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 俺は橋本に連絡を入れ、USB端末を持って、一緒に日野の「研究所」へ向かった。日野なら、岩城が残した映像を見て何か説明できるか、思い当たることがあるかもしれないと。研究所へ向かう途中、橋本は「そんなにヤバい映像だったんですか……?」と聞いてきたが、俺はその内容を説明することなく、黙って頷いた。こればっかりは、実際に「見てみないと」、どうにもならないと思えたのだ。



「何か、大変なことになっとるようだな。とりあえず、その映像を見てみるとしよう」


 俺たちが到着すると、日野も早速USBの映像を見る準備を始めた。パソコンの画面にアイコンが映し出されると、カオリは「あー、あたしもう見たくないから……外で、タバコ吸ってくるね」と言い残し、研究室を出て行った。それなら付いてこなきゃいいのにとも思ったが、ペントハウスに1人で残しておくのも不安だし、まあ仕方あるまい。そこで日野がアイコンをクリックし、岩城の撮影した動画の再生が始まった。



 動画の最初は、トイレの鏡の前に立つ岩城の姿から始まっていた。岩城は少し縁の太い眼鏡をかけ、その位置を確認するように片手で押さえ、じっと鏡を見ていた。


「動画を撮影したのは、この眼鏡に仕掛けた小型カメラだと思う。ブツの現場を押さえておくためにもと、あいつが昔よく使っていたものでね……」


 岩城は昔から手先が器用で、そういった小型の監視カメラや盗聴器などを作るのが得意だった。しかしこの「眼鏡型カメラ」は、岩城も使うのが久々だったようで、鏡の前でしばらくの間、スマホに映った画面と見比べながら、角度の調整などをしていた。 


「なるほど、カメラで映した映像が、そのままスマホに送信される仕組みか。それをこのUSBに転送して、あんたのとこに送って来たということだな……?」


 日野の問いかけに、俺はコクリと頷いた。

「ああ、それもたぶん、かなり急ぎでやったことだと思う。だから何の編集もされていない、岩城が『見たまんま』が映像として残っている。なので多少ダラダラした場面もあるが、必要ない場面は俺が飛ばすよ」


 俺は日野に代わってパソコンのあるデスクの前に座り、キーボードで「不必要な場面」を早送りした。映像の中では岩城が、黒い服を着た男の案内でエレベーターに乗り、どこかの地下室らしい場所へ連れて行かれるところだった。


 エレベーターを降りると、そこはアパートかマンションの廊下のように、壁沿いに扉が幾つも並んでいた。しかしその扉は、岩城から見て右方向にしか付いておらず、廊下の左手はずっと奥まで窓のない壁になっていた。俺はそこで映像の早送りを辞め、通常の速度に戻した。


 扉同士の間隔は思ったより狭く、岩城はその中のひとつに入るよう指示された。扉の中は四方の壁が2メートルほどの狭い「個室」になっていて、入って来た扉と反対側の壁に、ブラインドで覆われた大きな窓があった。


 窓のすぐ下には「ブザーが鳴りましたら、ブラインドをお開け下さい」と注意書きが書かれていて、恐らくこの個室は、「窓の向こう」を見るために用意されたものだと思われた。廊下から見えた数の分だけこの個室があり、その個室の数だけ岩城のように、「ブラインドの向こう」を見に来た奴がいるのだろう。



 しばらくして、「個室」の中に「ビーーーッ」というブザーの音が鳴り響き。岩城がブラインドを開けると、「窓の向こう」には白い壁と天井に囲まれた、飾りっ気のない小さな部屋があり。部屋の中央にベッドが置いてある以外は、何の家具もなかった。そしてそのベッドの上に、ひと組の男女が横たわっていた。明らかに、その男女を見るためだけに作られた部屋であり、「個室」なのだと思われた。


 ベッドの上の男女は、申しわけ程度の下着を着てはいたが、やがて2人は見つめ合い、どちらともなく下着を脱ぎ始め。そして、全裸になるのももどかしいと言わんばかりに、猛然と抱き合い始めた。


「ひと昔前にあった、『覗き部屋』の風俗店みたいだな。彼が部屋を見ている窓はマジックミラーか何かで、部屋の中からだと『鏡』にでもなっとるんだろう。もっともその部屋で行われる”行為”は、『覗き部屋』のレベルじゃないのだろうが……」


 日野が画面を見つめながら、ポツリとそうこぼした。さすがに日野も、すでに気付いていたようだった。ベッドの上の2人は、恐らくSEXtasyを投与されているのだと。それを裏付けるかのように、部屋のベッドでは凄まじい、「愛の行為」が始まっていた。



