07-05 ミッドストン (四)
鎧製作を安請け合いしたのは、・・・やっぱり間違いだったらしい。
オレはその日から本当に寝る間もない状況に陥った。
当然、夜の生活も減少するが、・・・ジャニベグがいたら目も当てられなかっただろう。
困ったことに、いつの間にやら完全に幹部扱いで、雑用も多い。
進捗状況打ち合わせの会議は毎日あり、オンラインどころか、メールも電話も無いから毎回、出席しなければならない。
これだけで、大量の時間が消費されていく。
問題は山積している。
特に兵隊の頭数が足りない。
更に兵士の訓練が足りない。
バフラヴィーたちは頭を抱える手も足りない。
幸い兵士の士気は悪くない。
侵略を受けている側で、相手が牙族と月の民だから、負けたらこの世の終わりって雰囲気なのだ。
だから、一般住民の戦意も高いのだが、軍人として採用可能かとなると話は別だ。
地球で近世以前の場合、徴兵は住民の十パーセント程度が限界とされていた。
人口の半分は女性で、当時の人口動態では半分が子供である。
成人男性はざっと人口の二五パーセントだが、実際には老人と病弱者が半分を占める。
よって、一二・五パーセントが徴兵対象。
現実には全員というのは無理だから十パーセント程度になるわけだ。
社会生活や生産活動を維持しながら持続的にとなると五パーセントぐらいと言われる。
実際、地球の歴史上、十パーセントを超えた例はほぼ無い。
一九四一~四五年のソ連、一九四四~四五年のドイツぐらい。
内戦とかでも、実際に戦っているのは少ないのだ。
一九四五年の大日本帝国で九パーセント程度とされる。
ナポレオン戦争で三パーセントとかって話もあった。
帝国の総人口は二千万以上、最近は戸籍に載っていないのが増えたから、実数は三千万以上とか言われる。
それからすれば、徴兵余力は充分の筈。
加えて、こちらでは、人口の七~八割が女性で、しかも女性が戦う世界だから、もう少し多いのではないかと思ったのだが、・・・現実にはそうでもない。
成人後の独身女性はそれなりに存在するが、数は少ない。
そして、成人後の独身男性は、ゼロだ。
既婚女性は伴侶の男性が参加しない限り徴兵に応じない。
更に言えば伴侶の男性が徴兵されても、妊娠や子育中の女性も多い。
レトコウ紛争ではバフラヴィー第二正夫人のファラディーバーは付いてこなかった。
出産直後だったためだ。
今回は付いてきているが、高位貴族で母親が出征しても専任の乳母がいる大貴族だからできることである。
結論として成人女性の半分弱は兵士に成れないのだ。
まあ、それでも成人男性を一人確保すれば数人の女性がついてくるのが現実。
よって、男性を、特に男性貴族を徴兵する必要があるのだが、これが難しい。
聞けば、肉体労働階級でも、男性は仕事をしない、しても少ない者が多い。
そんな奴、オレの周りにはいなかったんだが、・・・と言ったら世間知らずと呆れられた。
「施薬院や自護院は例外なんですよ」
スルターグナがキンキン声で説明したところでは、施薬院は男性自身が施薬院試験に合格しなければならないから、女性に任せっきりの男性は少数。
自護院、つまり軍隊は、軍事貴族系か、成り上がり志向の男性が多いので基本、自立している。
「タイジさんの時にも言いましたけど、自分の苦手分野を夫人に補ってもらうのは普通です。
宗教貴族だと仕事はセックスって男性も少なくないですよ。
まあ、出世は難しいですけど」
宗教貴族では、変に努力するより、そこそこでいいという男性が多いのだとか。
で、そーゆー男性はまず徴兵に応じない。
だが、そーゆーのを集めないと頭数が足りない。
現在の帝国では貴族の過半が宗教貴族なのだ。
採用係が頑張っていたが、全然ダメということで、幹部、上位貴族階級が動員されることになった。
で、・・・何で、オレ?
オレ、公称十六歳だよ!
