名前も知らない友とのやり取り

手紙をやりとりする形で、謎の友人との交流はかなり楽しかった。毎度毎度トイレまで出向いてやり取りするのもどうかと思うが、そこ以外に交流場所などないので仕方がない。

 何やらクラスではトイレに出向く不審者扱いされているような気がするものの、元々救世主を拒み、誰も助けようとしない様な冷酷者として扱われていた俺が今更その程度の風評に屈する筈もない。

 むしろ気にするべきは俺と話す為にわざわざあのトイレに引き籠ってくれている方であり、むしろそっちの方が不審者として扱われているのではないだろうか。


『本当に大丈夫なのか?』

『気にしないで。私も楽しいと思ってこの時間を作ってるから』


 中に人が居ると分かっている状態で且つ、相手の顔を見ないで話せる。こんな楽な状態はない。しかも合意の上でというのがまた、俺にとって都合が良すぎる。自分でもこれは幾らなんでもとかえって疑問を抱くくらいだ。


 ―――未礼紗那とも出会う心配がないし、最高の場所だよここは。


 心霊結構。そこに『居る』なら因果が視える。俺にとってはお化けも人間も大した違いはないし、同じ様に嫌うだろう。まず実在するかどうかも怪しいが、キカイみたいな出鱈目存在が許されるならお化けなんて居ても全然不思議ではない。


『そろそろ時間だから帰るな。楽しかった』

『うん。私も』


 壁越しに話す謎の友人関係はもどかしいが、放課後まで付き合わせるつもりはない。都合が良すぎる関係からして若干申し訳ないのに学校が終わった後も拘束したら可哀想だ。

 あんまり遅いとマキナの機嫌も損ねそうだから、早く帰らないと行けないのは仕方のない事だ。

 自宅に帰る選択肢がないのは自分でもよく分からない。追い出されたから自分から帰りにくいのはある。難しい理由はない。


 機嫌を損ねたら簡単に殺してくるだろうが、基本的には好意的で優しい女の子の家と。

 殺しては来ないが常に不機嫌で、損ねなくても敵対的で冷たい両親の居る家。


 どっちが帰りたいかと言われたら殆どの人間は前者を選ぶ筈だ。厳密に言うとマキナはキカイで人間の女性を模倣しているだけだから性別なんて存在しないのだけど、そんな事は見た目から分からないし、胸が偽物なんて事もない。矛盾するようだけど、どんな柔らかい物体よりも柔らかくて、ハリがあって、量感がある。下着も一切着けていないから密着しているだけで体のどの部分が具体的にどう当たっているかも分かってしまう。

 煩い、マキナの事が好きで何が悪いんだ。俺の視界を唯一理解してくれた存在を好きになる事は間違っていない。相手が人間でなくとも。

 教室に戻ると、救世主達が気味の悪い救い合いを―――何故か未礼紗那を中心に行っていた。

「おや、式宮君。戻ってきましたね」

「…………何の用だよ、アンタは上の教室だろ。っていうか近づくなよ」

「ふむ……また随分と嫌われてしまったようですね。安心してください。貴方に用事がある訳では……いや、一応声は掛けるべきでしたね。失礼しました。もうすぐクリスマスが近いと思います。ここは一つクリスマスイベントでも開こうかなと思い至りました。私個人の財力では到底出来ない事なのでメサイア・システムの協力を得ています」

「…………参加者が欲しいから声をかけて回ってるって事か。でもお断りだ」

「そう言うと思いましたが、本当にいいんですか? クラスメイトとの仲を改善するチャンスでは?」

 それが善意かどうかはどうでもいい。何よりムカつくのは横で「親切にされてるよなー!」と言わんばかりのクラスメイトだ。不仲がまるで一方的に俺が悪いと決めつけているような態度、気に喰わない。仲直りしてやってもいいぜと上から目線を思わせるニヤつきがこの世で一番気に入らない。

