07-01S プロローグ

 ━━━帝国歴一〇七九年十月、第二軍を撃破され第一軍を包囲された帝国は急遽第十一軍を編成する。指揮官に補されたのは当時二〇歳を超えたばかりの、通説では二二歳、クロスハウゼン・バフラヴィーであった。━━中略━━第十一軍については、特にその任務には古来、多くの疑問が取り沙汰されている。有体に言えば当時、カゲシン政府を実質的に主導していた宗主弟クチュクンジが、宗主の息子たち、バャハーンギールとシャールフの二人を始末するため無謀な任務を命じたとの疑惑である。━━中略━━帝国は後日、公式に否定したが、前後の事情より極めて黒に近いと推測されている。━━中略━━注目すべきは新編の魔導連隊の連隊長としてKKが抜擢された事実だろう。KKは弱冠十六歳であったと伝わる。━━中略━━帝国軍は極めて若い陣容で『ガーベラ会戦』に臨むことになった。━━━

           『ゴルダナ帝国衰亡記』連邦歴2022年6月22日発行より抜粋




「邪魔するわよ」


 ノックも無しに入ってきた女性に、カゲシン教導国宗主弟にしてシュマリナ太守、そして現在は帝国宰相臨時代理の要職にあるクチュクンジは、露骨に眉をひそめた。


「あら、邪険にすることは無いじゃない。いいお酒を持ってきてあげたんだから」


 入ってきた女性、マリセア公主内公女、それも第一正夫人の実子という最も格が高い内公女の一人である、そしてそれでありながら未だに婚約者が決まっていない、正確には婚約者がオルダナトリスに出奔中という、マリセア・ガートゥメンは、場の空気を全く無視して言い放った。

 室内には少なくない官僚、クチュクンジがシュマリナから引き連れてきた腹心がいる。

 彼らが怪訝な顔に、一部は露骨に不機嫌になったにも関わらず、クチュクンジは溜息を一つ吐いただけで人払いを命じた。

 官僚たちと従者達、クチュクンジとガートゥメンの個人的な従者まで含めて、退室すると、マリセアの内公女は手近な椅子に勝手に座り、高価なワイングラス、この世界では最高級品であるガラス製に、ボトルからワインを注いだ。

 ちなみにワインボトルはこの世界通常の陶器製である。

 グラスの一つをクチュクンジに回すと、ガートゥメンは断りも無く飲み始めた。


「うーん、おいしい!帝国宰相が管理していた酒蔵から持ってきたのよ」


「国家儀礼用の酒蔵から持ち出したのか。其方にそんな権限は無かった筈だが」


「勿論、許可を受けたって言ったわよ。いいでしょ、帝国宰相代理閣下。かわいい従妹のお願いよ」


 クチュクンジはマリセア宗主シャーラーンの異母弟であり、ガートゥメンはその娘である。

 拠って、クチュクンジとガートゥメンは叔父と姪の関係になる。

 だが、同時に従兄妹でもあった。

 クチュクンジの母親は前宗主の第二正夫人であり、ガートゥメンの母親である現宗主の第一正夫人とは異母姉妹、どちらもトエナ公爵の娘である。

 二人は十歳ほどの年齢差が有るが幼少時より仲が良く、特にここ数年は極めて『親密』な関係にあった。


「何しに来た?」


「困ってそうだから、慰めに来てあげたのよ。色々と『予定外』が出てるそうじゃない」


 クチュクンジが溜息と共に出した言葉に従姉妹は意味ありげに答えた。


「概ね、うまく行っているが」


 帝国第二軍は敗北し、シャーヤフヤー公子は戦死した。

 クテン市の確保には失敗したが許容範囲内だろう。

 第一軍も敗北し、ヘロンで包囲されている。

 拠ってバャハーンギール公子も問題ない。

 クチュクンジの次期宗主就任への障害は着実に排除されている。


「概ね、ね。エディゲ家の邸宅には全然、お金が無かったそうじゃない」


 従妹の指摘にクチュクンジは顔を歪める。

 帝国宰相エディゲ・アドッラティーフの『排除』が『確認』された後、クチュクンジは迅速に動いた。

 シュマリナから引き連れてきた私兵とトエナ公爵系列の官僚・兵士を迅速に動かし、実権を確保したのである。

 アドッラティーフという主柱を失ったエディゲ家は、アドッラティーフの葬儀で混乱していたこともあり、ほとんど抵抗できなかった。

 マリセア宗主シャーラーンは、若干の抵抗を試みたが、『病気療養に集中するべき』というクチュクンジの『説得』に、宗主護衛騎士団の半数が『不慮の事故死』となり、残り半分も武装解除されてしまったため、渋々、頷いた。

