二人で銭湯へ

「あの......」

「んん? なぁに?」

「誰もいませんね」

「そうねぇ。貸切状態だし、泳いじゃう?」

「それは遠慮しときます」

 とても大きなお風呂の中にアンナとネイ。この二人が、なぜか公衆浴場にいた。

 なぜこうなったのか。時は遡ること少し前。


 部屋でぼーっとしていても何もすることがない。眠れない体質なので、天井のシミでも数えて遊んだり、今後の旅の妄想をしたりして時間を潰していた。

 早くお風呂が沸かないだろうか。そう思いながら一分、また一分と待っていると、とうとうドアがノックされた。

 ベッドから起き上がって「んん〜」と背伸びをし、「どうぞ」と言うと、ネイさんが入ってきた。

 そしてサラッとさも当たり前のようにとんでもないことを告げてきた。

「ごめん。お風呂からお湯が出ないや」

「はい?」

 思わず聞き返してしまった。

 申し訳ないと自覚しているのか、段々と繕っていた笑顔が苦笑いに変わり、それで誤魔化そうとするネイさん。

「ちょっと待ってください。じゃあ水風呂ってことですか? なんなら別に今日は入らなくても......」

「いやそれはダメよ。旅の途中は仕方ないにしても、休息のために街にいるなら話は別。身だしなみは整えないとね」

 言われてみればそうだ。悪臭を放ちながら街を歩く方がズレている。

「でもどうするんですか?」

「銭湯よっ!」

 しばらく考え込むと思っていたら、ネイさんが即決した。もう夜の八時くらいだというのに、一日の疲れなんてまるで感じさせないような様子である。

 まるで何かを楽しみにしているようだ。

(何企んでるんだ?)

「ってわけで、ほら。もう二人分の着替えは用意したし、あとは行くだけ。どうする?」

 ネイさんが持っている手提げカバンを見ると、中には確かに着替えとタオル、そして持ち運び用の美容品の数々が詰まっている。

 ここまで用意してくれたのなら、まあ行かないのも申し訳ない。

 それにお風呂に入れば気持ち良くなるのは本当だ。

「はあ......。仕方ない、行きましょう」

「イエイ!」

 先に勢いよく家を飛び出していったネイさんの後を追って、アンナも渋々外に出た。


 こうして銭湯までやってきたと思えば、ちょうど平日で人もいなかったタイミングに来てしまったのである。

 ちなみに外観は意外としっかりしていたが、経年劣化を感じる壁の穴や床の穴を塞いだ跡、しわくちゃな顔の店番おばちゃんなど所々不安を感じる部分があった。多分人が少ない理由もこのボロいイメージのせいかもしれない。

 それでも更衣室を超えてお風呂のドアを開ければ、目の前に待っていたのはちゃんと手入れされた浴場であった。

 二人は浴場にある大きな浴槽を貸切のように、広々と堪能している。

 そして二人しかいないので、お湯がはねる音やお互いの呼吸、その他全てが繊細に聞こえ感じ取れてしまう。

「アンナちゃん。それはそうと、なんか落ち着きないね」

 ネイさんがわざとらしくニンマリ笑顔でからかってくる。二人で一緒にお風呂に入ると、流石に初対面というのもあって少し恥ずかしいし、動揺だってしてしまう。

 そして何よりの動揺の原因は隣のネイさん本人にあった。

「ネイさんの体がその.......。思ったよりすごくて。感心してました」

「でしょ? 体格とスタイルに恵まれたからねぇ」

 服の上からでもわかる暴力的なボディだったのだが、裸になってより一層その凄さがわかった。

 とにかくすごい。そしてめちゃくちゃ引き締まっており、腹筋もガチガチに硬そうな見た目をしていた。

 今まであそこまで整った人の体を目にしたことがなかったので、思わず目線が釘付けになってしまい、申し訳なくなってくるのだ。

「どう? ちゃんとお手入れしてるのよッ!!」

「腹筋触っても?」

「ばっちこ〜い!」とお風呂の中で立ち上がって、腹筋を見せつけてくるネイさん。

 お言葉に甘えてさわさわすると、本当に硬くて筋肉を感じた。

「お、おほぉ、くすぐったいぃ」

「ご、ごめんなさい」

 ネイさんは天才かも知れないが、あの筋肉は努力で磨き上げたものだとわかる。

(それに比べてウチの体は......)

