003.騎士団長との再会~星導者、職質される~


 東区の大通りを抜け、区画の境目である水路にかかる橋を渡ると、そこから先は中央区。

 そのまま貴族の屋敷が立ち並ぶ貴族街をそそくさと通り過ぎて、さらに城を取り囲む堀に沿って歩いていた僕は、


「あー、そこのキミ、ここは国王陛下のおわす王城だ。その周りで何をしているのかな?」


「女の子……だよな? その格好、王都の外から来たのか?」


 巡回中の城兵2人から職質を受けていた……。


「いえ、その……」


 たしかに、今の僕の格好は場違いだし、これから会う予定の人が僕だと分からないと困るということで、誰も見ていないところで顔と髪色の変装は解除していて、その代わりにまたフードを被っていて怪しさ満点かもしれないけれど!

 キョロキョロしてたのも良くなかったかもしれないけど!

 事情があるから聞かれても身分を隠さないといけないけれど!


 職質される星導者って……うぅ。


「き、輝光騎士団の知人に用事がありまして……」


 僕は思わずガックリ来てしまいそうなのを我慢して質問に答えるが、ドモってしまったのが良くなかったのか、城兵2人の目がスッと細められた。


「騎士団の知り合い……? 本当か?」


「その知り合いの名前は? あとキミの名前も。ああ、身分証でもいいよ。その鞄の中かな?」


 わー!? ダメダメ! この鞄の中には変態猫がいるんだって!

 今この変態が目覚めたら絶対にややこしいことになるから!


 城兵のひとりが鞄に手を伸ばしてきたので、思わず引っ込めてしまった。


「なぜ鞄を隠す! 中身はなんだ!」


「こらこら、女の子を相手にそんなに凄んじゃだめだって。それで、質問に答えてくれるかい? あとそのフードを取ってくれるかな?」


「……わかりました」


 ……仕方ないけど、このままいくと本気でどこかに連行されてしまいそうだし、顔を

見られるくらいは大丈夫かな……?


「知人の名前は、クレア……様です。クレア・グランツ様」


 名前を告げてフードを取ると、僕に詰め寄っていた2人は目を見開いて硬直してしまった。


「なんと……」


「美しい……ん? グランツ……? クレア・グランツ様って、輝光騎士団長の!?」


「え、ええ。そうですけれど……」


 ち、近い……。


 先程まで穏やかな口調だった方の城兵が我に返ると、急に詰め寄ってきた。


「それは流石に信じられない。クレア・グランツ輝光騎士団長といえば、殉職されたお母上の跡を継ぎ、女性の身でありながら20歳という歴代最年少で陛下より『グランツ』の名を賜った騎士爵様……さらには大戦で『あの星導者様』と共に戦われたという……騎士団所属で城勤めの俺たちからしても、雲の上の存在のようなお方だ」


「そうだぞ! 俺たちの憧れで国民の人気も高い! お前のような怪しい女が、あのお方と知り合いだと口にするなんて怪しすぎる!」


 2回も怪しいって言われた……。


 でもそうか……僕からすると剣の師匠で、真面目で優しいお姉さんって感じだったけれど、普通の人からするとそういう見え方になるのか……。

 王家への忠義が厚すぎて、ちょっと融通がきかないところが玉にキズ……なんて感想を持っているのは僕だけなのかもしれない。


 あと年齢の話をしてあげないで。

 彼女が騎士団長になったのはもう5年前だし、本人は気にしているだろうから……多分。


 ちなみにクレアさんは、僕がこの身体になってしまったあの日に、崩れ落ちた闇王の城から僕とクロを助け出してくれた張本人で、星導者が……『センツステル聖光王国王太子『アポロニウス・ジェス・クレスト・センツステル』が女の子になってしまった』という事を知っているごく僅かな人物だ。


 だからこそ、ツバキさんに手紙を渡して、事情を知るクレアさんに事前に帰還を知らせもらい、城に入る手助けをしてもらおうとしたのだ。

 まあ、僕の『本当に本当のこと』は彼女も知らないのだけれど……それはともかく。


 手紙に書いた待ち合わせ場所にたどり着く前にこんなことになってしまい、僕は非常に困っていた。

 指定した時間に遅れるとか立場に関係なく失礼な行為だし、この状況をどうにか穏便に切り抜けたいのだけど……。


『(……主様に無礼な口をきく不届き者共め……)』


 足元からはまるで『処しますか? 処しますか?』と言いたげな不穏な気配が漏れてるし!


「(むにゃ……はむはむ……)」


 鞄の中では変態猫が目覚めかけてるのかモゾモゾしてるし!

 って、何か咥えてるけど、それ僕の下着じゃないよねっ!? 見えないけど!


「キミの話が本当かどうか、とりあえず詰め所で詳しく聞かせてもらってもいいかい?」


 ついに任意同行を求められてるし!


