第99話 完敗

「前方の草むらに20人くらい隠れている! こちらからは手を出せないが気を付けてくれ!」


 俺がみんなに注意喚起をするとカレンが


「大丈夫よ。フレスバルド家の火の紋章とリーガン家の本の紋章。この2つの紋章が施されている馬車を襲うバカなんていないわ」


 はいー。フラグ回収ありがとう。


 俺たちが草むらを通り過ぎようとすると一斉に20人の男たちが俺たちに攻撃を仕掛けてきた。


 カレンがワゴンから降りながら怒鳴る。


「この火の紋章と本の紋章が見えないの!? フレスバルド公爵家とリーガン公爵家両方を敵に回すつもり!?」


 賊たちはカレンの言葉を無視して攻撃を仕掛けてくる。


 【黎明】女子メンバーもワゴンの外に出て応戦をする。


 戦いながら賊たちは女子メンバーの品定めをしている。


「おい、お前らこの女たちに傷はつけるな! ガスター様に献上できれば出世もできるし、ランクも上がるぞ!」


 ガスター様? こいつらの雇い主か? 出世とランクが上がるというのも気になる。


 賊たちは意外にも強かった。


 そして俺に対して集中的に攻撃してくる。


 俺にとってはかなり都合がよい展開だった。


 俺は賊たちが固まったところにトルネードを放った。


 もちろん加減はしている。そのせいか何人かはレジストしているが身動きが取れる状況でない。


 上空に飛ばされた賊たちを1人1人ウィンドで女性陣の前に落として手足をロープで縛ってそこらへんに転がす。


 レジストしていた賊たちも数が少なかったのですぐに地面に転がすことが出来た。


 だがここで一つクラリスたちはミスを犯した。


 目隠しをしなかったことだ。


 転がされた賊たちは仰向けになって上を見上げる。


 当然女性陣達は制服な訳で……スカートな訳で……その視線に気づいたのは全ての賊たちを地面に転がした後だった。



 その視線を感じ取ったクラリスが冷たい目をしながら魔法の弓矢を構えて賊たちに狙いを定める。当然狙う場所は一つだ。


 賊たちはこれから何が行われるか分からないからまだにやけた顔をしているが、俺は何が行われるか分かっているので、クラリスを手で制す。


「クラリス。不可抗力……ではないかもしれないけど今回は大目に見てやってくれ。俺でもあの状況になったら、目を逸らさずにはいられないと思う。もちろん賊たちはメサリウス伯爵に突き出してそれなりの刑に服してもらう」


 するとクラリスが


「分かったわ。マルスの顔に免じて今回だけは許すわ」


 良かった。20人の男の人生がここで終わる所だった。


「それにしてもこいつらは何者? リスター連合国でフレスバルド家の火の紋章を目にして向かってくるなんて考えられないわ……」


 カレンがそう言ったので


「それもメサリウス伯爵の所で聞くことにしよう。とりあえずこいつらを馬車につないで早くメサリウス伯爵の所に行こう」


 俺たちは賊たちを馬車で引きずりながらメサリウスへ向かった。


 それにしても賊たちの様子が少しおかしい。


 これから断罪されるというのになぜか余裕そうだ。


 俺たちが話しかけても何も返事をしてこない。


 ただ馬車に引きずられて痛そうではあるが、悲壮感が全くないのである。



 領都メサリウスまでもう少しという所で、俺の魔力眼が反応した。


 この先霧が濃いのだが、どうも自然現象ではないらしい。


 風魔法で霧を払うといつの間にか俺の隣にいた男に


「おぉ……凄いですね……かなりの風魔法の腕前だ……」


 と言われて俺は咄嗟に雷鳴剣を抜いた。


 人に向けていいような代物ではないと分かっているのだが、そんなことを言ってられない強さだと俺は直感した。


 その予想は的中してしまい、いつの間にか俺の腹に短剣が刺さっている。


 いつ刺されたのかが分からない。ただ腹部が熱いと思ったら刺されていたのだ。


「ぐっ! 何者だ!?」


 俺が大声を上げるとワゴンの中から女性陣が何事かと出てきた。


「私の名前はガスター。そこで引きずられている男たちのリーダーです。交渉しにやってきました。今回は見逃してあげるので仲間を解放してくれませんか? 弱い奴らですが仲間を見捨てるわけにはいかないので」


 するとカレンが


「そんな事出来るわけないじゃない! お前たちはフレスバルド家とリーガン家に喧嘩を売ったのよ!」


 興奮しながら言うと、クラリスがカレンを制する。


「カレン待って! マルスが刺されているわ!」


 カレンは俺が刺されている事に気づくと


「そんな……マルスが致命傷を受けるレベルの相手だなんて……」


 カレンの言葉にガスターと名乗った男が


「フレスバルド家とリーガン家に喧嘩を売る? どういうことですか? 我々はメサリウスへの物流と人流を妨害するだけですが……この馬車の紋章……そう言う事でしたか……失礼しました。私たちは依頼人に騙されていたようです」


