魔装ー悪鬼断罪ー

上佐 響也

悪鬼断罪ー2021年4月~2022年3月

 日本の経済中心である首都、東京。

 スマホ片手に人々が昼夜問わず往来するこの街は人口の多さに伴い様々な犯罪の温床になっている。

 人が集まればルールが生まれ、ルールに従わない悪が生まれ、悪在る場には魔が影を差す。


伏魔殿ふくまでんより灰塵かいじんへ、妖気増大。現場までナビゲートに従って』

「OK」


 冬の寒さが肌をでる春、夕日が沈んでから数刻すうこくの帰宅ラッシュの中を早足で人混みをかき分ける少年が居た。

 都会に居がちな目元まで髪を伸ばした洒落しゃれた眼鏡の男子高校生だ。黒いブレザーを基調きちょうとした学生服に身を包みイヤホンを耳に付けて口元のスマホに声を掛けながら画面を見ている。

 ナビアプリが起動しているようで街並みにラインが引かれている。中心に映る青い丸がそのラインに沿うように目的地へ絶えず移動し続けている。


「増加具合は?」

『空気がよどんでいる程度だけど、もういつ現出するか分からない』


《目標地点に到着しました。ナビゲーションを終了します》


 人混みに舌打ちしながら急ぐ少年が到着したのは駅から少し外れたビル、大通りから外れ人通りが少ない為に1つもテナントが集まらない商業ビルだ。管理人が手入れだけはしているが人が居なければ建物は荒れていく。このビルも例に漏れずビル壁にヒビが走り窓から内部にほこりが積もっているのが外からでも分かる。

 少年はポケットから黒曜石こくようせきの装甲が縫い付けられた灰色のグローブを取り出し両手にめた。溜息ためいきいてビルの扉を蹴り開け内部へ入る。


『妖気はそのポイントよ。各階を虱潰しらみつぶしにして』

「意外と広い」

愚痴ぐちらないで。四鬼しきの部隊が来る前に早く済ませるわよ』


 身体からだほぐすように首を回して直感で階段を登る。イヤホンから真面目に探索しているかと声が響くが無視して登り続け3階で足を止めた。


「ここだ」

『どこよ?』

「見つけた」

『だからどこよ?』


 階段から広がる廊下、その内の1つを開いた少年が見ていたのは一般的なオフィスの残骸ざんがいのような机の並べられた部屋。

 その中央で空間が奇妙に歪んでいた。

 抽象画ちゅうしょうがのようなねじれが背後の空間を歪ませ正常な風景を失わせている。

 それこそが妖気による空間の歪みだ。


妖気祓ようきばらいを始める」

『ええ、早く終わらせましょう』


 少年は眼鏡を外して鞄に仕舞い、鞄を落として拳を構え、迅速にゆがみの中心に向けて大きく踏み込み拳を振り抜いた。

 それでも手遅れではあったが。


『妖気増大! 間に合わなかった』

「魔を祓う」

『ええ、そうね、想定通り。憎たらしいけど、全て想定通りよ。魔装まそうを呼びなさい!』


 イヤホンからの声に合わせ、少年は両拳の黒曜石を打ち付けた。


「装甲」


 金属音と同時に黒曜石が輝き少年の周囲に灰が積もったように表面が不均一な鎧が現れ少年を覆う。

 所々に黒曜石をあしらった鎧は不均一で武骨な表面に似合わず細身で縁金りょくきん草紋そうもん彫金ちょうきんされた儀礼用ぎれいようのような物だ。

 拳からひじに刃が走り、肘関節からはスラスターのような噴出孔がのぞく。


 そんな灰塵の鎧に向き合うように消えかけの歪みから何かが落ちた。


 ただの黒い塊。

 液体のように不定で、しかし広がらず球状に固まったそれは明確な敵意を持って灰塵の鎧に対峙した。


『スライムね。相性が悪いわ。どうする?』

四鬼しきが到着するまでは時間を稼ぐ」

『物好きね。程々にしてよ』


 深く腰を落としスライムへ左ジャブを放つ。不定形のスライムはジャブに合わせて不快な感触と共に穴が開き、灰塵の鎧はそれを見越したように右腕のフックによる前腕の刃でスライムを裂く。


 不定形のスライム相手に効果は薄いが何もしないよりはマシだ。

 スライムも打撃、斬撃から形状を元に戻す為に攻撃を放っては来ない。

 絶え間無く攻撃を加える事で自身を守る、攻撃は最大の防御を実践する灰塵の鎧に対しスライムはただ変形と復元を繰り返すだけだ。


 しかし状態変化に慣れたのかスライムは復元しながらも今までと違う動きを見せた。

 復元しながら損傷していない部分が震え、急激に鋭く変形する。槍を思わせる突起物を灰塵の鎧へ向け勢い良く伸ばし反撃に移った。


 しかし灰塵の鎧は反撃される事を想定していたのか冷静にスライムの槍を首の動きだけで回避する。カウンターに槍の根元へ肘の刃を放ち切断、力無く地面に落ちるスライムの一部を蹴り飛ばして本体から引き離す。

 切断された槍は通常の液体のように広がりながら床に落ち、本体へ合流するように小さく振るわせながら触手を伸ばす。


 それを見越して灰塵の鎧は大きく踏み込みスライムの横を擦れ違うように位置を入れ替える。その位置関係を維持しながらジャブを放ちつつ後退しスライムと破片の距離を少しずつでも離そうと試みた。


「ちっ」

『意味が無さそうね。そろそろ四鬼がやってくるわよ』

「離脱する」

『ルート出すわ。屋上から逃げて』

「頼んだ」


 スライムの槍を躱しながら拳を大きく振り被り、床へ向けて力任せの打撃を放つ。

 床が揺れながら打撃点を中心にヒビが広がりスライムへ向けて放射状ほうしゃじょうに床の崩壊が始まる。打撃点を起点に床が抜け、ヒビに合わせて放射状に床を構成するコンクリートが階下へ落下を始めスライムは周囲を掴む事も出来ずに落ちていった。

 砂埃すなぼこりで視界の悪い階下の事は確認せずに灰塵の鎧は部屋を出て階段を駆け登る。その間に灰塵の鎧が薄っすらと消え少年の姿へ戻っていた。


『あ、捕まった瞬間、スマホから私との連絡ログ全部消すから。安心して捕まって良いわよ』

「お断りだ」


 屋上に飛び出した少年はビルの入口付近に人が集まっているのを確認した。その中に2人、腰に刀をげた者たちが居る。


「四鬼は2人。業炎鬼ごうえんきだ」

『相手がスライムなら適任ね。派遣されたのは偶然でしょうけど』

「妙だ」

『状況対応能力を考えれば別々の鬼でツーマンセル? 考えるのは後にしましょう』

「ああ」


 見つかる前に少年は走り出しナビに従って隣の屋上へ飛び移った。

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