魔法少女の結成――魔法少女ファントム☆ウィザード前日譚その二
「八頭怪と闘いたいのは解るけど、魔法少女は完全に先輩の趣味っすよね?」
どうやって雪羽を言いくるめようか。狐らしく思案している源吾郎に対し、雪羽は質問を投げかけた。端麗な面が意地の悪そうな笑みで歪んでいる。源吾郎はふいに、彼と初めて顔を合わせた時の事を思い出していた。
そうして言葉を詰まらせていると、その表情のまま雪羽は言葉を続ける。
「悪いけど俺は先輩の趣味に乗るつもりは無いんでね。魔法少女をやるんならお一人でどうぞ」
「雷園寺! お前それでも貴族妖怪か!」
源吾郎は身を乗り出し思わず声を荒げた。雪羽は八頭怪打倒に協力してくれない。そのような考えが脳裏をよぎり、思わずカッとなってしまったのだ。
だがすぐに、源吾郎はおのれの軽はずみな言動を恥ずかしく思った。雪羽もホップも驚いてしまっている事に気付いたからだ。
驚かせてごめん。雪羽たちを見やって源吾郎は軽く謝罪した。
「よく考えてくれ雷園寺君。八頭怪は俺たちの……ひいては雉鶏精一派の脅威でもあるんだぞ。もしかしたら胡喜媚様の弟だからって気兼ねがあるかもしれんけどさ。だけど、俺もお前もあの八頭怪には色々としてやられているじゃないか。
それなのに八頭怪と闘わないなんて選択をするなんて……雷園寺家の看板が泣くぞ!」
落ち着いて話を進めようとしたつもりだったが、それでもやはり興奮してしまった。源吾郎はしかし、おのれの裡にある興奮を雪羽にどうにかして伝えようともしていたのだ。だからこそ雷園寺家の名を出した。
雪羽が今も雷園寺家の当主になる事を切望しているのは源吾郎も知っている。その熱意が本物である事もきちんと知っている。源吾郎が玉藻御前の看板を誇りに思うのと同じ熱量でもって雷園寺家の看板を背負おうとしている。源吾郎は常々そう思っていた。
だからこそ、雷園寺家の名を出して雪羽を挑発したのだ。
ところが雪羽は表立った興奮を見せる事は無かった。翠眼に揺らぎがあるのは確かであるが、若干の呆れを滲ませながら手を振ったのだ。
「まぁ落ち着きなよ島崎先輩。俺は何で魔法少女にならないとあかんのかって言っただけだぜ? 八頭怪と闘わないとは一言も言ってないじゃないか」
一度言葉を切り、雪羽は身を乗り出した。その両目は既に決意の色が滲んでいる。
「俺も八頭怪がのさばるのは腹立たしいよ。八頭怪と闘うって言う案そのものには協力したい」
「雷園寺君……!」
雪羽の力強くも優しい言葉に、源吾郎は思わず目を潤ませた。彼も源吾郎と同じ思いであると解り、嬉しさを通り越して感動していたのだ。
そうしていると、雪羽は隣に置いていた紙袋をローテーブルの上に置いた。慎重な手つきで小箱を取り出している。ケーキ箱に似ていた。
「お茶請けになりそうなお菓子を持ってきてたんだ。ちょっと長丁場になりそうだし、食べながら話そうぜ」
そう言って雪羽が取り出したのは手のひらサイズのミニケーキだった。源吾郎は気付けば学生みたいな声音でやったぁだのおいしそうだのと素直に感想を口にしていた。
源吾郎も雪羽も何のかんの言って甘党なのだ。だからこそ雪羽のお茶請けに源吾郎はこうして喜んでいたのだ。
ちなみに雪羽はホップにもカットサラダ(極小盛り合わせ)をきちんと用意していた。ヤンチャな所ばかりがとかく目立ちがちな雪羽であったが、目端が利き、気遣いもきちんとできる若者なのだ。やはりそこは、貴族妖怪に名を連ねる存在だと源吾郎も思っていた。
※
「正直に思うんだけどさ、八頭怪が暴走させてる連中と闘うのに、敢えて魔法少女になる必要はないと思うんだ」
「それはどういう意味さ」
三者三様にお茶請けを楽しむ和やかな空気は、他ならぬ雪羽の一言で打ち砕かれた。魔法少女になる必要はない。彼は初手から源吾郎の立案を否定しにかかったのである。
雪羽を睨む源吾郎の瞳は剣呑な色がにわかに浮かぶ。雪羽はしかし怯んだ様子は見せず笑い返すだけだった。
「よく考えてくださいよ先輩。俺たちは元々男なんですよ。身バレ防止に変装するにしても、わざわざ女の子に変身しなくても良いじゃないですか。
むしろ変装か変化して、怪物と闘うイケメン戦士としてコンビを組めば……」
「おいちょっと待て。戦士は良いがなんか不純な単語が混入してたぞ」
「不純ってまさか、イケメンの事……?」
戸惑いと呆れの色を見せる雪羽に対し、源吾郎はゆっくりと頷いた。
「雷園寺君。俺がイケメンに変化しない事は君もよく知ってるだろう? 俺がイケメンに変化するのは規約違反なんだよ。他ならぬこの俺が俺に敷いた規約にな」