「(あー、もう!)」


 こうなったら最終手段だけど、某サングラスのエージェントみたいに『見ると特定の記憶を失ってしまう謎のフラッシュ』を使うしか……。


「――これは何事だ。少女1人に大の男2人が詰め寄るなど……ん?」


 追い詰められた僕が変な考えになってしまっていたところで、僕から向かって正面、城兵の2人の背後から救いの手が差し伸べられた。


まず目に入るのは、その地位にいる者しか着用を認められない、王家の紋章が刻まれた輝光騎士団長専用の白銀の騎士鎧。光銀製のそれは輝光力を高める効果があり、軽いが非常に頑丈で、不思議と着用する者の身体に合わせて形状を変化させる。


 それを身につけるのは、僕が少し目線を上げるくらい長身の、赤髪を後ろで束ねた若い女性――クレア・グランツ。


「クレアさん! ……いえ、クレア様。お久しぶりです」


「こっ、これはでん―――」


 ――キッ


「ゴ、ゴホンッ。お久しゅ……久しぶりだな。ご健しょ……元気にしていたか?」


 今、睨みつけてなければ人前だというのに膝を付いてたでしょ……!

 「殿下」って言いかけてたし。

 言葉遣いもなんだか怪しい。

 騎士団長が膝をつく相手というのは、それはそれは一部の人間に限られるので、そんな事されたら僕がどんな立場にいるのかすぐにバレてしまう。

 僕も、久しぶりにクレアさんの顔を見て思わず普通に呼んでしまったのは良くなかったけれど。


「ええ。お陰様で、無事に……戻ってまいりました」


「それは良う……良かった。それで、そこの2人は騎士団の者のようだが、このか……この娘に何をしていたのだ? まさか軟派なことなどしておらぬだろうな……!?」


「き、騎士団長! 違います! ナンパなどしておりません!」


「わ、我々は定められた職務に従い巡回中、少々変わった格好の人物を見かけました。事情を聞こうと声をかけたのが、この少女だったのです」


 いつの間にか膝をつく騎士の礼をしていた城兵さん2人は、憧れの騎士団長で貴族のクレアさんに睨みつけられ、冷や汗をダラダラと垂らしている。


 僕のせいで、ごめんなさい……。


 そしてどうやら、クレアさんの鬼教官っぷりは健在のようだ。


「落ち着いたとは言えこの時世にも関わらず、明らかに国外から来たような旅装。さらには話の中で『騎士団長とお知り合いだ』と言いますし、身分証を提示していただけなかったので少々怪しいと思ったのですが……本当にお知り合いだったのですね」


「怒鳴ってしまって、申し訳なかった」


「いえ、おふたりはきちんとお仕事をされただけですし、私の格好にも問題があったことは理解していますので、気にしないでください」


「(笑顔が可愛い……)」


「(女神様……)」


「……何を大の男が揃って顔を赤くしている。もういいから、さっさと職務に戻れ!」


「「は、ははっ!」」


 城兵の2人はきれいに敬礼をすると、城の周りの巡回に戻っていった。


 良かった……。これでようやく城に入れそうだ。


「ああ、言い忘れていたがそこの2人っ!」


「「はっ!」」


「この娘は私の『個人的な』知人だ。今日ここで見たことは忘れろ。いいな?」


「「了解!」」


 なんだろう、僕のことを言いふらさないように注意してくれたのかな。

 『個人的』というのを強調してたからそう思ったけど、それ、何か誤解されないですか?


「さぁ、行こうか」


「ええ……わかりました」


 まるで姫をエスコートする騎士のようなクレアさんについて、僕は一部の人しか知らない裏口からようやく城に入るのだった。



*****



 ――巡回に戻った名もなき城兵の会話。


「はー、まさか訓練以外で騎士団長とあんなに近くで話せるなんて、俺たちは運が良かったな」


「そうだねぇ、話の内容は冷や汗ものだったけど」


「それにしても、あの騎士団長がわざわざ『個人的な』と言うなんて、珍しいな」


「あの女の子のことを秘密にしておきたい様子だったかな……?」


「ああ。そんな感じだった。服はともかく、見たことないような別嬪さんだったな」


「ええ、城の晩餐会の警備で見た貴族のお嬢様達と比べても、数段上でしょうね」


「団長も別嬪さんだけどな。見た目も立場もあるのに、まだ独身なんだっけ? なんでだろうな」


「しっ、その話は騎士団でもタブーだよ。でもたしかに、なぜだろうね……?」


「……」


「……」


「……なぁ、騎士団長とあの子が向かった方って、何かあったっけ?」


「……城の裏手の方か。あっちは騎士団の訓練場と、非常時に木材を確保するための林が広がってて、ちょっと薄暗いし人気もない……まさか」


「……」


「……」


「なぁ、俺たち、とんでもない現場を見てしまったんじゃね……?」


「……その考えは不敬だね。不敬だけど……」


「キツイけど美人な団長と、しばらく国外にいたらしい超絶美少女……」


「ふむ。あの団長が実は……女性同士というのもまた……そうだったとすると、納得行く部分もあるね」


「……」


「……」


「俺たちは何も見なかった、いいな?」


「ええ、もちろん。自分たちが何かをして、あの2人の仲を邪魔するなど無粋だからね」


「よしっ! 今日の勤務明けは飲むか!」


「そうだね、飲もう」


 ――名もなき城兵の友情が深まる夜になったという。



*****


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