第15話 スカルライダー

 カラカラと惰性で回るタイヤを横目に、俺はゆっくりとショットガンの銃口をガスマスクへ向ける。


「お前の雇い主は誰だ。何処へ、何の目的で、アイツを連れ去った」


「い、言うと思うか……クソ野郎……!」


 身体へのダメージが大きいのだろう。苦しそうな声ではあったものの、ガスマスクのくすんだレンズ越しでも、しっかり反抗的な態度が受け取れる。

 ただ金で雇われただけのチンピラにしては、中々気骨があるものだ。そういう義理堅さは嫌いじゃないが、敵意が残っているなら対応は考えねばならない。

 こと、今のように時間的余裕がない状況ならばなおさらに。


「なら聞き方を変えてやる。要らないのは手か足かどっちだ? 手持ちがスラッグしかなくて申し訳ないが、少しずつ刻むよう努力はしよう」


「ハッ、やれるもんならやって――ヒィ!?」


 轟く銃声と、地面で弾ける礫。

 フォアエンドを一往復させれば、咄嗟に身を縮めたガスマスクの枕元に、破れたプラスチック薬莢が軽い音を立てて転がった。


「すまん、手元が狂った。次はきっちり当てる」


「わわわ分かった分かった分かった! 言う! 言うから! そう軽々とブッぱなすな!」


 頭を抱えたまま、涙声で叫ぶガスマスク野郎。こちらの本気を理解してくれたようで何よりだ。

 面倒な交渉を円滑に進める為の道具として、ショットガンは思ったよりも有効らしい。

 俺が次弾をトリガから指を抜けば、細身の死体はようやっと大きく息を吐き、諦めた様子でその場に座り込んだ。


「……俺を雇ってたのはバンハルドっていう青白いミイラの男だ。理由は知らねぇが、綺麗なゾンビやらミイラやら防腐死体なんかを探してる。見つけたヤツに大層な金を出すとかって、アングラな連中の間じゃ有名な儲け話さ」


 曇りのない瞳に目をつけた、と種族の分からないアンデッドは語る。どうやら、破損したガスマスクのレンズ部分を修理できないまま使っていたことが仇となったらしい。チンピラ風情が目ざといものだ。


 ――ただの変態か。それともアレの中身から金持ちだとでも考えたか。あるいは。


 想像を広げかけてやめた。アレを攫った理由など、誘拐犯の親玉から直接聞けばいいだけの事。


「そいつの居場所は」


「こっから北へ進んだ先にある丘の上だ。野郎、そこにあるデカい宗教施設の廃墟を根城にしてる。俺が知ってるのはそれだけだ」


 これでいいか、と諦めたように見上げてくる被甲顔に、俺は少し考え込んだ。

 脅されているとはいえ、このガスマスクが忠誠心から適当な答えを吐かないとも限らず、なんなら誘拐犯の親玉から誤情報を与えられている可能性も高い。

 これはもう1発くらい足元にぶち込んだ方がいいか。そう思った時、背後に大きな気配が立った。


「その場所なら知ってるわ。そこそこ綺麗に残ってる建物よ。変わり者が住んでるって噂も聞いたことがある。あのジェントルな雰囲気のミイラが、見た目通り流浪のお金持ちなら、それなりに辻褄が合う話だと思うけど」


 オネエ骸骨ことエコウは、そう言いながらこちらへ小さな鍵を差し出してくる。否、ただ図体のデカい骸骨との対比で、余計に小さく見えているだけだったが。

 受け取った掌へ視線を落とせば、それがオートバイのイグニッションキーであることはすぐに分かった。


「お前のか?」


「ノンノン。この無作法者のよ」


 流れるような動きから掌で背後を指し示すエコウ。その先を辿って、店の影となっている暗がりの中に目を凝らせば、何か小山のようなものが地面に横たわっているではないか。

 敢えて何とは言うまい。ピクリとも動かない肉の塊に、俺がそっと視線を反らした一方、ガスマスク越しの籠った雄叫びが闇夜に轟いた。


「お、弟ぉぉぉぉぉ!! エコウてめぇ、いくらなんでもやり過ぎだろォ!? 無事なんだよなアレ! なぁ!?」


「貴様もああなりたいか?」


 ドスの効いた声は最早オネエにあらず。厳粛にすら聞こえる低い響きに、ガスマスクはヒュっと喉を鳴らして沈黙した。

 もしかすると、こいつらは元から知り合いだったのかもしれない。尤も、こちらにとってはどうでもいい話でしかなく、俺は刺々しい外装が施されたクルーザー型オートバイに跨って、セルモーターに電気を食わせた。

 バウンというばらついたサウンドと共に、Ⅴ型をしたエンジンが目を覚ます。マフラーを改造してあるせいなのか、下品な炸裂音が耳孔についたが、この際動くのならなんだって構わない。


