第2話
「喜べシリウス。お前の希望が通ったぞ」
目元は爽やかでキリッとしている。目端が吊り上がっていてシュッと細い顔立ちはにこりともしていないので冷淡な印象を与える。
同年代の男性、いや女性より小さい背丈の騎士の衣装とサーベルを携えたシリウスは直立不動の姿勢を崩さないまま、騎士風の敬礼をした。
「ありがとうございます」
上官である騎士隊長は、それから説明をはじめた。しっかりと内容を把握して子細を漏らさないでやりとりを終えたシリウスは、部屋を辞す。
小さく息を吐いた。自分の部屋に戻りかけている途中、逸る気持ちを抑えようとして、自然と足早になる。
けど、とまらない。
ドキドキと膨らむは掻き毟りたくなる衝動に。心臓が忙しなく早鐘みたいな鼓動を刻んでいく。全身の血が沸騰しそうなほどの昂ぶりで呼吸が荒くなっていく。
そして、気分が最高潮に達した瞬間、
「いよっしゃああああああああああああああああ!!」
人目も憚らず叫んだ。
(ようやく・・・・・・ようやくです!)
ガッツポーズを維持したまま、ブルブルと歓喜に震える。
(ようやくあなたのお側に参ることができるのです! クローディア様!)
十七歳のシリウスは十七歳、母によって男として生きている女の子だが騎士になっていた。
十三歳のときに性別を偽り、騎士隊に入隊したのだ。
騎士になれるのは男性だけだ。騎士になると家族に伝えたとき、家族はぽかんとしてから、猛反対を受けた。気弱で泣き虫な性格だったシリウスには無理だと。
家出に近い状態だったが、今では手紙のやりとりをしている。応援とまではいかないが、心配されるくらいには理解されている。
性別を偽り、騎士になったことが誰かに知られればそのまま重罪となるだろう。皇帝、ひいては帝国への偽りに直結するのだから。
(だが、それがどうした)
死をおそれてはいない。
もしそのときがきたら甘んじて罰は受けよう。
シリウスが仕えたいと心の底からの渇望は、それほど強く激しく、シリウスを変えたのだ。
「おー、おー。そんなにはしゃいで。どうしたよ」
意地悪そうな軽薄の声に、シリウスはハッと我を取り戻した。
「ああ、あなたかレイモンド」
同期の青年が、にやにやしながら立っていた。
「よっぽど楽しいことでもあったのか? 尻尾が揺れてるぜ?」
後ろに一つ結びで結んでいるふわふわの長い髪の毛を、いつもの調子でからかわれても、シリウスはどうでもよかった。
「別に。僕の念願が叶っただけだ」
「へぇ~~~。例の皇女殿下の護衛にってやつだっけ? そいつぁご愁傷様」
入隊した時期が一緒で、共に従者からの修行期間を経たレイモンドは、なにかとシリウスをからかう。もう慣れたものだが、シリウスとしてはげんなりする相手だ。いつもより冷たくあしらいたくなる。
「お前ももったいねぇなぁ。お前ほどならもっと良い隊にいけるだろうに。親衛隊とか」
「どうでもいい」
「出世コースに乗りたくないのか? 給金を上げたり奇麗なレディーとお近づきになれるぜ? お前だったらモテモテだぜ?」
「下品だ死ね」
「なぁなぁ、シリウス。おおいぬちゃんよ」
(なんだこいつは・・・・・・)
歩きながらしつこく絡みつくように話しかけるのをやめないレイモンドに、ムッとしてくる。
「お前、もったいねぇな。騎士になったってのになにが楽しいんだ?」
「そんなもの求めてない」
「お前、生きてて楽しいか?」
「・・・・・・殴るぞ?」
いい加減に腹がたってきたシリウスは肩に置かれた手を払って、キッ! と睨んだ。
鋭い刃に似たシリウスの眼光はときとして相手を威圧するほどだが、レイモンドは付き合いが長いから肩を竦めてわざとらしく「ああ、こわいこわい」とおどけただけだ。
「はいはい。そうだもんな。子犬ちゃんは皇女様にお熱だもんな。それが騎士なんだもんな。えらいえらい」
子犬。名前に反して背丈が小さいシリウスをからかうためにいつしか呼ばれるようになった愛称と、馬鹿にしているとしかおもえない態度はなんなのだろう。
他の同年代の騎士達も、先輩も後輩にもしていない。シリウスだけにだ。
昔のままだったら、シリウスはきっとなにもできず泣いていただろう。だが、長い月日と努力、そしてクローディアへの気持ちが根底にある。凜々しく動じず、男らしく成長し、女性ということがバレないほどに油断のない、少年へと変わったのだ。
だから、レイモンドへの態度も隠していつものように受け流すことができる。
「たく、なんだってあのクローディア様に仕えたいのかねぇ」
レイモンドはクローディアとは会ったことがない。
噂程度でしか知らないが、侮辱の意図はなかった。
ただシリウスと自分が違いすぎる。
騎士としての在り方、目的がかけ離れすぎている。だからこそシリウスの頑迷なまでの意志が理解できないから、ぼやいただけだった。
「聞きたいか?」
(あ、しまった・・・・・・)
レイモンドは己の迂闊さを後悔した。
「僕とクローディア様の思い出を。どれだけあのお人が素晴らしいかを」
「い、いや。それについてはもう――」
ガッシリと肩を掴まれた。
握力が半端なくて逃げられないし、なにより片方の口角が上がって血走った白目と相まって狂気がある。
「いいだろう。また聞かせてやる」
「いや。いいって! 」
「ではまず僕とあのお人との出会い、序章からだ。いいか?」
「序章どころか出会えていない期間までも脳内に保管した全百章にも及ぶ壮大な思い出語りはいいって! 長いだけじゃなくて淡々と語ってるお前の顔もこわいから!」
クローディアとの出会いは、今でも鮮明に思い出すことができる。
今離宮で暮らしているこの国唯一の皇女殿下との出会いは、強く逞しく立派な騎士へと。そして、盲目的な愛と友情を語るととまらない、いきすぎた変人へと変えてしまった。
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