05-37 終わりと始まり (一)

「本当に世話になった」


 ベーグム・レザーワーリがオレの手を取って感謝する。


「短い間だったけど、何とか形になってよかったね」


 タイジがしみじみと述懐する。

 祝福の儀、大広間での公開セックスから五日間が過ぎた。

 レザーワーリは明朝、カゲシンから出陣する。


「既に父上と兄上はカゲサトに入ったはずだ。

 私は急募の魔導士を引き連れて後を追う」


 レザーワーリの魔法能力は格段に向上した。

 喘息治療がうまく行って、マナ産生が増えたこともあるが、それ以上に技能の向上が大きい。

 素直に指導に従ってくれた成果である。

 あの認定試験の日から、レザーワーリはオレの屋敷に日参していた。

 毎日というか、毎晩、訓練をしていたのである。

 名門の御曹司がオレやタイジみたいな下賤の者に頭を下げて教えを乞うのは、こちらでは大変な話だ。

 それだけベーグム家が追い詰められているのだろう。

 追い詰められていても、大半の貴族が、できない話でもあるが。

 庶子だったというレザーワーリの出自もあるかも知れない。

 コイツの兄だったら絶対しないだろう。


「しかし、無詠唱というのは、頭の中で詠唱すると聞いていたが、其方らの話は全く違う。

 教わらなければ永遠に理解できなかった。

 本当に礼を言う」


「今回は、急いでたから、ダイジェスト版だ。細かいとこはまた後日だな」


 年齢が近いこともあり、オレ達は敬語を使わない関係になっている。


「うむ、この戦いで生き延びることが出来たら、また、頼む」


「確かに。オレたちも出陣だからな」




 あの日、ゴルデッジ侯爵継嗣の嫁グルパダンが大広間に突入して、カゲシンの予定は全て変更された。

 スラウフ族はその日のうちに故郷に向けて出立し、自護院では全ての人員が対ケイマン族に向けて動き始める。


 ケイマン族迎撃作戦は極めて迅速に立案された。

 第一軍は、第四公子バャハーンギール殿下が直率。

 ベーグム師団とアナトリス侯爵軍を主力に、カゲサトからクリアワイン、ミッドストンと街道沿いにゴルデッジを目指す。

 第二軍は第五公子シャーヤフヤー殿下が率いるナーディル師団とクテンゲカイ侯爵軍主力の軍勢。

 カゲクロからアナトリス、そしてタルフォート、クテンと進み、ゴルダナ河沿いにゴルデッジに進むことになっている。

 大軍だから、分進合撃という建前だが、要は仲が悪くて一緒に進めない。

 第四公子と第五公子、ベーグムとナーディル、そしてアナトリスとクテンゲカイ。

 それぞれ、根深い反目がある。

 二つの軍は、途中で中小諸侯の軍勢を吸収することになっている。

 予定ではそれぞれ五万を超えるという。

 公称はそれぞれ十万だ。


 他に、ゲインフルール地区からボルドホン公爵軍主体の第三軍、約三万、公称五万が編成され西側からゴルデッジを目指す。

 トエナ公爵家はスタグウッド騎士団と共に国境を守り、クロスハウゼン師団はカゲシンの守備を担うと共に予備戦力となる。

 カゲシンの防衛には、ウィントップ公爵家とシュマリナ太守も軍勢を派遣する予定だ。


 ゴルデッジに向かう救援軍は三個軍の総計では十万を超え十五万に近い。

 公称では二十五万。

 実際に動員される兵士だけでも総数は二〇万以上になるという。


 しかし、これで勝てるのだろうか?