「断る。学校は勉強する場所だ。気に入らない奴等と仲良しこよしする場所じゃない」

「―――確かに学校は閉鎖的なコミュニティですが、社会とは幾つものコミュニティが連なって出来ています。属した場所に馴染んで生活する。出来るようにするのも学校の役目の筈。式宮君はどうにもそれが出来ていませんね」

「そうなんすよシャナセン~! こいつほんとヤバくて! ってか本当にヤバイよな! 俺等が助けてやるって言っても駄目でシャナセンの助けも拒むとか! 有珠ちゃんマジありえねー!」


「そんな風に呼ぶんじゃねえって言っただろうが!」


 その呼ばれ方は大嫌いだ。生理的に相容れない。絶対にやめろと俺は高校に入った時から言っていた筈だが彼らにその辺りの配慮はない。言い続けていればその内分かってくれると思った俺も馬鹿だった。

 簡単に手が出てしまったのはそういう積み重ねが原因だ。

「いって…………」

「俺は有珠希だ! 有珠なんて呼ぶな! お前らにはずっと言い続けて来たよな! 何で止めない!? 俺が言う事を聞かないからか!? それって脅迫だろ! 何が救世主だよ馬鹿馬鹿しい、ふざけんじゃねえ!」

「式宮君。暴力はいけませんよ。今の社会の物分かりの良さは君も知っての通りで……」

「お前がそれ言うのか!? ああうるさいうるさい! そうやって他人様を思い通りに出来ると思ったら大間違いだろうがあ……!」


「そうだそうだ! 自分の思い通りにならないかなって酷いぞ!」

「謝れ!」

「俺を助けると思って土下座しろ!」


「………………」

「ちょっと、いいですか? 式宮君。といっても無理やり連れて行きますが」















 屋上まで連れてこられた。

 抵抗したとしても無意味だ。そもそもの馬力が違う。飛行機と綱引きするような物で、勝とうとする事自体が間違っている。

「今の世界は、人助け至上主義です。たとえどんな形であっても相手を助けられるならそれでいい。そういう世界。その中で一人はねっかえるの悪くないと思いますが、人は孤独には耐えられないし、人間社会は何もかもを拒絶する人間までは受け入れません。本当に、どうしてずっとそんな事を続けているのですか?」

「お前には関係ない!」

 殴ったとしても、その手を掴み、握り潰されるだけだ。二人きりになったのは未礼紗那からも暴力を解禁するという意味に違いない。それを抑止力として、話し合っている。

「これはたまたまですが、貴方は両親との折り合いも悪いと聞きました。家族とは所謂身内です。身内を拒絶し、他人を拒絶する貴方の居場所は何処にあるんでしょう。まさかとは思いますが、キカイの傍なんて言いませんよね?」

「…………だったらどうするんだよ」

 未礼紗那は両手を挙げたまま俺との距離を詰めない意思を見せる。手は出さない。そちらが手を出さない限り……と。因果の糸はそう言っている。

「私は貴方に対する対応で上司に叱られましたから、何かしようというつもりはないです。ただ、キカイの方はそうやって貴方を依存させていい様に使いたいだけではと思っているだけです」



「―――別に、それでもいいよ」



 全くもってあり得ないが、未礼紗那に対して信用があれば揺らいだであろう疑問。同じ人間からの忠告は好感度とは無関係に、ほんの少しの信用があれば聞くに値するモノだ。

 これもあり得ない。未礼紗那は俺達の敵なのだから。

「アイツの思惑がどうであっても、関係ない」

「信じてるんですか?」

「俺の最初の理解者だ。それに…………あんなに強いのに対等な立場で取引してくれた。一方的に捻じ伏せる事も出来たのに、わざわざパートナーだって言ったんだ。それで信じないのはどうかと思う。もし俺を都合よく使いたいんだとしても、それはそれだ。裏切られてもいい。アイツが居るから最近の人生、楽しかったからさ」

「―――キカイが人間に…………馬鹿な。キカイは幻影事件を起こした存在ですよ! 貴方だけが特別扱いなどと、そんなバカな話は!」






「…………幻影事件?」

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