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「ここにいる兵士たちは皆、適正かつ厳正な管理のもと、SEXtasyを投与され。凶暴化、すなわち兵士として戦うために必要な攻撃性を高めています。ここでは攻撃性を高めるだけでなく、自らが攻撃された時の痛みを緩和する効果も植え付けています。SEXtasyにはそんな、いわゆる『バーサーカー状態』のような効果もあるのだとわかりました。まさに、兵士に投与するには打ってつけの効果と言えますね。
そしてこの建物の別のスペースに、この兵士たちの『実力』を購入者に実際に見てもらうための、『プレゼン会場』があります。これは厳重な警備体制と周到な準備が必要になりますので、開催される頻度も低く、片山さんにご覧頂けないのが残念ですが。こうして政府はSEXtasyを用いて自国の兵力を増強すると共に、貴重な資金源としても活用しているわけです」
何か誇らしげにそう言い切った橋本を、俺は半ば呆れたような心境で見つめていた。SEXtasyを有効活用したみたいなことを言っているが、つまりは「死の商人」としての取引を、国家として始めたってことじゃないか。憲法改正の際に、一番の議論になった9条改定問題に関して、「軍隊はあくまで自国と自国民を守るためのものであり、他国への侵略行為や、軍需産業などの拡大を伴うものではない」というのが、政府からの回答だったはずだ。まあ、そんな答弁も眉唾ものだとは思っていたが、ここまで本格的に実用を進めていたとは……。
「いかがですか、片山さん? 私たちが、ウワサではなく実在するものだと信じて追いかけ始めた『幻の薬物』、SEXtasyが。こんな風に活用されているなんて、思ってもみなかったでしょう? 正直私はこれを知って、いたく感動しました。私は薬物合法化に沿った正規のバイヤーとして、自分に出来ることは可能な限りやって来たつもりでしたが、どこかで行き詰まりのようなものも感じていた。もしかしたらこれ以上、個人として販路や利益を拡大することは、難しいかもしれないと。
しかし、そんな悩みなどちっぽけなものに過ぎないのだと、これを知って思い知らされました。私が扱っている薬物には、まだまだ無限の可能性があるんです。この流れの中で確実に実績を積み重ねて行けば、販路の拡大どころか、この国を牛耳るような立場に近づくことすら出来るかもしれない。そんな途方もない夢を描けるくらいに、『ぱあっ』と未来が開けたんですよ。これを感動と呼ばすに、なんと表現したらいいでしょうか……?」
目を潤まさんばかりにそう言った橋本は、誇張ではなく本当にそう信じているんじゃないかと感じられた。こいつ、遂にヤバいクスリに手を出したんじゃないか……? と疑うくらいに、その挙動は何か危なっかしく、誇大妄想気味にも思えた。
ここで俺は、ちょうどいい頃合いだろうと考えて。「後回し」にしていた俺からの話を、ここで始めることにした。
「あんたの言いたいことはよくわかったよ、橋本さん。だが、俺みたいな『はぐれ者』には、肌に合わないというか、どうにも不可解な話に思えてね。俺に声をかけてきたあんたも、同じく『はぐれ者』としてSEXtasyを追いかけてたんじゃないのか? いつの間に、『奴ら』……政府関係者の一員みたいなことになったんだ?」
俺の問いかけに、橋本は「ふふふ……」と薄ら笑いを浮かべ、かけていた銀縁の眼鏡を片手で「くいっ」と押し上げた。その様子がまた「やけに自信に満ちている」ように見えて、俺には不愉快にしか思えなかったのだが。橋本はまるで気にせず、「自分が今、こうしている」に至るまでの経緯を語り始めた。
「私は山下さんと一緒に捕らえられ、その後片山さんも捕らえられたと知り。これ以上無駄な抵抗をすることは、意味がないと悟りました。ならば私の取るべき道は、いかに『彼ら』にすり寄って、その信用を得ていくか。私は自分が生き延びるために、当然の選択をしただけです。それが片山さんの意向に沿わなかったことは認めますし、残念ではありますが。日野さんを失い、山下さんとも片山さんとも切り離されて1人きりになった私は、その時点で私に出来ることをするしかなかったんです。それは、ご理解頂ければと思います。
そして私は、尋問された際に自分が知り得た情報を全て、自ら進んで明かし。その上で、片山さんと協力することでここまでたどり着けたのだと力説しました。つまり、私は彼らの『役に立つ』ことを、印象付けようと試みたのです。幸いその作戦は上手くいき、こうして拘束されることもなく、片山さんとお話出来ているというわけです。
私は、SEXtasyを追う上で片山さんの存在が大きかったことも、彼らに納得させようと努めました。片山さんも私と同様に、大いに役立つはずだと。しかし片山さんの態度があまりに頑なだったため、彼らも手を焼き、役になど立つものかと考え始めていました。そこで、山下さんを『使う』手段を取ったのだと思います。山下さんについては残念ながら、どう救うべきか私にも思いつかず……あんなことになってしまい、それは本当に申し訳ないと思っています」
そう言って橋本は俺に向かって深々と頭を下げたが、それは橋本の「やり手」としてのポーズだろうと、俺は察していた。本気で謝っているのではなく、営業的に「謝っていると見せかけている」のだと。そして俺はずっと気になっていたことを、橋本に問いかけた。
「なあ、橋本さん。ここは、腹を割って話をしよう。あんたのその『善人としてのポーズ』は、そこまでにして。ここからは、あんたの本音を聞かせてもらえたら嬉しいな。橋本さん、あんたは……最初から、『そのつもり』だったろう? 奴らに捕らえられて、やむなく奴らと組むことにしたようなことを言っていたが、そうではなく。SEXtasyの開発に『政府筋』が関わっていると知った時から、その政府筋と繋がることが、あんたの目的だった。日野さんも岩城も、そして俺とカオリも。あんたのその『野望』を叶えるための手段として使われ、犠牲になったんだ。そうじゃないか、橋本さん……?」
橋本は、先ほどの自信に満ちた薄ら笑いとは違い。何かひんやりと冷めたような目つきで、「ふふっ」と乾いた笑みを浮かべた。それは恐らく、俺の言った内容が「的を得ていた」ことの、表れだろうと思われた。
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