 ケイマン族は三〇万を唱える。

 少なくとも十万は数え、フロンクハイトの魔導士が同行している。

 三個の軍、少なくとも第一軍、第二軍が連携して当たらねば勝てないと思うのだが、そのような気配がない。

 カゲシンから発する二個軍は、それぞれ、自分達だけでケイマンに勝てると意気が高い。

 十三年前の一連の戦役でも、ケイマン族が帝国内に侵入したが、クロスハウゼン師団が兵数一対二の劣勢で迎撃し、撃破したという。

 故に、今回も勝てるという話になっている、・・・らしい。


 だが、クロスハウゼン師団はその戦いで当時の副師団長、バフラヴィーの父親を失っている。

 激戦だったのだろう。

 まして、今回はフロンクハイトの魔導士がいる。




「対外的には楽勝と喧伝しているが、父上は楽観していない」


 レザーワーリは真面目な顔で語った。


「前回の戦役では我が師団は奇襲を受け敗北した。

 だが、クロスハウゼン師団が勝利した事実はある」


 前回の戦役でベーグム師団は当時の師団長が戦死している。

 アリレザーの父親、レザーワーリの祖父に当たる人物だ。

 そー言えば、十三年前の戦役って、何となくしか知らない。

 確か、諸侯間の内戦から、ケイマン族の帝国内侵入、そしてシュマリナ侯爵家の粛清と事件が連続していた筈だ。


「今回、父上は宰相閣下から、当然勝てるはずと言われたらしい。

 勝てると言えないのならば師団長を変更すると。

 ベーグム家としては受けるしかない。

 師団の汚名返上の機会であるのは事実だ」


 厳しい話だな。


「一つ疑問なんだが、エディゲ宰相はケイマン族に簡単に勝てると考えているのか?」


「良く分からぬ」


 レザーワーリは情けなさそうに首を振った。


「宰相閣下との会談に私は同席していない。

 聞く所では、宰相閣下はフロンクハイトと交渉するから、ケイマン族に同行している魔導士は直ぐにいなくなると自信を示されたそうだ」


「それ、信じられるのか?」


「父上は、『そうなるのであれば嬉しいが』、と言われていた。

 父上も色々と策は練っておられる。

 そう無残な事にはならぬとは思うが」


 厳しい状況なのはベーグム家も分かっているらしい。

 ただ、そうであっても第二軍との合同作戦は無しってーのがね。

 クロスハウゼンとベーグム間の軋轢も相当に根深いが、ベーグムとナーディルも酷いのだろう。




 それにしても、エディゲ宰相は何を考えているのだろう?