 もう一人の要人、宗主補フサイミールは簡単だった。

 彼が心配したのは、自身の『年金』と『別荘』と『女と稚児』だけであったのだ。

 クチュクンジがそれらを取り上げないと確約した途端、極めて機嫌がよくなり、宗主就任の際には推薦演説をするとまで言い出している。

 こうしてクチュクンジたちは、極めてスムーズに権力を掌握した。

 クチュクンジは更に、エディゲ・アドッラティーフの葬儀会場に兵を引き連れて乱入。

『公金横領』と『権力乱用』の罪で故人とエディゲ一族を糾弾、そのまま関係者を拘束、逮捕する。

 計画は極めてスムーズに進行していく。


 エディゲ一族の逮捕には二つの意味があった。

 一つは、エディゲ一族をカゲシン中枢から排除する事。

 もう一つは、エディゲ家が蓄えた膨大な資産を没収する事。

 カゲシンの大貴族であれば、多かれ少なかれ権力の濫用は行っている。

 公共施設の私物化、公的役人の私的使用、そして、国有地の私物化、などなど。

 正確に言えば、高貴な身分である自分たちには当然の権利として、行っていない貴族の方が少ない。

 エディゲ家は長年権力の中枢に存在していたのであり、握っていた利権は膨大。

 蓄えていた財産も極大と推定された。

 この資産を国庫に入れることで、一般貴族の支持を集め、当座の国家資金を確保する。

 それがクチュクンジの目論見であった。


 ところが、である。

 いざ、接収してみればエディゲ邸にはほとんど現金が無かった。

 現金どころか、宝飾品も無い。

 数多く飾られていた美術品も贋作にすり替わっていた。

 数ある別荘も同様である。

 一体どうなっているのか?

 クチュクンジは拘束していた、エディゲ家の新当主、アドッラティーフの嫡孫、ムバーリズッディーンの嫡男を『説得』して情報を引き出すように命じる。

 だが、『説得』がきつ過ぎたらしく、新当主はその日のうちに死亡してしまった。

 エディゲ邸の接収は大々的に行われていた。

 結果、そこに財産が無かったことも、あっというまに広まってしまう。

 エディゲ家が私益を貯め込んでいたという話は崩れ、エディゲ家を糾弾する根拠も希薄になってしまった。

 更には、当座の金も無い。

 カゲシンの金庫は、降って湧いた大規模軍事行動ですっからかんになっており、既に借金財政に突入していた。

 それまでカゲシン政府、厳密に言えばエディゲ政権と関係を築いていた政商は一斉に様子見に入る。

 正統な政権獲得を目指すクチュクンジとしては、政商たちをいたずらに敵に回すことはできない。

 結果として、クチュクンジは当座の資金を彼自身の持ち出しで補う事となった。

 とんだ誤算である。

 予想の半分も資金が無いため、『エディケ家』の範囲を広げ、係累や関係の深い一部政商を接収対象としたが、この施策も思っていた程の成果は無く、逆に新政権に対する不平、不満を生み出す結果となってしまった。