 それはもう、お互いを求めるとか、愛を確かめ合うとかいうものではなく。まさに「互いの欲望をぶつけ合う」、いや「貪り合う」行為だった。男が女を押し倒し、野獣の咆哮のような声を上げながら、自分の股間で女の股間を抉るかのように、激しく突き立てていたかと思うと。今度は女が上になり、ベッドのスプリングがトランポリンになったかのように、大きな上下運動を繰り返す。2人ともすでに、口から漏れる声は言葉にならず、意味をなさぬ叫び声か、獣の遠吠えかと思わせる「絶叫」になっていた。


「うおおお、うおおおおお!!」

「ああ、ああああああ!!」


 男が全身をケイレンさせるようにして、先に絶頂に達し。その後すぐに、女も全身をピクピクとさせながら「昇りつめた」。2人は少しの間、「はあ、はあ」とそのまま荒い息を突いていたが。互いの目が再び合ったとたん、がむしゃらに相手にむしゃぶり付き始めた。すでに男の股間は、岩城のいる個室から見る位置でもはっきりとわかるほど硬直し。女も全く怯むことなく、これ以上広げるのは無理だろうと思えるほど両足を全開にして、それを受け入れた。



「……こりゃあ、凄い。これがSEXtasyの効果だとしたら……一度こんなものを知っちまったら、そりゃあ辞められなくなるだろう」


 日野は、「ふう」とため息をつきながら、パソコンの映像に見入っていた。そして、映像を見つめたまま固まっていたかのようだった橋本も、ようやく重い口を開いた。


「ウワサには聞いていましたが、どうやらそんなウワサ以上に、とんでもない薬物だってことですね。ベッドの2人はもうすでに、自分の意思とは関係なく、かつてない快楽をもたらすSEXの虜に。いや、『SEXtasyの虜』に、なりきってしまっている気がします。

 この個室と部屋は、さながらSEXtasyを投与した者の、『見本市』というところですかね。信頼できる筋からリクエストを受けて、ここに招待し、実際にその『効果』を見てもらうためのものと言いますか。昔のコネがあったとはいえ、岩城さんは短期間で、どうやってここまでたどり着いたのか……」



 俺が昨夜「ここまでの映像」を見た時の思いも、日野や橋本と同様だった。しかし、この映像の「本当のキモ」は、この後にあった。俺は、「まあ、続きを見てくれ」と、この野獣的SEX映像はいつまで続くのかと考えていた橋本と日野に、続きを見るよう促した。



 もう男も女も、何度達し、何度果てたことだろうか。体力的にはすでに限界に近いのではないかと思われたが、それでもまだお互いに、隙あらばベッドの上に相手に貪りつこうかという、ギラギラとした眼光を放っていたが。先に女の方が動き、「がうっ!」と叫びながら、男の体に圧し掛かった。男は、女がそのまま自分の股間の上にまたがるのかと思っていたようだったが、そうではなく。女は圧し掛かった勢いのまま、男の首筋に「ガブリ」と食いついた。


「えっ?!」

 橋本と日野がほぼ同時に、驚いたような声を上げた。もしかしたらそれは、相手の首を絞めるといったような、性的興奮を高めるための「過激な行為」かと思われたが、女の目的は違った。女は食いついた男の首筋の肉を、そのまま「びきいっっっ!!」と「食い千切った」。


「うがあああああああ!!」

 男は首筋から噴き出る血潮を片手で押さえ、悲鳴を上げた。それは、ついさっきまで上げていた歓喜の声ではなく、明らかに身の危険を感じた、「悲痛な叫び声」だった。その、男の前で。女は食い千切った男の肉片を、口の中でむしゃむしゃと咀嚼し。そして、「ゴクリ」と飲み込んだ。



「うわあああ、わあああああ!!」

 男は片手で首筋を抑えたまま、もう片方の手で女に殴りかかったが、女はそれを「スルリ」とかわし。今度は、男の脇腹に「ガブリ」と噛みついた。「やめろ、やめろぉぉぉぉ!!」男は脇腹に食らいついた女の背中を、片手でガシガシと殴りつけたが、女は全く動じず。先ほどと同じように、脇腹の肉を食い千切り。その肉を口に咥えたまま、両手の先を脇腹の傷口に「ズブリ」と差し込んだ。


 女は、もはや激痛と恐怖に怯える眼差しになった男の目の前で、傷口を強引に、「がばああっ!!」と左右に押し開いた。「うぐわぁぁぁぁぁぁ!!」男の、断末魔のような絶叫が部屋の中にこだまする中、女は開いた傷口からズルズルと、男の内臓を引きずり出し。その内蔵を美味そうに、ムシャムシャと貪り食い始めた。




「……もう終わった? やだ、ちょうど『その場面』じゃない」


 タバコを吸い終えたカオリが、研究室に戻って来るや否や、そう言い残して慌てて研究室を出て行った。橋本も日野も、目の当たりにした壮絶な映像を見て、ただただ茫然としていた。その視線の先には、体をヒクヒクと痙攣させる男の肉体を、悦びに満ちた表情でついばみ続ける、女の姿が映っていた。


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