何か、思われることでもあるのだろうか?
私がそんなことを考えていれば、彼は「……また、一緒に行くか?」と突拍子もなく告げてこられた。
……また、一緒に。
「えぇ、機会があれば」
カーティス様のそのお言葉に、私はにっこりと笑って返事をした。
だけど、後から思う。
……「また」なんてときは、来るのだろうか、と。
(……自然と頷いたけれど、私はそんなに長々とここにいるつもりじゃないのよ)
たくらみがライラ様にバレてしまっている以上、カーティス様が私を雇い続ける意味などない。
それに気が付いて私が俯いていると、カーティス様は「エレノア?」と困ったように声をかけてこられた。
……だから、私は「またって……その」とそこまで言って口ごもる。
「またって……そんなとき、来ますかね?」
彼の目を見つめてそう言う。
すると、彼は「……何を、言っているんだ?」とさも当然のように言葉を発せられた。
「私たちは、所詮お飾りの婚約者です。……そんな、ずっと一緒にいるわけじゃない、です」
目を伏せてそう言えば、カーティス様がごくりと息を呑んだのが私にも分かった。
ずっと、ずーっと一緒。
そんなこと、ありえない。特に、私たちのような雇われ関係の場合は。
「……エレノア」
「だから、その……またとか、おっしゃるの、あんまり合理的ではないと言いますか……」
しどろもどろになりながらそう続ける。
そうすれば、カーティス様は「……あの、な」と今にも消え入りそうなほど小さな声で告げてこられた。
「お、俺、は……!」
俺は、何?
私がそんなことを思いながら頭上に疑問符を浮かべていた時。カーティス様が、ご自分の気持ちを口にしようとしてくださったときだった。
「ひゃぁっ!」
馬車が大きく跳ね、私は無意識のうちにカーティス様の腕にすがってしまった。自分らしくない悲鳴を、上げながら。
「び、びっくり、しましたね……」
その後、私は驚きつつもそう声を上げる。
自分らしくない悲鳴を上げてしまったからか、私の顔には熱が溜まっている。
でも、お構いなしにカーティス様を見上げれば、彼は「……石にでも、躓いたんだろ」とおっしゃった。……その表情は、あまり良いものではない。
「……カーティス様?」
眉を顰めながら彼の名前を呼べば、彼は「……いや、俺のタイミングが悪かっただけだ」と小さな声で告げてこられた。
「あ、あの、今からでも……」
何となく気になってしまうので、出来れば教えてほしい。
そういう意味を込めて彼に声をかければ、彼は「……また、機会があれば、言う」という歯切れの悪い返事をしてこられた。
「その、また、というのは……」
先ほど、私はまたとかそういう言葉を使わないでほしいと言った。
なのに、カーティス様の口は自然とそういう言葉を紡ぎ出していらっしゃる。
……もしかしたら、私と彼の気持ちや考えは、これっぽっちも重なっていないのかと思うほどに。
「いや、これは絶対に言う。……だから、待っていてくれ」
どうして待たないといけないのかは、わからない。
しかし、カーティス様のその真剣な表情を見ていると、そんな野暮なことを言うことは憚られた。
そのため、私は無言でこくんと首を縦に振る。
(……また、か)
そんな日が、訪れるのかはわからない。
けれど、今はカーティス様のことを信じたい。
そう、確かに私は――思っている、のだろうな。
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