05-33 リハーサル?

 思うのだが、地球時代のオレって結構働いていたと思う。

 だんだん麻痺してくるんだよね、コレ。

 同僚の女医さんが出産後復帰して、保育園で言われた話が有る。


「お母さん大変ですね。もう、フルタイムで働いているのですか?」


「いえ、職場が配慮してくれまして、今は九時五時です」


「九時五時って、それは普通、フルタイムと言うのでは」


 彼女、大層ショックを受けていた。

 世間のフルタイムって九時五時なんだって、皆でシミジミしたよ。

 で、だ。

 現在のオレだが、異世界に来ても相変わらず働いている。


「バフラヴィー様も良く働きますけど、キョウスケは輪をかけて働きますね」


 アシックネールが感心したような、呆れたような言葉をかけてくるが、確かに仕事は多い。

 タイジに守護魔導士資格を取らせた翌日はスラウフ族長の祝福の儀のリハーサルである。

 断ってたはずなんだが。

 幸いにと言うべきか、暗殺・謀殺・脅迫の系統は減少している。

 一日、一~二件で、オレが必要とされるのは稀だ。

 ライデクラート隊長によるとエディゲ・ムバーリズッディーン謀殺後のショックが薄れつつあるのだろうと。

 なに、充分多いって?

 カゲシンでは、『平常運転』なのだ。


 祝福の儀のリハーサルだが、宗主自身はいない。

 健康問題という話だが、もう立てないという容体ではない。

 だが、出てこない。

 シャイフに確かめたら言葉を濁されたが、タージョッによると、単に出たくないから、らしい。


「女とヤルのを解禁するのなら出てもいいとか言ってるわ」


 Bカップが疲れ切った表情で零していた。

 ・・・大丈夫なのか、この国。


 余談だが、宗主には二十四時間、交代で医師が近侍している。

 侍医団の中で、暇な奴、・・・じゃなくて、信頼が厚い者の職場だ。

 タージョッは、宗主自身から指名され、これに入っている。

 更に、彼女は他の侍医が入室を許されない場所まで『特別』に同行が許可されているという。


「抜擢だけど、単に若い独身の女医だから、みたい。

 特別許可は、・・・ここだけの話、あれ、私の反応を見て楽しんでるんだと思う。

 父や兄が歓喜してるから言えないけど」


 それは、また、と同情した、・・・のだが。


「正式に愛人にしてくれるのならいいけど、ただ見るだけなんて最低!」


 憤慨の方向がビミョーに違った。

 こいつ、本当に貴族だ。


 更に、第四公子と第五公子も欠席だ。

 両名共に当日はそれなりの立場で出席予定だが、望みの役で無かったので不貞腐れているらしい。

 一応、宗主を含め、それぞれ『祝福の儀』には慣れているから、リハーサルの必要は薄いって事らしいが。

 ・・・いいのか、この国。


 聞けば、スラウフ族長は明日中にカゲクロに入るという。

 国家行事なのに、こんな付け焼刃でいいのだろうか。

 慣れているから大丈夫とか、そーゆー話かね?




 オレの役だが、宗主補佐の補佐である。

 祝福の儀は基本三人で行う。

 メインの説教をする宗主と、それにカンペ、じゃなくて聖典を見せて補足する、宗教的補助役、そして、儀式魔法を担当する魔導士だ。

 宗主は『上級魔導士』並みの魔力を持っている、ことになっている。

 実際、補助を付けずに儀式をこなしたこともあったという。

 だが、随分前から体調の悪化で補助の魔導士を置いている。

 第四公子バャハーンギール殿下は宗教的補助役を、第五公子シャーヤフヤー殿下は補助魔導士をそれぞれ希望していた。

 二人並べてという案もあったが、却下された。

 壇上で揉めたら誰も仲裁できない。

 片方だけ認めるのはもっと揉めるので、二人とも排除とされる。

 宗教的補助役はエディゲ宰相自身が、補助魔導士にはネディーアール殿下が選任された。

 ナディア姫もその祖父である肛門メイス・カラカーニー閣下も何とか逃れようとしたが、果たせなかった。

 公子たちを退けての選定だから、それなりの名目が必要なのである。

 であるから、宰相自身と百日行達成者で魔力も豊富なネディーアール殿下となった次第。

 百日行達成内公女は使い道が多い。

 ナディア姫からは、「キョウスケの口車に乗ったのが」とか文句を言われてしまった。

 オレが悪いのか?

