十六トン大暴走超轢殺無免許飲酒運転武装トラック因習殺人事件
【山手線の裏技】
山手線には隠しコマンドがある。
東京駅から外回りの山手線に乗り、浜松町で降車。
内回りに乗り換え、ぐるりと回って品川。
外回り、五反田。内回り、品川。外回り、大崎。内回り、品川。
このように移動を行うことで、品川駅に赤の窓口が出現する。
その赤の窓口で新横浜行きの新幹線の指定席を購入して乗ってみると……
結果
武蔵小杉駅がきさらぎ駅に変わる。
◆◆◆
きさらぎ駅、インターネットにおいてしばしば都市伝説の存在として語られる駅であるが、その正体は神奈川県川崎市に属する行政町――きさらぎ町に存在するごく普通の異世界駅である。
時刻は朝の六時。
このような早朝から殺死杉が隠しコマンドを入力してきさらぎ駅に駆けつけたのは他でもない、住民からの通報を受けたからである。
「ケヒャヒャァ~~~ッ!!!これは酷いッ!犯人の殺しがいがありそうですねェーッ!!」
死体に掛けられたブルーシートをめくって殺死杉が言う。
殺人ポイントはきさらぎ駅前商店街、中華料理店『迷者之最終晩餐』前。
その死体は念入りに轢かれており、もはや人間なのか前衛芸術なのかわからぬほどの有様であった。
「刑事さん……私の倅がこれじゃマジの轢き肉ですよ……」
悲痛な面持ちで『迷者之最終晩餐』の店主が言った。
被害者は『迷者之最終晩餐』の店主の息子であった。
年齢は三十二歳。新宿で追い剥ぎをしていたらしいが、実家の中華料理店を継ごうときさらぎ駅前商店街に戻ってきたらしい。
きさらぎ駅前商店街の防犯カメラには、トラックに入念に轢殺される被害者の映像が残っている。運転席の様子は確認できず、ナンバープレートも無い。
「心中お察しします……」
「父さんみたいな立派な人間料理を作るんだって……日々、努力を重ねてた倅が一体どうしてこんなことになってしまったんですかねぇ……この悲しみは刑事さんの血と肉で癒やすことにしましょうか……今日は殺戮刑事を大火力で炒めてやるぜェーッ!!!!ぎゅぉぁッ!!!」
殺死杉は『迷者之最終晩餐』の店主を射殺した。
「ふむ……これで事件は解決ですかねェーッ!?」
「待ってください刑事さん……」
子供を轢き肉にして調理しようとした父親による犯行――そのような単純な事件と思われていたが、この証言者によって事情は変わることとなる。
「『迷者之最終晩餐』の店主の息子が轢き殺されていた時間帯……『迷者之最終晩餐』の店主は私と一緒に、スナッフビデオの作成に勤しんでいました。見てください、このビデオカメラを……意気揚々ときさらぎ駅に乗り込んできた自身を狩人と勘違いする愚かな殺人鬼を……そして次はテメェがそうなる番だぜェーッ!!!!」
殺死杉は証言者を射殺し、ビデオカメラの映像を確認する。
映し出される殺人鬼が解体される映像。
なるほど――確かに、轢殺の時間帯とスナッフビデオ作成の時間帯は重なっている。
どうやら長丁場になりそうだ――殺死杉は一息に栄養剤を飲み干すと、己の両頬を叩いた。
「その時間帯ですか……きさらぎ駅を離れて人間狩りに」
「その坊主が轢き殺されてる時、私は家でその悲鳴に合わせて愚かな人猿に悲鳴の歌を歌わせていたねェ……」
「ゴギボッ!!オデ!!ニンゲン!!コロス!!!」
集まらぬ情報、増えていく死体。
有力な情報が得られぬまま、じりじりときさらぎ駅前商店街の人口だけが減っていく――そんな時であった。
「……アンタ、事件について調べているのかい?」