 宰相とその周辺に焦った感じがない。

 実は、オレ、未だにエディゲ宰相との繋がりが切れていない。

 こちらから繋がろうとはしていないのだが、あちらはオレを自分の派閥と考えているようだ。

 あるいは、派閥に入れようとしている、のか。

 公開セックス翌日には、エディゲ家から使者が来た。

 死んだエディゲ・ムバーリズッディーンの娘を嫁にという話だった。

 母親は第三正夫人、格は低いが一応は正夫人の娘だ。

 更に、ムバーリズッディーンの寡婦の一人を付けるという。

 二人ともなかなかの美少女だが、魔力量はタージョッ程度。

 オレ的には魅力は無い。

 身分不相応の一点張りで断ったが、完全には断り切れず、今回の戦いの終了後に再度話し合う事になった。

 ・・・強固に断るのは現実問題として無理なんだよね。

 しかし、二人とも十一歳というのはどーしたもんか。

 十一歳で寡婦って、聞いた事ないよ。

 話がそれたが、そんな話をしているエディゲ家の家臣は、戦争については全く心配していなかった。

 ・・・なんで、こんなに楽観視しているのか理解できない。


 謹慎になったピールハンマドの事も全く話に出ない。

 さり気無く、尋ねたが、「数年は活動できないでしょう」と他人事のような返答をされた。

 完全に『終わった人』扱いだ。


 聞くところでは、宗主も宰相同様に、勝って当たり前という感覚らしい。

 九月四日の事だが、三人の公子が宗主に呼ばれた。


「今回の戦役で最も貢献した者を暫定的に次期宗主とする」


 宗主は、エディゲ宰相と宗主補フサイミール殿下を左右に従え、正式に公子たちに宣言したという。

 公子間の対立を煽っているとしか思えない。

 まだ成人していないシャールフ殿下まで呼ばれたのも良く分からない。

 分からないが、何らかの形で出陣命令が出るだろうと、クロスハウゼン家は睨んでいる。

 肛門メイス・カラカーニー閣下は、宗主と宰相の態度に『裏が有る』と、勘繰っている。

 ただ、それが何かが分からない。




 公子達に出陣命令が下った事もあり、現在のカゲシンは戦争一色だ。

 特に魔導士は自護院への志願が『極めて強く推奨』されている。

 カゲシンには三個の師団が有り、それぞれ二個の魔導大隊を持つ。

 一個魔導大隊には約三〇〇人の正魔導士がいるから、合計で一八〇〇となる。

 正魔導士以上の魔力を持つ者はざっと千人に一人とされる。

 帝国全土では二五〇〇から三五〇〇人の魔導士が居る計算になる。

 カゲシンだけで一八〇〇人なのだから、凄い物だ。

 これはカゲシンの軍事力を示す数値だが、誇張でもある。


 今回、知ったのだが、平時の師団では魔導士の半数近くが『臨時採用』の従魔導士という。

 建前では、全員が正魔導士だが、名前だけの所属者が多いのだ。

 レトコウ紛争でのベーグム師団は、少しだけ正魔導士を増強した態勢だったという。

 しかし、今回は、本格的な『戦争』だ。

 各師団は充足率向上のため、容赦ない徴兵を行っている。

 徴兵される方は大変だ。

 宗教系魔導士を中心に、自護院の横暴を訴える声も少なくない。

 あからさまな抵抗もあるという。

 だが、上からの締め付けが厳しく、言い逃れは許されない雰囲気だ。

 しぶしぶ徴兵に応じる者が大半と聞くが、逃亡を企てる者もいて、毎日のように騒ぎが起こっている。


 オレの知り合いでは、エリート学生のセヴィンチ・カームラーンや、メンドー緑君ことアスカリ・アブルハイルも徴兵されたと聞く。

 シャハーン・針金・アウラングセーブは、またベーグム師団に呼ばれたらしい。


「今回ばかりは、自分の魔力量が少ない事に感謝しているよ」


 太っちょのアフザル・フマーユーンは、ほっとした表情だった。

 彼は自護院規定では従魔導士であり、対象から外れる。




 オレとタイジはクロスハウゼンの正規士官だから徴兵もクソもない。

 多分、何らかの形で戦争に行くのだろう。

 恐らくはシャールフ殿下の関係。

 激戦地でないことを祈るしかない。


 しかし、オレは本当にどうすべきなのだろう?

 何がどうしてか、さっぱり分からないが、ともかく、オレはこの『カナン』という土地に流れ着いた。

 気が付けば、国家に所属し、組織に所属し、家族にハーレムらしきものまである。

 これを維持するには、組織に従って戦争に行くしかない。

 これは、オレにとって良いことなのだろうか?