中身はアラフォーだけど、説得って見た目も大事だからね。
しかも、元平民だよ。
そーゆーのは伯爵様とかに任せるべきだと思う。
でも、何故か行かされる。
断り切れなかったオレもオレだが。
つーか、バフラヴィーさん、ナディア姫経由で伝達してくるのは卑怯だと思う。
「あなた様は、騎士です。
帝国貴族の一員。貴族の義務として当然、従軍なされるべきです。
もし、このまま、我らがケイマン族に敗北した場合は、食糧を始めとした物資の提供は勿論、領土の割譲という話にもなるでしょう。
そのような場合、国家に貢献していない貴族の財産とその領地が優先して供出されるのが普通です。
また、仮に我らが勝利したとしても、帝国の被害は甚大です。
勝利に貢献した方々には恩賞が与えられるわけですが、帝国に余分な土地があるわけではありません。
勝利しても新たな土地など得られないのですから。
彼らに与える恩賞は、当然、勝利に貢献しなかった者から供給されることとなります。
分かりませんか?
国家の非常事態において、それに貢献しないという時点で罪なのです。
よくよくお考えになるべきでしょう」
「脅すのか!
帝国騎士として、百年以上国家に貢献してきた我が家を取り潰すというのか!」
「私は貴家についてのお話はしておりません。
脅しているわけでもありません。
敵国との戦いで最前線となった領主貴族の一般論をお話ししているだけです。
是非、自発的な従軍、並びに資金・物資の提供をお願いしたい次第です」
「私は、エディゲ宰相閣下とも面識があるのだぞ!」
「私も宰相閣下には大変お世話になっております。
今回の戦いにはエディゲ家からも多数の方々が従軍されております。
従軍されれば宰相閣下も大変お喜びになるでしょう。
個人的に忠告いたしますと、避けられない仕事は、自発的に参加した方が後々面倒は少ないと思います」
「無理だ。
我が家は騎士とは言え、元々宗教貴族。
寺院でのお勤めが家業だ。
私は、自ら歩いて旅をしたことなど、ほとんどない。
ヘロンまで行軍などできぬ」
「一つ、忠告させていただきますと、あなた様自身が従軍する必要は必ずしもないのです。
勿論、当主が参加された方が外聞は良いでしょう。
ですが、代理でも悪くはありません。
あなた様自身と従者五人ほどが従軍するよりも、代理の男性二名に従者十名の方が兵力は大きいです。
それで、あれば、私からクロスハウゼン閣下にお話を通しますが」
オレの説得の定型文だ。
ミッドストン近郊の田舎貴族、何軒回ったのだろう?
面倒なので、ちゃっちゃと終わらせたのだが、・・・早めに帰ってきたら、何故か、仕事が追加された。
「キョウスケって、本当に使えるわね。
相手が激昂しようが泣き落そうが、淡々と説得して、しかも獲得兵数が多いって、事務官が感心していたわよ」
スタンバトアの姉御が絶賛してくれたが、だったら、仕事を減らしてほしい。
オレの担当件数、他の幹部の倍なんだが。
ついでに言えば、田舎を回る際には一緒に食料調達まで命じられている。
兵糧も全く足りないのだ。
強制に近いが、完全に強制にすると隠すだけなので、交渉での『購入』が基本。
これまた、何故か、オレが成績トップ。
なんでと思ったが、他の買い付け風景を見て納得した。
カゲシン出身にしろ、地域諸侯にしろ、帝国貴族、それも宗教貴族は、『商売』には向いていない。
「マリセアの精霊と国家の危機のために供出は当然」とか言われても、ねえ。
だが、そんな努力もあって、第十一軍は、頭数だけは、それなりになってきた、・・・十万を超える敵軍には全然届かないが。
訓練不足に関しては、新兵のほぼ全員をクロスボウ部隊として編成することにした。
以前にも述べたが、持ち運び出来て、射出速度がそれなりのクロスボウだと威力は長弓に大きく劣る。
ついでに連射能力も半分以下。
だが、一般的な弓、特に長弓という奴は、訓練が大変だ。
軽くない弓を持ち、弦を引きつつ、狙いをつけて、矢を放つ、というのは、一朝一夕では不可能である。
更に、長弓は、攻撃時に敵に上半身をさらすことになる。
これが、新兵には高いハードルなのだ。
一方、石弓、クロスボウは訓練が簡単である。
矢はセットされているので、狙うだけでよい。
寝そべって撃てるのも利点だ。
最悪、土壁の陰から片手だけ出して撃つこともできる。
勿論ろくに当たらないが、集団でやれば、それなり。
新兵でも戦力化が簡単なのである。
色々と複雑な器具が付いているのが欠点だが、実は真っすぐに飛ぶ弓というのは意外と製作が難しい。
弓は片手で持つ。