「確かに、エディゲの邸宅には金は無かった。

 だが、どこかに隠されていることは確実だ。

 そのうち見つかるだろう。

 それに、トエナ家はウィントップ公爵家を潰している。

 ウィントップの金は確保したと聞いている」


「その、ウィントップの金がこちらに回って来るとは決まっていないんでしょ」


 ガートゥメンの指摘にクチュクンジは再び苦い顔になる。

 トエナ公爵は自分の直系、第一正夫人が生んだ娘の息子であるクチュクンジを可愛がっている。

 だが、現トエナ公爵は老齢であり、次期トエナ公爵とクチュクンジの関係は、決して悪くはないが、良好とも言えない。

 現在のトエナ公爵継嗣は、公爵の第四正夫人の息子である。

 クチュクンジとは叔父と甥の関係だが、年齢は甥であるクチュクンジの方が上だ。

 第一正夫人の息子と孫が早死にした結果である。

 公爵は第一正夫人系の孫であるクチュクンジを気に入っていて、何かと目を掛けている。

 このためか公爵継嗣とクチュクンジは、微妙な関係にあった。

 今回の計画では、エディゲの金はクチュクンジが、ウィントップの金は次期トエナ公爵がそれぞれ手にする話になっている。

 クチュクンジがミスをしたからと言って、ウィントップの金が回って来るかは未知数だ。


「エディゲの金も簡単に手に入るとは思わない方がいいわ。

 あの、エディゲ新当主の若造、自殺ですって」


 内公女の言葉に帝国宰相臨時代理が驚愕する。


「遺体を、知り合いの医者に見せたんだけど、拷問による死亡じゃないって言ってたわ。

 奥歯に毒を仕込んでいて、それをかみ砕いたんだって」


 クチュクンジ配下の医師は『拷問によるショック死』と診断していた。


「その医者は誰だ?あのバフシュとかいう男か?」


「そうよ。医者としての技量はカゲシンで一番だし、口も結構堅いの。それなりに頼りになる男だと思うけど」


 バフシュ・アフルーズと言えば、カゲシンで最も腕が良く、最もうさん臭い医者として有名だ。


「その話は確実なのか?」


「毒は特殊なもので、並の医者では分からないって言ってたわ。

 証拠はほぼ残らないって」


「証拠が残らないのに分かるのか?」


「ええ、確実よ。だって、その義歯を作ったのが彼なんだから」


 ワイングラスを片手に女はカラカラと笑い出す。


「作った、だと?それは何時の話だ?」


「八月の終わり、ムバーリズッディーンが死んだ直後ね。

 頼んだのはエディゲ・アドッラティーフ宰相その人よ」


 男の顔がこわばる。


「商人たちにも裏から話を聞いたわ。

 エディゲ家はムバーリズッディーンが死んだ直後から財産の隠匿を開始していたみたい。

 それも、それ以前から計画が有ったみたいで、すんごく手際良かったんだって。

 聞いたけど、新当主以外の主要メンバーはほとんど掴まえていないそうじゃない。

 新当主の弟も見つかっていないんでしょ」


 考えてみれば、エディゲ僧正家当主の葬式がカゲシン郊外の別荘で行われたというのからおかしかった。

 正式な葬儀はマリセア宗主主催になるから、まずは身内だけで、という名目だったため、誰も疑問には思わなかったのだが。

 葬儀のためにエディゲ家の中枢がカゲシンの城壁外に出ているが、葬儀会場にいたのはその半分以下。

 上位者に限って言えば、八割以上いなかった。

 クチュクンジたちが拘束できたのは、下っ端ばかり。

 姿をくらましたエディゲ家の人間は今も行方が知れない。