 そして、国家規模の儀式であるから、補佐役に更に補佐役が付くこととなり、オレとタージョッが選ばれてしまった。

 宗主が体調不安だから近くに医者という配慮と、百日行達成者という資格、そして、補佐の補佐だから、補佐役より格下で年下でなければならないという縛り、そこら辺が重なった選定らしい。


 いや、あのさ、ナディア姫の補佐がタージョッというのは何となく分かるよ。

 確かに条件に当てはまるのはタージョッぐらいだろう。

 だけど、オレが補佐するのは宰相だよ。

 シャイフでいいじゃん。

 シャイフは百日行と五百日行を達成してるんだよ。

 とか思って、何とか代わってもらおうと画策していたが、リハーサルに来て納得した。

 宗教的補佐役を実際にやっていたのはアーガー・ピールハンマドだったのである。


「ワシは当日、腰痛になる可能性が高い。

 であるから、当日は座ってできる仕事を担当することになるであろう」


 演壇上で、エディゲ・ロリコン宰相が真面目な顔で説明する。

 リハーサルでは宰相が宗主の役をやり、新米のオレたちに指導するようだ。

 成る程ね。

 宰相自身が補佐役と言って、公子を排除した上で、当日にはピールハンマドを出して実績を付ける作戦らしい。

 オレはピールハンマドの補佐として選定されたわけだ。

 ピールハンマドより年下で百日行を達成している医者はそういない。

 これは、諦めるしかないか。


 何で、百日行なんて達成しちゃったんだろうと、三五二回目の後悔をしていると、何故か、全く理解していない発言が始まった。


「それでは、儀式の正式な書類にも宗主猊下の補佐役として私の名が正式に記載されるのですね」


 何とピールハンマド自身である。

 前から思っていたが、コイツ、考えが固すぎる。


「ああ、だから、正式な書類では補佐役は私のままだ。

 でなければ、各方面から色々と文句が出るのは目に見えている」


「ですが、それでは、臨時扱いです。

 私の実績としては弱いと考えます」


「確かにそうだが、現状での其方はアーガー本家を継いでおらぬ。

 その資格では、補佐の補佐がせいぜいなのだ」


「しかし、臨時では、・・・」


「くどい!」


 ロリコン宰相が露骨に苛立った顔を見せる。


「これでも、現状、其方に可能な限りの配慮をしているのだぞ!

 そもそも、其方があの痴れ者の挑発に乗らなければこんな苦労はいらなかったのだ!」


 まあ、そうだよね。


「あれは、致し方なかったのです。

 あの男は父として敬えとか、自分に従えとか、それを精霊に誓えなどと言ってきたのです。

 到底、受け入れられるものでは有りません!」


「その程度の挑発など、政の世界ではいくらでもある。

 軽く受け流せなくてどうする!

 既に、何度も教えたであろう!」


 宰相は、それで嫡男を失ったのだ。

 愚痴も言いたくなるだろう。


「ですが、いくら考えても、私にはあの場でマリセアの精霊に誓うことなどできません!

 あの男に跪くなどできません!」


 ピールハンマドが半ば涙目で訴え、ロリコン宰相が深く溜息をつく。

 どーすんだ、コレ。

 ピールハンマドって、融通が利かな過ぎだろう。

 何時もなら、従者や側近がフォローに入る場面だが、現在はリハーサル中。

 壇上には我々五人しかいない。

 大広間だから、従者も含めて他の人々は参列者役で壁際である。

 タージョッは戸惑った顔で視線を外し、ネディーアール殿下はいい加減にしろと、そっぽを向いている。

 まあ、そーなるよね。


「カンナギ、其方ならばどうする?」


 え、オレ?

 何故かロリコン宰相がオレを見据えている。


「残念ながら私はお答えする立場ではないと考えます」


「そんなことは分かっている。

 其方もあの場にいた一員で有ろう。

 仮に、其方がピールハンマドの立場であったならば、どうしたかと問うておる」


 宰相の視線はキツイ。

 再度、辞退するが、お許しは無い。

 まあ、致し方ないだろう。


「私ならば、そのまま飲み込んでシャーフダグ殿と親子になり、家督を相続したと思います」


 エディゲ宰相が満足そうに頷き、ピールハンマドが目をむいて激昂する。


「其方、正気か?

 あの男は、精霊に誓えと言い出したのだぞ!

 あれを受け入れたならば、一生、あの男の愚行を受け入れ、擁護する羽目に陥るのだぞ!