「助かった。礼は、いずれ必ず」


「ウフフ、義理堅い男は嫌いじゃないわよ。頑張ってね」 


 ゴツイ投げキッスを頂戴し、背骨が芯から冷たくなる。しかし、今のところは結構な恩義のある骨なのだ。頷き1つで返事とし、ジョッキーシフトを叩き込んでスロットルを捻った。


 ――精々大人しくしてるんだぜ。世話の焼ける雇い主様よ。


 刺々しいオートバイはリアタイヤを滑らせながら、弾丸のように走り出す。暗闇に赤いテールの尾を引いて、静かな砂漠の夜にやかましいサウンドを響かせながら。



 ■



 まだらな車列がコンクリートにタイヤを鳴らして止まる。

 錆びついたバンからぞろぞろと下りるのは、種族混成の死体たち。雑多な武器を抱えた彼らに、気品など求めるべくもない。


「旦那、どうぞ」


「うむ」


 シルクハットを目深に被りながら、私はゆっくりと車を降りる。

 小高い丘から望む夜は深い。星月の僅かな光を頼りに見えるのは、味気のない砂漠の景色ばかりだが。


 ――風のない夜、か。静かすぎるな。


 鼓動のない胸に感じる高揚は、果たしてお役目の達成感だけによるものかと自問する。

 答えは沈黙。人という存在は、生物という範疇から逸脱してなお、未来を見通すような力を得ることはできていない。

 否、そんなことは決してできないのだろう。故に命なきアンデッドたちでさえ何かと備え、生物だったころの真似事をしながら暮らしているのだ。

 不動の結論を飲み込んだ私は、割れ物を触るように荷台から死体袋を担ぎ上げ、居並ぶ傭兵連中を見やった。


「各々、抜かりなく見張っておく様に。夜明けが来るその瞬間まではこの扉、アリの子1匹通してはなりません」


「へい!」


 金に釣られた無頼の亡者たちは、慣れぬ様子で腰を折る。

 傭兵と大仰に名乗ったところで、その内実は酒場に屯するチンピラと大差がない。コミュニティのはみ出し者が、どこで拾ったのかもわからない雑多な武器を手に集まってきただけの団子。

 それでも、これが今の我が身に集められる最大の手勢であることは、覆しようのない事実である。だが、たとえ見た目と違わぬ烏合の衆だったとて、幾星霜待ちわびた結果を今宵成せるのならば、かかる金額の大小など問題にはならない。


 ――奇跡は2度も顔を見せまい。なればこそ、迷いなど不要。


 大きな上面扉を押し開く。

 前に広がるのは、過去において神に祈ったであろう広間。しかし、今となっては高く作られた天井も崩れ、朽ちた長椅子が転がるばかりで、穴から月明かりが差し込む他に、信徒の姿も神の御業も残されてはいない。

 私は微塵の感傷も抱かないまま、石壁に囲まれた広間を進む。講壇の脇にある朽ちた扉を抜け、狭く細い螺旋階段を上り、2階の小部屋を前に足を止めた。

 死体袋を静かに下ろし、身だしなみを確認して一呼吸。控え目に木扉をノックする。


「お嬢様、戻りました」


「どうぞ」


 微かな返事を確認してから、私は身一つだけで木扉を潜る。

 広間とは打って変わって暗く狭い部屋。元はこの施設で働く者のための空間だったのだろうか。私にはよくわからない。

 ただ、少なくともこの建物において、尤もマシな状態を留めた場所であり、であればこそ、彼女の身を留めるにあたって他を選ぶことなど許されない。

 掌を胸に当ててゆっくりと腰を折れば、部屋の主は静かながらに透き通るような声を私に投げかけた。


「お帰りなさいバンハルド。よいものとやらは見つかったのですか?」


「は。僭越ながら、私めが想像していたよりも、遥かに極上の品かと」


「……お前がモノを褒めるなんて、珍しいこともあるものですね。お見せなさい」


 彼女が興味を示したことが口調から伝わってくる。気付かれぬよう心の中で安堵の息を吐き、改めて闇に向かい一礼してから、私は廊下に寝かせておいた黒い袋を部屋の中へ移動させた。


