第四伝 ハクいスケ
「それで…何なのこの状況は」
呆れた声を出す二香。
腕を組んだ状態で人差し指だけをトントンと動かしている。
現在、白鳥二香、蓮水瑠衣、泉坂愛宕の三人が仲良く保健室のベッドで寝ていた。
その正面にある椅子にポツンと八雲が座っている。
「何なのと言われても…俺が保健室に運んできただけとしか…」
「はぁ…貴方に聞くまでも無かったわね、それより貴方、い…いきなり人を抱き抱えるなんてお、おかしいんじゃないの!? さっきも言ったけどやめて頂戴!!」
「だからそれは咄嗟の事だったって言ってるじゃないですか」
「咄嗟の事って貴方、瑠衣とそこの泉坂愛宕を運んでくる時だって抱き抱えてたじゃない!!」
「いや、それは腹担いで行くのもあれだし、なんなら腹担いで行こうとしたら二人とも顔歪めるしで…」
瑠衣も愛宕も脇腹に甚大なダメージを負っているので痛がるのも当然である。
「言い訳しない! …まあここまで運んで来てくれた事には感謝するわ、ありがとう。でもそれとこれは話が別よ!!」
「…そんな事より「そんな事より!?」瑠衣は大丈夫でしょうか…」
不安げな顔を見せる八雲に二香はため息をつく。
「パッと見る限り二人ともすぐには治りそうもない傷ね、いくらスケバンと言ってもこのレベルの傷じゃあ治りは遅いわ」
「どうにかなりませんか?」
二香は腕を組むのをやめて、横のベッドで寝ている二人を見る。
「どうにかって言われてもね───」
そこで二香は何かを思い出したかのようにそういえば、と続けた。
「前に噂で聞いた事があるわ、どんな傷でも治す事ができるスケバンが街の外れの廃病院をシマにしてるって…」
思わずゴクリと唾を飲み込む八雲。
「す、凄そうですね…」
「まあ、眉唾の話だけど行ってみる価値はあるんじゃないかしら」
二香は徐にベッドから降りると瑠衣の顔を覗き込む。
スヤスヤと寝息を立てている瑠衣を見ると、むしゃむしゃと自分の髪を食べていたので取ってやった。
「もう、大丈夫なんですか?」
「はぁ…あのねぇ、そもそも私は初めから大丈夫だって言っているでしょう、少しフラフラしてただけで大袈裟なのよ、全く…」
そのまま暫く瑠衣の顔を見つめていた二香は八雲の方へと振り向いた。
「病院へは私が連れて行くわ、瑠衣には早く良くなって貰いたいし、また貴方に抱き抱えられでもしたら大変」
「本当ですか? いや、助かります! でも一人だとやっぱり大変そうだから俺も着いていきますよ」
「人の話聞いてた? 貴方がいたら大変って言ったのよ…まあいいわ、確かに人手が欲しいのは事実だし」
そこまで言うと、二香は懐やら腰の方やらを手でペタペタ触り始めた。
「あ、そもそも私自主練の最中だったの忘れていたわ、貴方…八雲くんだったわね、ケータイ貸してくれない? 電話してもいいかしら?」
「ああ良いですよ、はい」
学ランの内ポケットからケータイを取り出すと二香に手渡した。
そのままどこかに電話をかけると、すぐに繋がったようで二香が話し始めた。
「もしもし、私だけど…二香よ、そう…ちょっと人のを借りてるのよ、ええ…そんなんじゃないわよ、ちょっと車を用意して欲しいの、そう車…いやいや普通ので良いわよ…ちょっと、違うって…そんなんじゃないって言ってるでしょ…そう学校の前に停めておいて…五分後ね、お願いするわ…だからそんなんじゃないって言ってるでしょう!!」
段々と握り締めたケータイがミシミシ音を立て始めたので思わず焦り出す八雲。
「あの…二香さん? 壊れちゃう…ケータイ壊れちゃう」
ケータイの悲痛な叫び声にようやく気付いたのか、「頼んだわよ!」と言って電話を切ると、二香は八雲にケータイを返した。
「ごめんなさいね、ちょっと熱くなり過ぎちゃって…」
「いや…まあ大丈夫です」
本当に大丈夫だよな? と二三回電源を入れたり消したりしていると、二香が保健室のドアの前まで歩いて行った。
「それじゃあ聞いていたと思うけど五分後に車が来るから、私は今のうちに自分の荷物を持ってくるわ、それと…変な事しないようにね!」