雪羽の面に浮かぶ当惑の色は濃くなる一方だった。源吾郎はそんな雪羽を前にうっそりとほくそ笑む。おのれの意見を押し通せた事が気持ち良かったし、雪羽の困り顔を見るのも結構面白いからだ。未だ少年らしさが残る雪羽であるが、イケメンになりつつある兆しはあった。イケメンを困らせるというも悪趣味かもしれないが、雪羽にはしてやられる事が多いので少しくらいならばちは当たらないだろう。
「……イケメンでなくてもさ、男にも変化できるんでしょ?」
「まぁな。君のお陰で男への変化も習得しとかないとって思い直したからね」
未だ困り顔の雪羽に対して、源吾郎は満面の笑みを浮かべた。何処かのドスケベに連行されかけるという事が起こらなければ、源吾郎は未だに女子に変化する事のみに拘泥していただろう。そう言った意味では雪羽には感謝せねばならない。
さて源吾郎は本来の自分とは全く違う男の姿に二、三回変化してみせた。筋骨隆々のマッチョマンであったり、逆に背ばかり高くてヒョロヒョロのヒョロガリ男だったり、くたびれたサラリーマン風の男だったりと言った塩梅だ。
雪羽はそれを能面のような表情で眺めていた。厳密には片眉が動き、額に血管が僅かに浮かんでいたが。
「……先輩。やっぱり先輩は女の子に変化しても良いっすよ」
呆れ切った表情ではあるものの、雪羽から魔法少女のGOサインを貰ったのだ。変化のクォリティーがどうだのとぼやいているようだったが、源吾郎は特に気にしていない。源吾郎自身、男に変化するのは気が進まないからだ。
「可憐で可愛い魔法少女と、その魔法少女を護りつつメインで闘うイケメン戦士という路線で行こうぜ。そしたら、先輩も俺も存分に闘えるじゃないか」
自分の思い付きが良かったと思っているらしく、雪羽の面には早速笑みが浮かんでいる。こいつやっぱりイケメンにこだわってるな。これだからドスケベイケメンは……今度は源吾郎が呆れつつも首を振った。
「いいや。俺が魔法少女になるんだったら雷園寺君も魔法少女になるんだよ。あの国民的アニメ・プチキュアだって初代は二人でバディーを組んでただろ」
「魔法少女がニコイチとかそんなん最近の話じゃないか。魔法のコンパクトで変身する魔女っ娘なんかはさ、一人で活躍してたぜ。先輩は贅沢言い過ぎだよ。ちゃんとこのイケメンで強い俺の相棒になるって言うのにさ」
「……男の娘 みんなでなれば怖くない」
唐突に源吾郎の口から出てきた五七五の川柳に、雪羽は目を丸くした。聞き覚えが無いのも無理はない。源吾郎が今思いついた標語だからだ。
いたずらっぽく笑みを浮かべる源吾郎を前に、雪羽は口を開く。
「そんな言葉で俺を魔法少女にしようと誘ってるんですかね。ですが先輩は特に仲間がいなくても女狐(♂)になってるじゃないですか」
「さっきのは初心者向けの標語だよ。雷園寺君。俺は既に女狐(♂)変化を体得して十数年経つんだ。だから俺は上級者だと思ってる」
「…………」
イケメンイケメンと連呼して喜んでいたはずの雪羽は、またしても当惑した表情に逆戻りしている。物理的に切り替えの早い脳を持つ雷獣は、どうしても感情がすぐに変化してしまうのだ。
だがそれこそが畳みかけるチャンスだと思っていた。
「雷園寺くーん。君が何を心配しているのか俺には手に取るように解るよ。あれだろ、万が一魔法少女に……女の子に化身している事が周囲にバレて、変態だと思われる事が心配なんだろう?
その心配は俺もよーく解るよ。ふふふ、俺も何年か前にそんな事があって歯噛みした事があるからさ。名門貴族のお坊ちゃまでさえ、俺の変化を見て変態呼ばわりしたんだからさぁ……」
「……まだ根に持ってたのかよ」
渋い表情で雪羽が呟く。源吾郎が何時の話をしているのか、雪羽には見当がついているのだろう。見当がつくと解った上で源吾郎も話をしていた訳だし。
小鳥の姿に戻ったホップが源吾郎の手の甲をつつく。喧嘩はダメ、とでも言っているようだった。
「しかし雷園寺君。女の子に変化しないからと言って、魔法少女(♂)の傍でイケメンの姿のままで活動していたとしても、変態呼ばわりされる可能性があるんだぜ? もし俺が可憐な魔法少女じゃあないってバレたらさ、そんな魔法少女(♂)と一緒に活動していた雷園寺君もやっぱり同類だって思われるんじゃないかい?」
「…………解ったよ、俺も魔法少女になるよ」
ため息とともに雪羽が告げる。魔法少女ファントム☆ウィザードの誕生の瞬間だった。
ちなみにここから二人の魔法少女(♂)のデザインやスタイルの調整にのべ四、五時間かかったというのはまた別の話である。何しろ雪羽も源吾郎も巫女姿というキャラ被りが発生したり、変化後の雪羽の言動のチェックなどに勤しまなければならなかったのだから。
しかし、当座の目的を果たせたので結果オーライであろう。
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