人間が持てる重さで、威力のある弓というのは、素材がいろいろと大変で、製作にも手間がかかる。
一方、クロスボウは弓の部分が小さく、土台となる部分も普通の木材でよい。
機械部分だけ専門職人に作らせれば、他は素人に毛が生えた程度でどうにかなる、・・・廉価品ならばだが。
そんなことで、軍の大半がクロスボウ部隊となった。
攻撃戦闘、特に奇襲攻撃とかはほぼ無理だが、防御戦闘ならばある程度計算できるだろう。
斯くして第十一軍は、六個旅団を編成するに至った。
バフラヴィー直属が、一個旅団。
ミッドストン伯爵、クリアワイン伯爵、タルフォート伯爵が各一個旅団を率いる。
伯爵たちの旅団は、それぞれの私兵に、近隣の諸侯軍、徴募された新規大隊からなる。
新規大隊の基幹兵員はそれぞれの伯爵軍から提供される。
各伯爵の指揮能力は、極めて、とっても、どうしようもなく、不安なのだが、上位指揮官が決定的に不足しているので致し方ない。
それぞれ二個連隊、一個連隊三個大隊の編制で総兵力は七千人弱である。
五番目の旅団はモーラン軍閥のモーラン連隊を急遽拡大したもの。
一応、二個連隊編制だが、第二連隊は二個大隊だ。
元々、モーラン連隊は拡大予定で、二個連隊に充分な兵員はいたのだが、魔導兵を急遽選抜したため、五個大隊になっている。
部隊としてはこちらも急造だが兵員の質は最も高い。
最後の一個旅団は、カゲサトにあったベーグム留守旅団と、カゲシン貴族の私兵からの選抜兵で編成された。
指揮官はベーグム師団留守旅団長。
留守旅団長は歴戦の軍人で、指揮能力もそれなりに期待できる。
だが、老人。
六〇歳を超えているそうで、体力的には甚だ心もとない、・・・はりきってはいるが。
聞けば、ベーグム・アリレザー師団長の叔父にあたる人物で、レトコウ紛争でベーグム師団の上位軍人が大量に失われたため、引退していたのを引っ張り出されたという。
彼が率いる部隊にはカゲシン宗教貴族子弟が大量に含まれる。
敵と当たったら瞬時に無くなる、どころか行軍中に溶けて消えるのではないかと、バフラヴィーは危惧していた。
だが、こんなのでも無いよりはマシ、・・・と思いたい。
バフラヴィー直属旅団は三個連隊編制である。
第一歩兵連隊は三個大隊編制で、連隊長はバフラヴィーの第二正夫人であるファラディーバー。
第二歩兵連隊は同様に三個大隊編制で、連隊長はブルグル・タミールワリー。
クロスハウゼン大隊で第一歩兵中隊長を務めていたバフラヴィーの補佐役である。
そして、三個大隊編制の魔導連隊。
何故か、連隊長はオレ、らしい。
他に、誰かいなかったのかね?
発表されて、何故かほとんど異論がなかったのが不気味である。
十六歳の若造が連隊長だよ。
第一魔道大隊はクテン・ジャニベグが指揮官、第二魔導大隊は牙族魔導士中心でゲレト・タイジが隊長、第三大隊はレニアーガー・フルマドーグがトップ。
これまた、不安しかないラインナップである。
各魔導大隊、名称は魔導大隊だが、実質は魔導砲大隊だ。
各魔導大隊は四個中隊編成で、各中隊に五〇ミリ四二口径が四門、大隊本部に五〇ミリ六〇口径二門、合計一八門の編制である。
それぞれの魔導中隊はほぼ全員が従魔導士からなる。
それぞれの従魔導士は砲弾を十発ずつ所持していて、自分の番の時に、自分の持つ砲弾を装填して魔法を唱える事になっている。
魔導砲弾は基本、土を圧縮して作るが、従魔導士はこれを作れない。
正魔導士が事前に作製しておく必要があり、それの運搬をどうするかが問題だったのだが、従魔導士大量動員という手法を取ったので、彼らに運搬員を兼ねて貰う事になった。
従魔導士、規定では、ファイアーボールを一時間に二発、六時間で三発撃てる、ことになっている。
約二五〇人の一個中隊に四門だから、各魔導砲は一時間当たり最低一二五発撃てる計算になる。
現実には装填と呪文詠唱で三〇秒以上かかるから、継戦能力はそれなりだろう。
本当は各中隊に四二口径を八門、つまり、一個小隊ごとに二門配備したかったが、物理的に製作が間に合わなかった。
二門の六〇口径は高威力のファイアーボールを必要とするため、各大隊長が使用する予定である。
「しかし、キョウスケはすごいのう。
坊官補で臨時とは言え連隊長か。
バフラヴィーよりも出世が早いぞ。
推薦した甲斐があった!」
オレ、坊官補になった、らしい。
実は、兵員の大半が諸侯系、緊急徴募なので、普通に『中佐』と呼ばれている。
ちなみに、帝国では、連隊長は基本『大佐』、カゲシン自護院では『坊官』である。
・・・何で受けちゃったんだろう?