 ガスターという男がそう言って頭を下げてきて話を続けた。


「さすがにフレスバルド家とは絶対に事を構えたくはないのです。そしてリーガン公爵には大恩がある……どうすれば許されますかね? もちろん仲間は見捨てることは出来ませんが。とりあえずあなたの傷を癒しましょう。リュゼ! 彼を回復しなさい」


 そうガスターが言うと先ほど俺が吹き飛ばしたはずの霧が復活しておりその中から大人の女性が俺の所に歩いてやってきた。


 そしてその女性が俺の腹部を触り「ヒール」と唱えて腹部が回復した。


 刺されていた腹部の短剣はいつの間にか抜かれてどこかにいっていた。


 リュゼは俺の腹をヒールで治すとまた霧の中に消えていった。


「では俺の質問に答えろ。お前は何者だ? 雇い主は誰だ?そしてなぜメサリウス領への妨害をする?」


 俺は雷鳴剣を構えたままガスターに対して質問した。


「先ほども言いましたが、私の名はガスターです。こう見えてもA級冒険者でクラン【幻影】のクランマスターでAランクパーティの【幻影】のリーダーです。当然ですが今回のクエスト依頼主は言えません。そしてメサリウス領への妨害はクエストだからとしか言えないです」


 ガスターがそう言うといつの間にか先ほどまで手足を縛って馬車につないでいた賊たちがガスターの後ろに居た。


「……いつの間に!……」


 エリーが珍しく焦った声を上げた。


 俺もいつの間にか賊たちがガスターの後ろに居て焦った。


「もう質問は無いようですので、我々はこれで失礼しますよ。もうメサリウス領への妨害を私たちはしません」


 そう言うとガスターたちは霧の中に消えていった。


 俺はガスターが霧の中に消えていく前に鑑定をした。


【名前】ガスター

【称号】短剣王・暗殺者

【身分】人族・平民

【状態】良好

【年齢】28歳

【レベル】60

【HP】152/152

【MP】174/201

【筋力】76

【敏捷】104

【魔力】50

【器用】124

【耐久】48

【運】1

【特殊能力】短剣術(Lv9/B)

【特殊能力】火魔法(Lv6/C)

【特殊能力】水魔法(Lv7/C)


【装備】神速の短剣

【装備】幻影の短剣

【装備】幻影のローブ

【装備】幻影の靴

【装備】守護の指輪


 これがA級冒険者か……気配すら悟れないなんて思ってもみなかった。


 正直バーンズよりも絶望的な力の差がある様に感じた。


「みんな怪我は無いか?」


 ガスターたちが去った後に俺が女性陣に聞くと女性陣は「ない」と言って俺の所に駆け寄ってきた。


「マルスは大丈夫なの?」


 クラリスが涙をためながら俺に聞いてきたので「大丈夫」と答えた。


「完敗だったな……全く勝てる要素が無い……これがA級冒険者か……俺はかなり自惚れていたようだ……」


 纏雷と神威カムイを使えばと思うかもしれないが、それ以前の問題だと思った。いつ攻撃されたか分からないのだ。


 ずっと纏雷や神威カムイを展開しているわけにはいかないので俺がガスターを認識できるようにならなければ、意味が無いのだ。


「……相性の問題……パパなら勝てる……でもパパはマルスには勝てない……かもしれない……」


「さすがエリーだな。俺もそう思う。バーンズ様なら絶対に勝てるだろう。何せバーンズ様は耐久力とHPが高かったからな。ガスターの攻撃を何回か食らっても平気だろう。その間にガスターを容易に捕まえておわりだろうな。


そして俺のことを持ち上げすぎだよ。俺はバーンズ様にも勝てないよ。だけど負けっぱなしという訳にはいかない。また再戦する日が来るかもしれない。俺はもっと強くなるよ」


 俺がそう言うと女性陣がみんな俺に抱き着いて来た。


 女性陣の目には涙が溢れていた。


「神聖魔法使いもいたね。さすがAランクパーティね。それに結構上位だと思うのよね。いくらAランクパーティと言っても神聖魔法使いが全パーティにいるとは限らないから」


 ミーシャがそう言うとカレンも頷いてから言った。


「あのリュゼっていう神聖魔法使い多分リスター帝国学校出身だと思うわ。そう言う名前の神聖魔法使いがリスター帝国学校に居たと聞いたことがあるから」


「とにかく警戒をしながらメサリウスへ急ごう。ガスターは襲ってこないと思うが、同じようなクエストを 受けているパーティがあるかもしれない。エリー、悪いが俺と一緒に御者をやってくれないか? 俺だけでは索敵しきれないという事が分かったからな」


「……分かった……私もガスターの気配分からなかった……」


 エリーがそう言いながら御者台に乗ってきた。


「短剣ってあんなに強いとは思わなかったな。俺も卒業するまでに……いや3年になる時までには剣王になれるように頑張るからエリーも一緒に短剣王を目指して一緒に頑張ろう!」


「……短剣王……絶対になる!……」


 俺とエリーの会話をワゴンで聞いていたクラリスとカレンが


「私も弓王になるわよ!」


「じゃあ私は火王ね」


 2人の会話を聞いていたミーシャも


「私は槍王かな? グレンが在学中にいっぱい教えてもらわなきゃ」


 新たな決意をして俺たちはメサリウスに向かったのである。

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