 正直な所、カゲシンの城壁外に出てしまった人間の行方を捜すのは困難だ。

 出来るのは、主要都市にそれらの人物が現れたら拘束するように通達するぐらい。

 明確な罪人ではないから指名手配するわけにもいかない。


「組織的計画的に財産を隠匿し、主要人員も逃亡したと、そう言いたいのか?」


「そうね、信じられないけど、どうやら、そうみたい。

 残っていた新当主は死ぬ覚悟だったみたいだし」


「新当主は、弟や他の者を逃がすためにわざと捕まって、そして秘密保持のために自殺したというのか!」


 確かに、新当主を拘束できていたから他はあまり気にしていなかった。


「商人の一人は、アドッラティーフは、『何れ報復される』と覚悟してたみたいだって言ってたわ。

 アドッラティーフとムバーリズッディーンの二人が生きているならば問題はないけど、頭が一人になったら、その一人が死んだ途端にエディゲ家に報復がくるって。

 恐らく、次男坊は捕まらないわね。財産も出てこない」


 クチュクンジは唇を噛む。

 どうやら、エディゲ家の金は期待できないらしい。


「あと、もう一つ。シャールフには注意しといた方がいいと思うわ」


「どういう意味だ?」


 クチュクンジがスムーズにマリセア宗家を継承するためには、現宗主の息子たちが邪魔になる。

 既に第五公子シャーヤフヤーは死んだ。

 第四公子バャハーンギールはヘロンで包囲下にある。

 第七公子シャールフの捕獲は失敗したが、元々、重視されていない。


「良く分からないんだけど、どうも、今回の出陣前に、宗主とエディゲ・アドッラティーフの間で、次期宗主をシャールフにするって話になっていたみたい」


「馬鹿な、ありえん!」


 シャールフは現宗主の『本当』の息子ではない。


「エディゲの方だけど、『瑕疵がある宗主の方が御しやすい』って話みたい」


「それは、エディケ家から見ればそうかも知れぬ。

 だが、あの兄、シャーラーンは自身の血統に病的に拘る。

 自分の種でない息子を認めるはずが無い。

 そして、それはアドッラティーフも承知していた」


「それなんだけど、どうも、宗主自身が認めたみたいなの」


 ガートゥメン自身が首をかしげながら言葉を続ける。


「宗主護衛騎士団っているでしょ。

 その団員たちが『次期宗主はシャールフ殿下で決まり』って話をしていたみたい。

 何でも、今回の出征前に、『宗主継承の儀式』を現宗主がシャールフにおこなったんだって。

 従騎士の従者の情報だから、はっきりしないんだけど」


 帝国宰相臨時代理は狐につままれたような顔になった。


「『宗主継承の儀式』など聞いたことが無いぞ」


「うん、私も無い。現宗主が独自に作ったみたい」


「なんだ、それは?」


「良く分からないんだけど、シャールフが誰のタネかは別として、現宗主が生きているうちに自分の後継者として指名したんなら、話は変わるわよね」


「ならば、それをさせねば良い」


「既に、シャールフ後継って遺言書を作ったって話よ。

 これ、事実だとしたら、現宗主はシャールフが生き残っている限り、あなたに家督を譲らないかもよ」


 クチュクンジは大きく椅子にもたれ込んだ。

 降って湧いた話に、思考が纏まらない。


「その書類、仮に作られたとして、誰が保管している?」


「さあ、全然わからない。

 護衛騎士団長って話が多いけど、シャールフ本人って話もあるわ」


「お前、宗主護衛騎士団を探れないか?