 こんな世界にいるから戦争は避けられないとは思う。

 しかし、自発的に行きたいかと問われれば、否だ。

 前回は自分が戦えるかどうか試すためだったが、もう、おなか一杯。

 根本的な話として、オレの望みは、必要最低限度の文化的生活を維持することだ。

 問題は、オレの『最低限度』という奴が、カナンでは上級貴族以上のレベルであり、維持するには色々と柵が多い事だろう。

 当初の予定では、『施薬院全金徽章』という帝国内ならどこでも通じる資格を手に入れたら、あちこち探索して、最終的な落ち着き先を決める筈だった。

 だが、現状では戦争ばかりで行ける所が無い。


 もう一つ、問題なのが、オレのハーレムだ。

 オレは特殊体質であり、満足させてくれる女性は、恐らく、かなり少ない。

 サンプル数が少ないから断言できないが、魔力量が多くないとオレの相手は困難らしい。

 ただでさえ、栄養不足から来る発育不良で平たい胸族が主流のこの世界において、魔力量制限まで加わったら、本当に相手は少ない。

『ハリウッド女優としか結婚できない』と言ってるようなものだ。

 今確保している、訳あり女優(ジャニベグ)でも、客観的に見ればかなり上位だろう。

 これから地方行脚して、そんな女性が確保できるのか、疑問だ。


 だいたい、今以上の女性と言ってもね。

 ナディア姫なんて想像以上に背景がドロドロだ。

 彼女と関係すれば、あの頭の痛い事情に関わることになる。

 面倒とか言うレベルを超えている。

 では、このまま、カゲシンに残って、八九式とブローニング、その他と頑張っていくのか?

 確かに、現状、そこそこ、安定している、ような気はする、のではないかと、思わないでもない。

 でもねぇー。

 この国、大丈夫なんだろうか?

 今回の危機を乗り越えたとして、復活できるんだろうか?

 復活させていいんだろうか?

 なんか、ちょっとした切っ掛けで、怒涛の如く崩壊する気もするんだが。

 オレには、この国を助ける義務は無いし、助けたとしても利益は微妙なのだ。


 なら、逃げるか?

 しかし、仮に逃げるとしても、どこに逃げるのか。

 クテンゲカイ侯爵家か龍神教には行けそうだが、どちらに行っても戦争に行く形が変わるだけだろう。

 センフルールも微妙だ。

 今回の戦役では、ケイマン族がフロンクハイトと同盟してギガウォック要塞を突破している。

 これが、このままこの地域に居座った場合、現在の帝国西部、ゲインフルール地区は帝国本体からほぼ孤立する。

 ゲインフルールは第三帝政では帝国から離脱していた地域であり、元々、独立傾向が強い。


「フロンクハイトは恐らく、ゲインフルールを占領して、あるいは抱き込んでセンフルールに攻め込むつもりでしょう」


 シノさんは、深刻な顔で言っていた。

 シノさんたちセンフルール勢は、少なくとも情勢がある程度落ち着くまではセンフルールに帰ることは無いらしい。

 つまり、オレがセンフルールに行くという選択は、少なくとも当座は、無い。




 ちなみに、カゲシンの貴族の大半は、能天気だ。

 今回のケイマン族の話にしても、ギガウォック陥落は大変だと騒いでいるが、それだけだ。

 ゴルデッジが包囲されていると聞いて、皆、怯えた顔をしているが、真剣味は薄い。

 自護院など一部は深刻に捉えているが、カゲシン貴族の大半を占める宗教系貴族は、大変だろうが最終的には何とかなる、という認識らしい。

 カゲシン市街に危機が及ぶとか、帝国が崩壊するとか、考えている人は極少数にとどまる。

 徴兵に対する認識が、今一つ切迫感が無いのもそのためだろう。

 今、オレの横にいるゲレト・タイジですら、帝国が崩壊する可能性なんて欠片も考えていない。

 エディゲ宰相にしても、この戦争を都合の良い機会と捉えている節がある。

 確かに、宗主後継問題と、宰相後継問題の両方を、有耶無耶にする口実としては最強だ。

 しかし、宰相は、この戦争をどのように終わらせようとしているのだろう?

 後継者問題をどのように解決しようとしているのだろう?

 エディゲ宰相は嫡子を失い、更に次期宰相予定のピールハンマドも失ったに近い。

 だが、宰相は意気軒高だ。

 アフザルが言っていたように、何かとんでもないことを考えているようで怖い。

 良く分からんが、彼にとっては三人の公子も、三個の師団も『駒』なのだろう。

『駒』にされる方としてはたまったものではないが。

 今、目の前にいるベーグム家の次男坊なんかは、正にそれで悩んでいる。

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