つーか、ネディーアール殿下が決定事項としてオレに伝達してきたのだ。
バフラヴィーはナディア姫経由ならオレが断らないと見切ったらしい。
ハトンがこっそり教えてくれたところでは、アシックネールが思いついて、姉のヌーファリーン経由でバフラヴィーに伝達し、採用されたという。
卑怯じゃね?
連隊長と言えば聞こえは良いが、実質は、お助けマンだ。
本部中隊を率いて、危なくなっている魔導大隊を助ける役目である。
中隊単独での使用も想定しているそうで、・・・なんだかね。
魔導連隊直属中隊だが、基本正魔導士で構成されている。
元のクロスハウゼン大隊には二個中隊の魔導部隊があった。
ここから、各魔導大隊の基幹要員を選抜抽出し、残りに新規採用の正魔導士を加えて、一個中隊にまとめたのだ。
問題は、非公式ながらネディーアール殿下が含まれていることだ。
何を言っても帰らないのなら、使ってしまえとバフラヴィーが決定した。
非公式ながらバフラヴィー公認で戦えるとあって、本人はえらく張り切っている。
更に、何故か、モーラン軍閥の御曹司マンドゥールンも所属している。
マンドゥールンは元々魔力量が高く、投射魔法も覚えたので、魔導部隊に所属してその運用を経験したいという。
それなら、タイジの牙族魔導大隊に所属すればよいと思うのだが、彼が所属すると指揮系統がおかしくなる事、何よりも本人が『兄貴の下で漢を磨きたい』とかで、こうなった。
誰が兄貴だ?
漢を磨くって、自慰の方法か?
ついでに、『観戦武官』扱いのセンフルール勢もオレの所にいるらしい。
これでは面倒な人材のお守り役である。
ちなみに、シャールフ殿下はジャニベグの第一魔導大隊に入っている。
ジャニベグを分離して本当に良かった。
苦難と苦労の連続だが、予定外の朗報もある。
出発前日になって、予定外の援軍が二つあった。
一つは、なんとトエナ公爵家からだ。
「敵第三騎兵旅団が壊滅したと聞いて、慌てて送ってきたようだ。
たったの一個大隊。
トエナ家から見ればごく一部の兵力だろう」
バフラヴィーは冷めている。
「指揮官はトエナ公爵の甥、戦意は高いようですが?」
「女系の甥だ。
系列の男爵家に兵を出させ、それに自分の配下を加えて大隊に仕立て上げただけだ。
本人は大隊長に抜擢されたと喜んでいるが、明らかに贖罪の羊。
切り捨てても痛くない人材だろう」
ケイマンに通じているのをごまかすアリバイ作りかね。
「だが、まともに訓練された一個大隊は現時点では有難い。
指揮官本人も裏切りができるような器用さはなさそうだ。
素直に使わせて頂こう」
トエナ大隊はバフラヴィーの直轄になるという。
もう一つの援軍はレトコウ伯爵からだ。
こちらも数は多くはない。
二個大隊、二千人。
だが、そのうちの一個大隊が魔導大隊だった。
指揮官はレトコウ伯爵継嗣。
二個大隊だが、連隊という名目で、連隊長としての従軍だ。
魔導大隊の指揮官は龍神教教主の次男でレトコウ伯爵の娘を娶った男である。
レトコウ伯爵領は依然として最前線。
防衛戦力に余力があるとは思えない。
最大限の援軍を出したと言って良いだろう。
バフラヴィーはレトコウ伯爵継嗣とがっちり握手して感激していた。
そして、レトコウ伯爵軍には更に、重要人物が一人、同行していた。
龍神教の斎女。
あの、驚異の魔導士である。
龍神教教主次男に伴われ、秘密裏に本部を訪れた彼女は挨拶も早々にバフラヴィーに告げた。
「其方らにチクト話がある。席を設けてもらいたい」
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