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「お疲れのところ、申しわけありませんが。これから片山さんに、聞いて頂きたいお話が幾つかありまして……」
そこで俺もすかさず、橋本に言葉を返した。
「ああ、俺もあんたに聞きたいことが、山ほどあるよ。ちょうど良かったな」
橋本にとって、それくらいの皮肉は当然「想定内」だったろう。嫌な顔ひとつせずに、見事な営業スマイルを浮かべて、「そうでしたか。とりあえずは、私の方からお話させて頂いても、宜しいですかね?」と返してきた。ここで「先に話をさせろ」と橋本に凄んでも、仕方あるまい。両手を拘束されている上に、部屋の外にはあの見張り番が待機しているのだろうから。
「ではまず始めに、私の立場からご説明致します。こうしてあなたを尋問するような形になっているのに、信じられないと思うかもしれませんが。私は決して、あなたの『敵』ではありません。それだけは、ご理解頂ければと思います」
……敵ではない、ときたか。その言い方からすると、敵ではないが、だからといって味方というわけでもないということだろうな。まあ橋本は、俺を拷問するようなスキルは持ち合わせてはいないだろうから、その点だけは安心していいかもしれんな。
「それを踏まえて、ですね。これまでに私が知り得た情報を、片山さんにお伝えしようと思います。恐らく片山さんも、知りたがっていることだと思いますので。まず最初に、この3日間片山さんが見ていた、例の『見世物小屋』についてですが……」
そこで俺は、体をぐっと前のめりにして。届かないとはわかっていたが、拘束された腕を、橋本に向けて突き出した。
「おい、そんな言い方はよせ。あんたも、俺が見たものの内容は知ってるんだろう? 見世物小屋だなんて、軽々しく言うんじゃねえよ。俺の敵じゃないと言うんならな」
橋本もさすがに、俺が気色ばんだことはわかったようで、すぐに「申し訳ありません。USBの映像を見た時に、片山さんがそういう言い方をされていたので、そのまま使ってしまいました。これからは、『あの部屋の中の出来事』とでも呼ばせてもらいます。それで宜しいでしょうか?」と、謝罪してきた。部屋の中のなんたらという表現はまどろっこしいが、その時その時で適当に短くしてもらえばいいだろう。要はカオリがやっていたことを、「見世物」などと言わなければいいのだ。
「ああ、それでいいよ」という俺の同意を受け、橋本は話を続けた。
「その、部屋の中で起きたことですが。片山さんもすでにお気づきかと思いますが、あの部屋にいた者は皆、SEXtasyを投与されています。そこで片山さんは、SEXtasyを投与されて性欲を極限まで解放したのに、岩城さんの映像で見たような、日野さんが言っていた『交尾後に、交尾した相手を食う』という『野生の本能』が表出しなかったのはなぜなのかと、疑問を感じているでしょう。
これについては、まず山下さんに関してですが。山下さんは、おととい片山さんが『部屋の中』を見たその日の朝に、初めてSEXtasyを投与されました。つまり、まだ『SEXtasyの中毒症』には至っていなかったのです。対して山下さんの『相手役』になった男たちについては、初めて投与した者もいますし、2回目もしくは3回目の者もいました。しかし、まだ顕著な中毒症状は認められないという点で、山下さんと同じ状態にありました。つまり、岩城さんの映像で見た『本能の表出』は、重度の中毒症に陥った者に表れる特徴だということなんですね。
もちろんこれは、投与するSEXtasyの量を制限しているからこそ可能なことであり、中毒症状をコントロール出来ているのですが。もしこれが世間一般に広まったら、そんなコントロールなど効かなくなるのは目に見えていますからね。だからSEXtasyの開発者及び開発を指示した責任者たちも、SEXtasyを市販化するような危険は冒すまいと考えていたのです。
そこで彼らはあの『部屋と個室』を作って、投与した者たちによる『実践』を見せることで、利益を得ようと思いついた。これは、片山さんの見た『本能の表出』にまで至らない状態と、岩城さんの映像で見た『本能が表出する状態』の、2つのケースに分けて行っていたそうです。本能が表出しないケースは、日野さんの言っていた『見本市』の意味合いが大きかった。と言っても、SEXtasyそのものを販売するのではなく、SEXtasyを投与した者を『貸し出す』という取引だったようです。やはり、SEXtasyが『外部』へ出回ってしまうのは避けたかったのでしょう。
その代わりに、まだ中毒症状の出ていない男性もしくは女性を、希望者に『レンタル』する。もちろん一夜限定で、『返却』まで厳重な監視付きの上でのレンタルでしたが。性的な欲望を解放された相手との行為は、自分がSEXtasyを投与されていなくても、十分に楽しめる『特別な趣向』に成り得たでしょうからね。
そしてもうひとつのケース、本能が表出する可能性のある場合ですが。これは片山さんの言った通り、ビザール的な『見世物』として開催していたそうです。20世紀の頃から、本物の殺人ビデオなどのウワサが立った、いわゆる『スナッフビデオ』などは確実な需要ががありましたからね。21世紀に入り、ネット上でそういった映像を見ることは比較的容易になったのですが、やはり『自分の目の前で、それが行われる』という魅力と迫力は、何ものにも代え難い。こちらのケースはかなり人気が高く、何か月か先まで予約が埋まっているそうですよ。これも片山さんが言っていたように、そういったものを好む人たちが、いつの時代にも確実に、一定数は存在するということですね」
そういうことか……と、俺は相変わらず「語り口の上手い」橋本の話に、思わず納得してしまっていた。カオリがあれだけ大勢の男を相手にして、それを3日も続けたのに「野生の表出に至らなかった」のは、そういうわけだったのか。しかし今日は最後に、その気配がチラリと伺えた。男どもが来る前から下着を脱ぎ捨てていたことや、顔や体のやつれ具合からしても、中毒症状は確実に進みつつあるということなんだろうな……。
そしてカオリの相手役となった男たちは、その中毒症状の進行具合によって、メンバーを入れ替えていたということか。「食らう本能」が出る危険が見受けられた奴は、「ビザール見世物市」の方に回されたんだろう。それは別として、橋本の話に納得がいったと言っても。カオリがあんな状態に陥り、拘束されて監禁中の俺の前で、橋本だけが「自由の身」でいることは、大いに不満だったのだが。それについてはこの後、順を追って説明するということだろう。そして、その話を意図的に「後回し」にしているのは、それが俺にとっても橋本にとっても、重要な鍵を握っているからに違いないと、俺は密かに考えていた。
橋本は俺のそんな思いに気付いているのかいないのか、「ここまでのお話については、特に問題ないでしょうか?」と確認し、そこから次の話題に振り替えた。
「では続いて、SEXtasyが投与された者に与える影響について、具体的にお話ししたいと思います」
橋本は本当に「さりげなく」、そう口にしたが。俺はそこで、確信した。そこまでの情報を得ているということは、橋本は俺の「敵」ではないと言っていたが、今は間違いなく、「奴らの仲間」なのだと。
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