殺死杉に声を掛けてきたのは、腰の曲がった老婆であった。
しわくちゃの顔はその感情を伺わせない。
「おばあさん……アナタはなにかご存知なんですか?」
「キヒヒ……」
老婆は枯れた声で笑った。
その姿は子供向けの絵本に出てくる魔女を思わせた。
「祟りじゃよ……あの小僧が死んだのは」
「まぁ、祟られてもおかしくはないでしょうが」
「キヒヒ……違うよぉ……あの小僧は死んだ人間なんぞに祟られるタマじゃあないさ……十六トン大暴走超轢殺無免許飲酒運転武装トラック様の祟りさ」
「十六トン大暴走超轢殺無免許飲酒運転武装トラック様……?」
「キヒヒ……このきさらぎ駅前商店街には古くから伝わる言い伝えがあってねぇ……なにかすると、十六トン大暴走超轢殺無免許飲酒運転武装トラック様に祟られて、十六トン大暴走超轢殺無免許飲酒運転武装トラックに轢き殺されると言われているのさ」
「祟りの具体性の割に、条件がとんでもなくふわふわしていますねェ……」
「キヒヒ……捜査なんて無駄さ……殺戮刑事でも祟りはなんとかならないだろう……?」
嘲笑うような老婆に対し、殺死杉は毅然とした態度で返す。
「例え相手が祟りであろうとも、とりあえず殺してみるのが殺戮刑事の心意気です」
「そうかい……アンタなら十六トン大暴走超轢殺無免許飲酒運転武装トラック様の祟りをなんとか出来るかもしれないねェ……もっとも、祟りをも超える超暴力に蹂躙されなければの話だがねェーッ!!!!!」
筋骨隆々の姿になった老婆を射殺し、殺死杉は近場のベンチに座った。
自動販売機で買ったコーヒーを片手に、殺死杉は思考する。
きさらぎ駅前商店街の人口は、老婆を射殺したことでちょうど半分になったはずだ。このペースで行けば今日中にきさらぎ駅前商店街は壊滅――容疑者が全員死亡すれば、事件は壁一つ無い迷宮入りとして解決扱いにしてもよいだろう。
「ぐわあああああああ!!!!」
だが、殺死杉の思考をどす黒い悲鳴が切り裂いた。
何があった――悲鳴を頼りに現場に急行する殺死杉。
そこに残されていたものは、胴体を念入りに轢殺された男の死体――否。
「く……くそ……」
轢殺されたと思われていた男はまだ生きていた。
胴体は轢き肉になっていたが、轢かれどころがよく、首から上は傷一つ無い。
このような状況で生存している例はおそらくどこかにあると思うから、生きていてもおかしいことはない。
「何があったんですか!?」
急ぎ、男のそばに駆け寄る殺死杉。
「た、祟りだ……十六トン大暴走超轢殺無免許飲酒運転武装トラックに轢かれて……」
「まぁ、それはそうでしょうね」
「た、助けてくれ……俺は生きて……もっと殺した……グェ」
殺死杉は男の頭部を撃ち抜く。
まだ犯人は近くにいるはずだ。
「うわぁーっ!!!十六トン大暴走超轢殺無免許飲酒運転武装トラックだーーーーーッ!!!!!」
「そこかァーッ!!!」
声の先には、今まさに十六トン大暴走超轢殺無免許飲酒運転武装トラックに轢かれんとする男がいた。男のネックレスは人間の親指を鎖で繋いだもので出来ている。
「間に合ってくださいよォーッ!!!」
十六トン大暴走超轢殺無免許飲酒運転武装トラックが今まさに男を轢殺せんとしたその瞬間、殺死杉の弾丸が男の頭部を撃ち抜いた。そして走り去った十六トン大暴走超轢殺無免許飲酒運転武装トラックが命を失った肉の塊を轢き肉に変えていく。
「ふぅ……良かった……」
胸を撫で下ろす殺死杉。