 確かなことが知りたい」


「面倒だから、護衛騎士団長を『説得』したらいいんじゃない?」


「既に、団員を随分と『事故死』させてしまったからな。

 これ以上、宗主の機嫌を損ねると、円満な家督相続が困難になる」


 実を言えば、クチュクンジは既に護衛騎士団長を拘束しようと試みていた。

 だが、団長は、『宗主の秘密を漏らすぐらいならこの場で死ぬ』と断言。

 これ以上、宗主の機嫌を損ねたくないクチュクンジとしては妥協するしかなかった。


「なら、やってみるけど・・・、あの集団、何か、特殊っていうか、普通と雰囲気違うのよね。

 普通の男なら、大体、私か、私の友達が『お友達』になれるんだけど。

 やってはみるけど、期待はしないで欲しいかな」


 クチュクンジがガートゥメンを重用しているのは、その情報力の高さ故である。

 その彼女が、弱音を漏らすのは珍しい。

 宗主護衛騎士団、今までは無視していたが、どうやら結束の高い、宗主への忠誠心の高い組織のようだ。

 そう言えば、団員は全員宗主が選定したと聞く。


「まあ、宗主護衛騎士団はともかく、他では頑張ってるから、ちゃんと報酬もお願いね」


「分かっている。正直、今回も助かった」


 意味ありげにウインクする内公女に、クチュクンジは素直に礼を言う。

 本当に、彼女の存在は大きいのだ。


「私が宗主に、帝国皇帝になれば、帝国は生まれ変わる」


「そうなれば、私も合法的に永遠の美しさを手に入れられるのね」


「まあ、そうだ」


 現在の帝国では、七諸侯のうち、三つが潰れている。

 元から潰れていた、シュマリナ侯爵家。

 今回潰れた、ウィントップ公爵家とゴルデッジ侯爵家。

 予定では、今後、ボルドホン公爵家にも潰れてもらうことになっている。

 ヘロンを始末したケイマン族とフロンクハイトが向かえば簡単だろう。


 諸侯の後釜に予定されているのは、第一帝政時代には帝国内諸侯であった勢力、つまり、現在の外国勢力だ。

 月の民であるセリガーとフロンクハイトは公爵位、牙の民であるケイマンとスラウフは侯爵位だ。

 センフルールは解体し、その人材の大半はフロンクハイトに、一部はセリガーに送られる。


 ガートゥメンは自ら月の民に成ることを希望している。

 彼女は幸い、正魔導士程度の魔力量はある。

 帝国内公女の公爵家への降嫁、で通るだろう。

 現在の予定では、フロンクハイトになる。

 セリガーは、ネディーアール内公女の降嫁を強く希望しているからだ。


 軍も再編の予定だ。

 ベーグム師団はフロンクハイトやケイマンの人員を受け入れることになる。

 名称はともかく、実質的には別物になるだろう。

 クロスハウゼン師団はセリガーとスラウフだ。

 クチュクンジに敵対的な武装勢力など必要ない。

 いや、そんな存在は危険だ。

 海を管轄するナーディル師団だけは、月の民も牙の民も海を苦手としているので、そのまま残すかも知れないが。




 ガートゥメンを前にクチュクンジは一人思考に沈んだ。

 正直、シャールフは軽視していた。

 シャールフの捕獲、抹殺、これ、実はトエナ公爵の意見である。

 クチュクンジは、そこまでする必要はないと考えていた。

 現宗主シャーラーンは、トエナ公爵直系の女を遠ざけている。

 シャーラーンはトエナ家の女性を寵愛しているが、それはトエナ公爵直系の女ではなく、傍系、公爵異母弟の系列なのだ。

 特に、ここ数年、その傾向が強い。

 困ったことに、トエナ公爵継嗣は、これを許容しており、宗主シャーラーンは、それ故か気に留めていない。

 だが、公爵は密かに怒り狂っている。

 そして、そのトエナ公爵直系女性の寵愛が薄れた原因が、第七正夫人デュケルアールだと断定していた。

 トエナ公爵系秘伝の房中術『幼児母乳プレイ』をデュケルアールが『断りもなく模倣』したことにより、公爵直系女性の寵愛が薄れた、と。

 それ故に、デュケルアールの息子も殺せと強固に主張していたのである。

 クチュクンジは流石に不当、単なる思い込みではないかと思うが、指摘はしていない。


 その公爵の不満が、クチュクンジ宗主擁立に有益だったからだ。

 であるから、公爵の顔を立てて、シャールフ抹殺計画に同意したが、内心はあまり乗り気ではなかった。

 宗主の本当の息子ではないシャールフに宗主継承の資格はないし、何より、クチュクンジはデュケルアールの機嫌を損ねたくはなかった。

 実を言えばクチュクンジは、宗主就任後には、デュケルアールをそのまま自分の後宮に入れるつもりだった。

 加えて言えば、ガイラン・ライデクラートも、だ。

 この二人は、クチュクンジの世代にとっては評判の美人であり、宗主になれば真っ先に手に入れる予定の『賞品』である。

 だが、どうやら、悠長なことは言っておられないらしい。

 クチュクンジは、シャールフ抹殺を再検討するよう部下に命じることに決めた。




「あと、もう一つ、報告しておきたいことがあるんだけど」


 ガートゥメンが最後に言い出したのは、『最近台頭してきた平民』とのことであった。


「今更の話なんだけど、今年の八月、宗主はほとんど死ぬ寸前だったらしいのよ。

 それを助けたのが、その男なんだってさ。

 クロスハウゼン師団でも出世してるって話よ。

 名前ぐらいは覚えといた方がいいと思うわ」


 宗主を助けた?

 全く余計な事をしてくれたものだ。

 だが、確かに医者としての腕は良いのだろう。

 クチュクンジは差し出しされた資料を見て、しかし、顔を顰めた。


「カンナギ・キョウスケ、か。この男、確か、フサイミールの愛弟子の変態ではなかったか?」


「まあ、そうだけど、優秀なのは確からしいわ。

 医者として、だけでなく、魔導士としても注目されてるみたい。

 上位魔導師試験で、話題になってたそうよ。

 そして、何より、絶倫、らしいわ」


 クチュクンジは、途中まで真剣に聞いていたが、最後で又興味を失った。


「あー、分かった。

 名は覚えておこう。

 折を見て、其方の側近に欲しい、ということか?」


「話が早くて助かるわ」


 ガートゥメンはそう言って舌なめずりした。

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