メリークリスマス殺死杉

 クリスマスは誰かのものだ。

 誰のものかはわからないが、すくなくとも俺のものではない。

 必要以上のホワイトクリスマスを提供する大雪のニュースを見ながら、高橋はそんなことを思った。

 自分のためにプレゼントを買ったり、パーティーを開いても、クリスマスは今更自分のものにはならない。


 それを虚しいと思うほど若くはない、人生の特効薬は諦めだ。

 高橋はテレビを消し、そういえば今日はゆず湯の日だったななんてことを思い出し、銭湯に行こうと思い立った。

 寝間着を脱ぎ捨て、外出着に着替える。

 そして靴下を履こうとした――その時だった。


「靴下が……俺を食っているッ!!」


 靴下の中から突如として溢れ出した酸が高橋の身体を溶かしている。脱ぎ捨てようと思っても、靴下の内側から生えた牙が高橋を逃さぬ。

「な、なんだァッ!?靴下にッ!?いやッ……俺に何が起こっているッ!?」

 事態が飲み込めず動揺する高橋。

 彼を嘲笑うかのように陽気な笑い声が響き渡った。


「HO!HO!HO!メリークリスマス!」

「あッ……あんたはッ……サンタクロース!?」

 玄関ドアを蹴り破って現れたのは、赤い服を着た肥満体の老人であった。

 いや、よく見るが良い。

 その赤い服は全て――返り血なのだ。


「テメェーッ!どこのサンタか知らねぇが死がプレゼントだってのかよ!?」


「死がプレゼント……?違うのッ!プレゼントになるのはおヌシじゃッ!」

「なにッ!?」

「クリスマスプレゼントとは靴下の中に入っているもの……つまり靴下に足を踏み入れた時点でオヌシは人間卒業ッ!プレゼント確定な」

「なんだとッ!?」


「HO!HO!HO!オヌシの人体パーツで子どもにWiiUを作ってプレゼントしてくれるわァーッ!」

「クソっ!WiiUが販売終了してから何年経っていると思ってんだクソジジイッ!」

「販売終了したからこそ海賊版の余地がある……オヌシの血肉を子どもたちの笑顔に変換してやるわァーッ!!!!」


 恐るべきクリスマスの罠であった。

 プレゼントが靴下に入っているというならば、逆に言えば靴下が入っているものはプレゼントになりうるということである。恐るべき理論武装と言わざるをえないだろう。


「クソジジイッ!だったら靴下を履いてるテメェも……」

 ニヤリ――サンタクロース素足!


「ウワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」

 凄絶なる高橋の悲鳴。

「足先から順々に溶けていき……俺の身体がどんどん靴下に飲み込まれていくよォーッ!!!!!」

「HO!HO!HO!普段は靴下を履いているようじゃが、靴下はオヌシを吐き出さんぞォーッ!」


「ケヒャヒャーッ!!!!」

 その時、玄関から飛び込んできたのはこのような異常な犯罪者を裁判なしでなんとなく処刑することでお馴染みの殺戮刑事、殺死杉謙信である。


「メリークリスマスッ!」

 挨拶もそこそこに殺死杉はサンタの腹部に拳銃を撃ち込む。

 だが――サンタクロース無傷!


「馬鹿めッ!サンタクロースの腹部が膨れ上がっているのは……この分厚い脂肪で防弾、防刃、防寒、防熱決め込むためッ!そして……」

サンタクロースが指を鳴らすと同時に、殺死杉の靴下も殺死杉を襲い出す。


「貴様もクリスマスプレゼントになるが良いわッ!」


「グワーッ!」

殺死杉が悲鳴を上げる。


「HO!HO!HO!クリスマスとは誰かのための日!誰にもプレゼントを渡せぬ独り者には、この儂がクリスマスプレゼントにしてやるという慈悲をくれてやるのよ……ッ!殺人欲ッ!プレゼント代ッ!一石二鳥ッ!」


「お、おまわりさんッ!」

 高橋が悲鳴を上げる。

 高橋の声に殺死杉は苦痛に顔を歪めながら、ニヤリと笑った。

「確かにクリスマスとは独り身には虚しく思われるもの……自分で自分にプレゼントを送ったり、一人で美味しいものを食べても虚しさは付き纏います……しかし」

「しかし?」


殺死杉は靴下に足を喰われながらも、サンタに狙いを定め毒ナイフを放つ。

「ぐわァ……お先真っ暗な中でも真っ赤な儂のお腹が……当たり判定を増やしたというのか……ッ!」

「たとえ独り身でも公共サービスは受けられるということですよォーッ!!!!!!!」


 大人にサンタは来ないかもしれない。

 それでもアナタはひとりじゃない。

 アナタを狙うものはいるし、そこから守ろうとするものはいるから……

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