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「何を見た、って。それはあんたも承知してるだろう?」


 俺がやや口調を荒らげながら、橋本にそう答ると。橋本は冷静に「そうですね」と言ったあと、「部屋の中で起こった具体的な行動までは、おっしゃらなくて結構です。『誰を見たか』だけでも、お話し頂ければ」と、質問の内容を少し変えて来た。


「誰を見たか……それも当然、知ってると思うが。カオリと、知らない男たち数名だ。10名くらいはいただろう。正確に1人2人と数えたわけじゃないがな、それくらいいたことは間違いない」


 俺は半ば吐き捨てるように、言葉を返した。橋本はそれを受けて、「ありがとうございます」と礼を言ったあと。「片山さんはここから、山下さんと男たちを見た。それで宜しいですね?」としつこく確認してきたので、いい加減に……と俺が立ち上がって文句を言おうとしたところで、「では、次に参りましょう」と、俺の気持ちをはぐらかすかのように、橋本は個室のドアを開けた。


 いったい何がしたかったんだと思いつつ、橋本の後をついていくと。個室のある通路を出ると、いつもとは逆方向、つまり監禁部屋に向かうのとは反対方向へと歩き出した。そちらはすぐに壁に突き当たっていて、壁にドアが付いてはいたが、そこから先へはまだ行ったことがなかった。ドアの脇には、カードを通すスリットと暗証番号を押すためのテンキーが並んでおり、それだけ厳重な警戒を敷かれた場所へ通じているのだと思われた。ドアのある位置からすると、その向こうは恐らく「白い部屋」の奥に通じているのだと思われ、つまり見本市や見世物を見に来た「客側」ではなく、客を迎える「奴らの側」に繋がっているということになる。ならば、そう簡単には通れない仕様にしているのは当然のことだろう。


 橋本は「その先」へ行くためのカードも持っていて、当たり前のように暗証番号を押し、ドアを開けて奥へ進むと。そこは狭い簡易待合室のようになっており、横長のソファーが二組と小さなテーブルが置いてあった。「目覚めたらベッドの上だった」ように見えたカオリは別として、後から入る男たちは、ここで「待機」してたってことか。そして、俺たちが入って来たのとは反対の壁に、同じようなスリットとテンキー付きのドアがあった。その先が恐らく、SEXtasyを投与する部屋へと続いているのだろう。橋本はまだ、俺を「その先」へ連れて行く気はないらしいが。一度ここに連れて来られたら、案内して来た奴が来ない限り、カオリや男たち、岩城の映像で見た男女など、「見世物小屋」の出演者たちは、この「待合室」から出られないという仕組みなわけだ。



「では、こちらにどうぞ」

 橋本はそう言いながら、入ってから右手にあるドアノブのカギを「かちゃり」と開けた。そのドアはスリットもテンキーもない、ごく普通の「ドアの鍵」だった。ここから、例の「白い部屋」に入るというわけか……。橋本は左手でドアを開けて、俺が先に部屋に入るよう右手で促したが、俺は緊張感と共に、何か「嫌な予感」が胸の奥底で渦巻いているのを自覚していた。その渦巻くものの正体がわからなかっただけに、それは言い知れぬ不安を増幅させていた。


「白い部屋」に足を踏み入れ、見覚えのあるベッドの方に歩を進めると共に、その不安はますます膨らんできていた。一体何が不安なのか、何を俺は「恐れて」いるんだ……? 俺のそんな様子をじっと見ながら、橋本は開けたドアにストッパーを差し込み、ドアが閉まらないように固定した。あのドアはオートロックで、閉めると共に鍵がかかり。内側にはドアノブすら付いていなかったから、一度締まったらやはり、内側からは開けられないのだろう。


 ベッドの向こう側には、俺が個室側から見ていた「窓」、部屋の中から見ると窓の大きさの鏡が、ズラリと横に並んでいた。「あそこが、先ほどまで私たちがいた『個室』です」橋本が指差した方を見ると、そこもやはり今は「鏡」になっていた。恐らくここを監視している場所にあるスイッチか何かで、鏡を「窓」の状態に出来るんだろうな……。俺は今日の出来事を思い出しながら、そんなことを考えていたが。そこで橋本が、何気なく俺に話しかけた。



「こちら側から見るのは、片山さんは初めてのことかと思いますが。今日はあの個室の鏡が、途中から透明な『窓』に変わった。そこで山下さんは、個室の中に片山さんがいることに気付いた。そうでしたね?」


 さっきから今日のことを逐一確認している橋本に、少しイラつきながらも、俺は「ああ、そうだよ」と素っ気なく答えた。すると橋本は、俺たちがいた個室に近づき、その窓を、軽く手のひらで撫でた。


「昨日までとは違う個室に案内されたことで、並んでいる個室の中の幾つかに、こちら側から見た『鏡』が『窓』に変化する仕組みがあるのだと、片山さんはお考えでしょう。というより、片山さんがそう考えるように、私たちが『仕向けた』のですが……」


 そう言いながら橋本は、俺の方に向き直り。俺に向かって、「ズバリ」と言い放った。 


「しかし、実は。鏡が透明なガラスになるような、そんな仕掛けは。ここに並んだどの個室にも、組み込まれていないんです。つまり山下さんは、今日もずっと『鏡』を見たままだったんです。……それがどういう意味なのか、おわかりですか?」



 カオリはずっと、「鏡」を見たままだった……?


「どういう意味か」と聞かれたものの、俺にはその意味がまるでわからなかった。……いや。心の奥底で、「わかろうとすること」を拒んでいるような、そんなわずかな抵抗感のようなものが、密かに感じられていた。



「つまりですね。片山さんの方からは、何かのスイッチが入った音と共に、窓のガラスが少し明るくなったように感じたと思いますが。山下さんの方からも、『鏡が明るくなった』としか見えなかったんですね。いや、そうとしか見えなかったはずなんです。……しかし。


 山下さんは鏡が明るくなったことで、それが『透明なガラス』になったかのように感じたのかもしれませんね。鏡の向こう側が、透けて見えるような……。そこで山下さんは、片山さんの顔を見た。それは、決して妄想などではなく。山下さんは、んです……!」



 カオリは、自分が映ったはずの鏡に、「俺の顔」を見た。


 わけがわからん、いったいどういうことなのか、説明してくれ! ……と、頭を抱えたくなるのと同時に。俺の胸の奥底では、徐々に徐々に、それを理解しつつあった。それこそが、橋本の言っていた「真相」の、正体であることを。


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