第13話 自己紹介

 サンドイッチを頬張りながら、私はカーティス様に訊きたいことを考えてみる。しかし、何も出てこない。好きな食べ物でも訊く? いや、それは子供っぽい。好きな女性のタイプ? ……女性関係はダメだとおっしゃっていたじゃない。そうなったら、もう何も思い浮かばない。


「……エレノア?」


 私がじっと考え込んでいると、カーティス様は私の名前を呼ばれる。そのため、私は「……いえ、特に訊きたいことが思い浮かばなくて」と言ってサンドイッチをかじる。……美味しいわね、本当に。


「なんでもいいのに、か?」

「はい、私、あまり人に興味がなくて……」


 それは、本当のことだった。私は虐げられてきた経験から、人に期待をすることがなくなり、興味もなくなってしまった。だからきっと、何を訊けばいいかが分からないのだろう。


「……そうか。じゃあ、俺の方が訊くぞ」


 カーティス様はそんな私のことを笑うでもなく、ただ淡々とそうおっしゃる。そのため、私は静かに頷いた。そうすれば、カーティス様は「エレノアの、好きなものと嫌いなものが知りたい」と問いかけてこられる。……好きなものと、嫌いなもの。


「好きなものは食べ物です。食べ物ならば、何でも好きです。と言いますか、食べることが好きと言いますか……」

「そうか。嫌いなものは?」

「暴力を振るう人、他者を虐げる人、です」


 何でもない風にそう答えるけれど、私の好きなものと嫌いなものはクローヴ侯爵家に嫁入りしてから、一変した。それまでの私の好きなことは軽いおしゃれだったし、嫌いなものもマズい食べ物とかそういうものだった。でも、虐げられ続けたため、私の価値観はガラッと変わった。正直、そこだけはネイサン様に感謝している。


「そうか。……それだけ分かれば、別にいい」


 カーティス様は私の言葉を聞いて、そんな言葉を返してこられるとサンドイッチをかじられる。……っていうか、これで終わりだと自己紹介も何もないじゃないか。……それから、無言の空間が辛い。


「……カーティス様、は」


 とにかく、何か話題を考えなくては。そう思い、私が視線を彷徨わせカーティス様のお名前を呼べば、カーティス様は「どうした」とおっしゃる。……とりあえず、話題よ。話題を探すのよ。


「……カーティス様は、私の一度目の結婚生活について、何も尋ねてこられませんね」


 そして、導き出した話題は最悪なものだった。私だって、そのことを訊かれるのは辛い。だから、問いかけてこられないことを感謝していたのに。自ら地雷に突っ込んでいくなんて、なんてバカな女なのだろうか。


「……別に、興味はないからな」


 しかし、カーティス様はなんでもない風にそうおっしゃって、サンドイッチをもう一つ手に取られていた。ランチボックスの中に残っているサンドイッチは、あと一つ。


「人の色恋沙汰に口を出す気はない。俺は俺の道を行く。それだけだ」

「そう、ですか」

「それとも、その結婚生活に口を出してほしかったのか?」


 そんなわけ、ないじゃない。そういう意味を込めてカーティス様を睨みつければ、カーティス様は私のことをバカにしたように「慰めて、欲しかったのか?」と問いかけてこれる。だからこそ、私は「バカにしないでください」という。慰めてほしいなんて、思っちゃいない。私は、そんなに軽い女じゃない。


「私は、離縁出来て幸せです。それに、慰めてほしいなんてこれっぽっちも思っちゃいない」

「そうか」


 私の怒りを含んだ声を聞かれても、カーティス様は表情を崩されない。……何、このお方。そう思って私が残っていた最後のサンドイッチに手を伸ばそうとすれば、カーティス様も同じタイミングで手を伸ばされていた。その結果、私たちの手がぶつかる。


「っつ!」


 そのため、私は慌てて手を引っ込めた。本音を言うと、男性はまだ少し怖かった。触れることも、触れられることも。本音は、嫌だった。もちろん、幼少期から付き合いのあるラングヤール伯爵家の面々は、大丈夫なのだけれど。


「……エレノア?」

「なんでもない、です……」


 私の態度を怪訝に思われたのか、カーティス様は私の顔を覗き込んでこられる。だから、私は視線を逸らしてそれだけの言葉を返した。そうすれば、カーティス様は「そうか」とだけ零され、深入りしてくることはなかった。それが、とてもありがたかった。


「……さて、サンドイッチを食べたら客間に戻れ。疲れただろうからな。ゆっくりと寝ておけ」


 カーティス様は残った一つのサンドイッチを食べられることはなく、仕事用の机に戻られていた。……これは、私に食べろと言うこと、よね? そう思い、私はもう一度サンドイッチに手を伸ばす。そのまま、頬張る。やはり、とても美味しかった。


(カーティス様、は)


 どうして、女性不信になってしまわれたのだろうか。そんなもの、気にしても無駄だというのに。それに、私たちは――所詮、期間限定の婚約者なのだ。深入りすることはない。深入り、されることもない。私たちは、その関係を望んでいる。だから――。


「……関係ない、のよ」


 分かるのは、それだけ。

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