そこまで言うとドアをピシャンと閉めて二香は剣道場へと戻って行った。
「金持ちなのかな…」
暫くしてからボソリと八雲が呟くと、瑠衣がうーんと唸りながらゴロリと寝返りをうった。
良く耳を澄ますと何かゴニョゴニョと寝言を言っている。
「起きたのかと思ったが、こんな傷だらけでよくぐっすり眠れるもんだな、それにしても…なんて言ってるんだ?」
瑠衣に近寄ってもやはりゴニョゴニョとしか聞こえなかったので口元に耳を近付けると、
「ダメだよ二香…八雲をいじめちゃ…泣いちゃうよ…」
「は?」
耳を近付けた状態で思わず声が出てしまう八雲、更に丁度その時二香がドアをガラッと開けて帰ってきた。
片手には瑠衣が使っていた折れている木刀を握り締めていた。
「ちょっとこれ!! 木刀が折れて───」
その時、八雲と二香の目が合った。
「あああああ貴方何やってるの!! 瑠衣に顔近づけて何しようとしてるの!? いや、何をしていたのよ! 信じられない、寝込みを襲うなんて最低よ!!」
顔を真っ赤にしながら叫ぶ二香に、八雲は嫌な汗が流れるのを感じた。
ドアからだと八雲の体勢は瑠衣の口元に顔を近付けている変態にしか見えていなかったのだ。
「二香さん…落ち着いて聞いて下さいね、貴女は大きな誤解をしている」
「言い訳無用!! そもそも私を抱き抱えた時から手付きがいやらしかったのよ!!」
最早折れた木刀の事などどうても良くなったのか、横に投げ捨てると背負っていた竹刀袋から得物を取り出し八雲にビシッと向ける。
慌てて瑠衣の身体から離れて両手を上げ降参のポーズを取るがもう遅かった。
「ちょちょちょ!! 竹刀はやめて! 俺の話を聞いて下さい!!」
「成敗!!」
「うわああああああああああああああ!!!!」
そんな姦しさの中、熟睡している瑠衣がまた何か寝言を呟いていた。
「う〜ん…だから八雲をいじめちゃ…ダメだってば…」
◇◇◇
「着いたわ、ここが例の廃病院よ」
大型の車から出てきたのは、制服へと着替えた二香だった。
「ここが…」
次いで出てきたのは顔中に湿布を貼った八雲、そして女性の運転手だった。
「二香様、お気を付けて」
「ええ、貴女にはここで少し待ってて貰う事になるけど、二人を宜しくね」
後ろの席には愛宕と瑠衣が二人で仲良く眠っていた。
かしこまりました、と一礼すると、運転手は車の中へ再び戻った。
「ここ、何だか寒く無いですか? 学ラン着てれば良かったかも…」
車から出る前に八雲は学ランを瑠衣の肩にかけていたので、今はシャツの袖をまくった状態だったのだが、思いの外寒く両腕を擦り付ける。
「動けばその内温まるわ、それよりさっさと行きましょう、廃墟なんだし暗くなったらもっと危険よ」
二香は特に怯えることも無くずんずんと進んでいき、扉に手をかけ中へと入っていった。
「えぇ…マジかよあの人、度胸あるなぁ」
顔の湿布を剥がしながら八雲も中へと入っていった。
◇◇◇
中に入ってみると、そこら中にダンボールやらコピー用紙らが散乱していた。
まさしく廃墟と呼ぶべきその有様に八雲は驚く。
「これ…荷物とかどうしてそのままにして行くんだろ…立つ鳥跡を濁さずって知らねえのかな」
患者のカルテらしき物を拾いながら思わず呟く。
「全部要らない物なんでしょ、それより聞いてなかったけど、あの泉坂愛宕に瑠衣は勝ったのよね?」
先を歩いていた二香が振り返って質問する。
決着の場面こそ見てはいないものの、それでも二香には瑠衣が勝ったという確信があった。
「ええ、最後まで立っていたのは瑠衣の方でした」
「ふふ、当然ね」
少女の様に笑うと、自分が勝った訳では無いのに、何故か得意げになる二香。
(意外と子供っぽい所あるよなぁこの人)
口に出したらまたボコボコにされそうな事を思いながら八雲は辺りの散策を始める。
二人が現在いる場所は受付だった、正面にはカウンターが有り、左側には奥へと続く廊下が有る。