 腹筋は普通。でも身体中の筋肉は一般人程度の見た目で、少し頼りない見た目なのは確かだ。

(ま、他所はよそ。ウチはウチだな)

 とはいえ体のことはどうでもいい。鍛えようとかそう言ったことは面倒であり、維持する労力が無駄に感じるので、おそらく今後肉体改造を勤しむことはないだろう。必要に迫られたら考えないでもない。

 などと考えていると、ネイさんがアンナの体を隅々まで眺めているのに気付く。そんなに見るものではないと思うのだが、やはりネイさんから見るとアンナは素材が良いというわけだろうか。前にもそのようなことを言われた記憶がある。

 そしてその考えの通り、ネイさんに外見的容姿を褒められた。

「それにしてもアンナちゃんも大概よ? お胸も豊満だし、お顔も整ってるし。お人形みたいね」

「人形ね......」

 しかしこれは自分であって自分じゃない。恐らく他人の少女の体であり、それをベースに「アンナ」は設計された。

 そのバックボーンがある以上、正直に喜べない複雑な気分だ。

「お胸にお触りしても?」

「ダメですよ」

「おおう、他人の胸ってなんかイイッ!!」

(言葉より先に手が出てるし......)

 まるでおっさんみたいな口調と感想で、アンナの胸を揉むネイさん。続いてボディラインに沿って手を滑らせていき、お腹のお肉をつまみ出す。めちゃくちゃセクハラ案件だが、正直自分の体に興味はないので放っておく。

「おぉぉ! いい、学生の時以来の満足感っ!」

 もしかして学生の頃からこのような行為をしてきたのだろうか。だとしたら今までよく捕まらなかったなと思う。

 今にも鼻血を流しそうな勢いで息を荒くするネイさん。呼吸が激しくなっていくのと並行して、体を触る手つきにも力がこもっていく。

「痛いです」

「痛かった!? それはごめん。つい夢中になって......」

 呼吸が荒いネイさん。そんなに興奮する必要があったのだろうか。それともお風呂に入ったまま盛り上がったせいで、呼吸が苦しくなっただけなのか。

 それを抑えるように深呼吸し、セクハラに対する言い訳をしてくる。

「ごめんね。アタシ、整った人の体が好きで。変な趣味なんだって分かってるんだけど、どうしようもなくてねぇ」

「アハハ」と申し訳なさそうに笑うネイさん。人の趣味は責めるつもりはないし、別に体を触られてもなんとも思わないので謝ることはないと思うのだが。

 まあ確かに他人がこんなことされたら、例え友達でも普通はキレるだろう。だがアンナは特殊で色々と認識がズレているので、本気で怒ってはいない。本当にどうでも良いと思っている。

「ああ、そうだった」

 話題を変えるように、ネイさんはアンナの腕を見て言う。

「どうかな。腕の調子は?」

 湯船に浸かった左腕を上にあげて、黙って見つめる。これといった異常は感じない。

 以前と変わったといえば、封印された時に浮かび上がった黒い模様くらいだ。

「大丈夫です」

「ならよかったぁ」

 ネイさんも異常がないのを目で見て確認したのか、湯船に深く浸かって自由気ままにリラックスしている。

 同じくアンナも広い湯船の中で体を伸ばし、リラックスする。

 とても気分が良い。もしかすると自分でも実感できてなかったストレスに、知らず知らずの内に追い詰められていた部分があったのかもしれない。

 そういえば最後に銭湯に行ったのはいつだっただろうか。

 少し朧げな記憶を辿りながら、当時のことを思い返していった。

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