 有り得ぬ話だ!」


 なんで、この人、こうも絶叫調で話すのかね。

 困ったような顔で宰相を見ると、「続けよ」と促された。


「一般論として『誓約』というのは無条件では有りません。

 前提条件が変われば『誓約』を守る必要も無いのです。

 つまり、誓約後のシャーフダグ殿に一般常識からかけ離れた行いがあれば、誓約は成り立たなくなります」


 医者の診断書と同じだ。

 良く、『異常なし』、『病気無し』、『就業可能』などと求められるが、医者の診断書が保証するのは『その時点で診察・検査した範囲内で』という物だ。

 詳しく調べたら、初期の小さい肺癌とか有るかもしれないが、それは保証の範囲外になる。

 意外と知らない人もいるけどね。


「いや、相手は、あの男ならば確実に、無条件だと言い張る筈だ」


「言わせておけば良いでしょう。実害は有りません」


「だが、周囲の者もそれを根拠に私を責め立てるであろう」


「気にしなければよいと思いますが、・・・そうですね、周囲に明確に伝えたいのであれば誓いの言葉に条件を入れればよいかと」


「条件、だと?」


 具体的に言わないとダメか。

 ロリコン宰相も苦労しているのだろうな。


「例えば、『アーガー・シャーフダグ殿が、マリセアの正しき教えに反することが無い限り、私、ピールハンマドはシャーフダグ殿を父と認め、孝養を尽くすことを誓います』などは如何でしょう?」


 エディゲ・ロリコン宰相が失笑する。

 横ではナディア姫もニヤニヤしている。

 タージョッは呆れ顔だ。

 ピールハンマドは虚を衝かれたようだった。


「そうか、相手がマリセアの正しき教えに反したのならば、誓いは無効化されるのか」


「シャーフダグ殿も拒否はできないと考えますが」


 この程度の言葉遊びもできなくて帝国宰相を目指すのは無謀ではなかろうか。


「だが、あの小狡い男は、それを知れば露骨な教義違反は犯さぬであろう。

 そうなれば、私はあの男に一生に渡って贅沢な生活をさせねばならなくなる」


 そーゆー、細かい所は無視してもいい。

 というか、政治的に害が無ければ多少の贅沢は目を瞑ってもいいんじゃないか、・・・と思うけど、ピールハンマドには無理なんだろうな。

 宰相を見ると、目で促してくる。

 まだ、続けんの、コレ。


「色々と手は有るかと思います。

 そうですね、私でしたら修行をして頂くかと思います」


「修行、だと?あの男が修行などするものか!」


「ピールハンマド様、仮に将来、あなた様の跡継ぎが『修行などしたくない』などと言い出したら如何しますか?

 教え諭し、場合によっては強制してでも修行をさせるのでは有りませんか?」


「それは、そうかも知れぬが」


「ピールハンマド様とシャーフダグ殿が仮に親子になった場合、課せられるのはシャーフダグ殿にアーガー家の嫡流に相応しい生活をさせる事とお聞きします。

 では、アーガー僧正家嫡流の男子に相応しい生活とは何でしょうか?

 それは、勿論、修行でしょう。

 アーガー家の嫡流に名を連ねる者が、『正緑』どころか『譲緑』すら取っていないなど許される筈が有りません。

 アーガー家の祖先に対する罪、子孫に対する罪です。

 強制してでも修行して頂くのが正しいでしょう。

 百日行、五百日行、千日行、全て達成して頂くまで修行を継続して頂く、それが、アーガー家嫡流に相応しい生活だと考えます」


「修行が、相応しい生活、・・・確かに、それは、そうではあるが、・・・」


「分かったか。

 幾らでもやりようはあるのだ。

 其方より年下のカンナギでもこれぐらい思いつく。

 其方も少しは柔軟に物事を考える癖をつけるのだな」


 呆然としているピールハンマドに宰相が厳しい視線で助言する。

 まあ、オレ、中身、アラフォーだからな。

 見た目よりは小狡いよ。


「いや、そんな回りくどい事などせずとも、異教徒の売春婦と売春夫を何人か雇って部屋に放り込んでおけば勝手に変態プレイをやり出すから、衛兵引き連れて踏み込んで、教義違反でカゲシン外に追放してしまえばよかろう。

 後は勝手に野垂れ死ぬから手を汚す必要もない」


 突然、無茶苦茶言い出す内公女殿下。

 慌てて、口を塞いで引きずる羽目に。

 確かに効率的、ある意味、間違ってはいないけど、慈悲に満ち溢れた内公女殿下が口にしてよい内容ではない。

 クロイトノット夫人にお説教して貰ったが、一時間以上ロスした。


 戻ってみれば、落ち込んだピールハンマドを、何故かタージョッが慰めている。

 横では、ロリコン宰相が疲れ切った表情で侍女に腰を揉ませていた。

 何故か知らんが、オレがまとめてリハーサルを再開する羽目に。


 世の中、手間がかかる奴が多すぎる。

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