「外から見ても分かってはいたけど、かなり広い病院だったみたいね」
二香が見ていたフロアマップには3階まで載っていた。
「本当にこんな所に居るんですかね、どんな傷でも治せる人ってのは…」
辺りを見回しても明らかに人がいる雰囲気はしない。
「さぁ、分からないけど何もしないよりはマシでしょう、それよりここからは手分けして探しましょうか」
人を探すだけなら、二人で固まって動くよりも二手に別れた方が建設的である。
「じゃあ俺取り敢えず3階から探してみますよ、上の方が老朽化とか激しそうですし」
「そう、それならお言葉に甘えさせてもらうわ」
二香は廊下の奥へ、八雲は入って右手にあった階段を3階まで登り同時に人探しを始めた。
プルルルル、と無機質な音が病室に響く。ピッと音を鳴らして電話を取ったのは二香。
「もしもし、どうかしたの?」
電話の相手は先程の運転手の人だった。
『はい、それが二香様の御友人の泉坂愛宕様が今そちらに独りで行ってしまわれて…』
「別に友人では無いのだけれど…まあいいわ、どうしてそんな事になったの?」
『先程お起きになられた際に事情を説明した所、止めたのですが、私は一人で行けると聞かずに…』
ケータイを片手に病室のカーテンを開けたりしながら、散策をする二香。
「はぁ…まあ彼女もスケバンだし大丈夫でしょう、それより瑠衣はまだ寝てる?」
『まだ寝ています』
「そう、ならいいわ」
丁度その時上の階から男の「うわああああああああああああ!!!!」という絶叫が聞こえてきた。
聞き覚えのあるその声に二香は思わず溜息をつき頭に手を当てる。
『何やら叫び声が聞こえましたが…ご無事ですか?』
「ええ…何の問題もないわ、それじゃあ瑠衣が起きたらまた連絡を頂戴、切るわね」
電話を切ってポケットにケータイをしまうと、再び別の病室へと入っていった。
一方その頃、3階では、
「うーんどうも人がいる形跡というか気配というか、何もないなぁ」
3階に辿り着いた八雲が床のホコリを指で取り、フッと息を吹きかける。
「ホコリとか溜まってるけど足跡とか何も残ってないし...」
通路まで出て見渡してもやはり人のいる気配が感じられない。
「おーーい、誰かいますかーー!?」
大きな声を出して呼び掛けるも、勿論返事は帰ってこない。
「この階にはいねえのかな、それにしても雰囲気あるなぁ…」
1階ほど物が散乱している訳では無いが、やはり全体的に薄暗く、誰もいない空間に異様な雰囲気を感じる八雲。
「そう言えば、股から覗くと幽霊が見えるとかいう都市伝説聞いた事あるな、やって見るか」
八雲のやろうとしている事は、『股のぞき』と呼ばれており、自身の股の間から顔を出し、逆さまにものを見る日本の民俗風習のひとつである。
物は試しと、腰を掴んで股から通路を覗居てみるが、頭に血が上って苦しくなるだけだった。
「うッ…やっぱ何も見えないわ、下らない事はやめてさっさと探すか」
起き上がって前を見たその時、目と鼻の先に誰かが居るのを発見した。
鼻と鼻が触れるか触れないか位の距離に居た人物に八雲は思わず叫び声をあげる。
「うわああああああああああああ!!!!」
尻餅を着いて明らかに後ずさる八雲、目の前に居た人物はナースの格好をしており、パッと見では普通の女性だったが、よく見ると透けていた。
「あ、ああ…ゆ、幽霊だ…初めて見た、本当に透けてるんだ…」
驚きのせいで頭が回らない八雲。
目の前に立つ彼女は
(あっ、俺ここで死ぬんだ)
八雲が死の覚悟をした瞬間、そのナースが後ろを向いた。
「…?」
その動きに困惑する八雲、そしてナースが急に腰から振り返ると、右手で目の前に横にVサインを作り、決めポーズを取ってウィンクをする。
「廃病院ゴーストナーススケバンの~~
そのままクルンと半回転し、腰に手をあて腰の抜けた八雲を見下ろした。
あまりのギャップに八雲は一言。
「よ、よろしく~ぅ」
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