だが、十六トン大暴走超轢殺無免許飲酒運転武装トラックは男を轢き肉に変えた勢いのまま暴走を続け、一直線に並んだ服に返り血をべっとりとつけた男たちを轢き殺さんとしている。
「し、しまった……!!!」
殺死杉が引き金を引くよりも、轢く方が速かった。
一列に並んだ男たちを十六トン大暴走超轢殺無免許飲酒運転武装トラックが轢き殺していく。殺人スコア100、200、500、1000、2000、1UP。
これが、十六トン大暴走超轢殺無免許飲酒運転武装トラック様の祟りだというのか。
「クソォーッ!!!!失われた命は……あんまり戻ってこないんですよォーッ!!!!」
殺死杉の慟哭がきさらぎ駅前商店街中に響き渡る。
ここで悲しいBGMを再生してください。
三秒ぐらい経ったら、停止して格好いいやつを流してください。
「しかし、落ち込んでばかりもいられません……十六トン大暴走超轢殺無免許飲酒運転武装トラック様の祟りは私が止めてみせますッ!!」
決意を新たに殺死杉は走る。
スピードとパワーは圧倒的に十六トン大暴走超轢殺無免許飲酒運転武装トラックの方が上である。それでも、殺戮刑事として殺死杉は理不尽な祟りに立ち向かわなければならない。
狂ったような走行音。
十六トン大暴走超轢殺無免許飲酒運転武装トラックが民家に突っ込み、中身ごと轢殺せんとする。
だが、本来あるはずの悲鳴がない。
何故か――民家の住民は、既に死んでいる。
大暴走を続ける十六トン大暴走超轢殺無免許飲酒運転武装トラックだが、誰を轢いても悲鳴がない――住民の全てが既に死んでいる。
「ケヒャヒャァ~~~ッ!!!これが……頭脳プレイって奴ですよォーッ!!!」
殺死杉の手に持っているのは愛用の毒ナイフ、そのナイフには当然都市一つを滅ぶす毒ナイフが塗られている。
普段の殺死杉は都市を滅ぼさぬようにその毒を一人の殺害のために使うのだが、異世界であるきさらぎ駅前商店街であれば、毒のパワーを全開にして滅ぼすことが出来る。
「そして……犯人確保ォ~ッ!!!」
困惑のあまり蛇行運転になる、十六トン大暴走超轢殺無免許飲酒運転武装トラックに飛び乗り、殺死杉は運転席の扉を無理矢理に開く。
十六トン大暴走超轢殺無免許飲酒運転武装トラック様の祟り――その正体とは一体、何であったのか。
「ま……まさか……そんなことが……」
ハンドルを握るのは、泥酔した無免許のトラック運転手であった。
だが、たしかに納得がいく。
なにかすると十六トン大暴走超轢殺無免許飲酒運転武装トラックに轢殺される――だが、何故そのなにかが規定されていないのか。規定できるわけがないのだ。十六トン大暴走超轢殺無免許飲酒運転武装トラックは、泥酔した無免許運転によって行われる轢殺であるのだから。
祟りなどはなかった。
これは十六トン大暴走超轢殺無免許飲酒運転武装トラックによる見立て殺人であったのだ。
「何故、このような見立て殺人を……?」
助手席に座った殺死杉が運転手の頭部に拳銃を突きつけながら尋ねる。
「……いや、俺は酒に酔って無免許運転してただけだけど?」
「そうですか」
銃声。運転手の頭部が飛び散り、道路に赤い花を咲かせる。
それはきさらぎ駅前商店街に捧げられた彼岸花のようであった。
「さらば、きさらぎ駅前商店街……」
東京駅行きの自由席の車窓からきさらぎ駅前商店街を眺めながら、殺死杉が呟く。
十六トン大暴走超轢殺無免許飲酒運転武装トラック様による祟りは永遠に失われたのだ。
きさらぎ駅前商店街と共に。
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