「こちらです」


 邪魔にならぬよう1歩後ろへ下がる。すると、ファスナーがジリジリ音を立てて開き、中から青白い肌をした身体が闇の中へ現れた。

 部屋の空気が軋む。お嬢様は息を飲んだのだろう。


「ッ……! 成程、理解しました。これは、大したものです」


「お気に召されましたか」


「ええ。しかし、斯様に状態のいいなど、一体どこから手に入れたのです?」


「ダイナーを訪れていた者から譲り受けました。出処に関しては、流石に話してもらえませんでしたが」


 余計なトラブルにならぬよう祈るばかりです、と小さく首を振れば、彼女は納得したのか、ふぅと小さく息をついた。


「聞かぬが華、ということもありましょう。これ以上、余計な詮索は致しません。ではバンハルド」


「はい、どうぞごゆるりと」


 暗がりへ向かい、もう一度深く頭を垂れてから、私はキビキビと部屋を出る。

 後はお嬢様が成すべきこと。他は誰人であれ、手を貸すことすらできぬこと。なんとすれば、この部屋を今は聖域と呼んでも構わない。


「これでいいのだ。これで、ようやくお嬢様をお救いできる。ようやく、この世に再び……」


 後は彼女が1人で事を成す。何を知る必要も無く、ただ御自らの為だけに。



 ■



 多くのアンデッドたちが忘れてしまった人の時代。

 この宗教施設らしき廃墟は、およそ丘の全体を敷地としていたのだろう。建物から離れた丘の斜面には、崩れ残った石垣が今も名残として点在している。

 それが最も大きく途切れた場所に、タイヤ痕が刻まれた地面を挟んで、2体のアンデッドが立っていた。


「……夜明けまであとどれくらい?」


 廃材の金属を組み合わせて作った鎧をガチャンと鳴らし、長い髪をした女のミイラが問う。


「俺が時計なんて洒落た物持ってるわけないだろ」


 そう答えるのは、腐った手足を機械的な義手義足に付け替えた細身のゾンビである。

 ただ、彼の素っ気ない答えに対し、ミイラ女は面白くないと言いたげに、乾いた唇を尖らせた。


「大体よ大体。流石に退屈過ぎて召されちゃいそうだもん」


「退屈とか言うなって。久しぶりに払いのいい仕事なんだ。下手こいてケチでもつけようもんなら、兄貴にぶん殴られるぞ」


「そんなことはわかってるってぇの。けど見なさいよ。こんな夜中にこんな場所までさ、誰が訪ねてくるって?」


「まぁ、そう言いたくなる気持ちもわからんでもないが……」


 彼女が指さした先に広がるのは、地平線に至るまでひたすら何もない砂漠である。

 町と町を結ぶ主要な交易路からも外れ、有望な資源が眠っている訳でもなく、ただの外れに偶然崩れ残った建物があるというだけ。

 ミイラ女の捏ねた屁理屈に対し、サイバネゾンビは上手い反論が思いつかず、うぅんと言いながら頭を掻く。気持ちは分からなくもない、どころか、実際は全くもってその通りと言いたいくらいだったのだから。

 だが、意外にも彼女はすぐに掌を返したが。


「居たわ、来る奴」


「何?」


 サイバネゾンビが頭を上げれば、黄色い光が凸凹な地形を縫うようにしながら近づいてくるのが見えた。同時にけたたましいエンジン音も聞こえてくる。

 2体には顔を見合わせると、揃って武器を握り直す。退屈を紛らわせるだけならばいいが、もしそうでなければと緊張を走らせる。

 ボボンボボンという不規則なエンジンの鼓動は次第に大きくなり、やがて真正面から現れたオートバイのヘッドライトが、彼らを纏めて照らしだした。


「そこで止まれ!」


 バチリとアーク放電を走らせる槍を前に突き出しながら、サイバネゾンビが声を張り上げる。

 真正面から現れた以上、襲撃であれば躊躇わずに突っ込んでくるはずと彼らは考えた。故に、ミイラ女は目標が静止を無視した場合に備え、素早く石垣の裏へと身を隠しており、静かに水平二連式ショットガンの狙いを定めていた。

 しかし、アンデッドたちの予想に反し、オートバイはエンジンの唸りを殺して静かに停車する。その挙句。


「よぉアンタら、ちょっと道を聞きたいんだが」


 ヘッドライトのために影しか見えない運転者は、武器を向けられていながら呑気にそんなことを言ってくる始末。

 お陰げで相対したサイバネゾンビは勿論、隠れているミイラ女でさえ、少々気が抜けてしまった。


「俺が観光案内をしてるように見えるか? この先は立ち入り禁止だ。さっさと立ち去れ」


「そうかい、そりゃ失礼したな。バンハルドっていう奴から呼ばれてるんだが、どうにも道を間違えたらしい」


 追い払うように振られていたサイバネゾンビの手がピタリと止まる。


「お前、ちょっと待て。おい、何か聞いてるか?」


「いや聞いてない、と思うんだけど」


 後ろを振り向かないまま、サイバネゾンビは小声でミイラ女に問い、彼女の方もまた小声で返しながら知らない知らないと首を振った。

 彼らは依頼主であるバンハルドの事を、町の外で見かけるのが珍しい几帳面なアンデッドだと思っている。少なくとも、来客予定を伝え忘れるようなミスをするとは考えにくくい。

 しかし、万が一にも本当の来客だった時は、とサイバネゾンビは考えた。自分の判断だけで排除してしまった場合、雇い主側は自らの伝達ミスを棚に上げ、その責を問うてくる可能性は非常に高い。そうすれば報酬の支払いを踏み倒せるかもしれないからだ。


「聞きに行くべき、か? いやでも、夜明けまで誰も通すなと言われたし……うぅん」


 彼は悩んだ。とてもとても悩んだ。できればバンハルドがひょっこり視察に来てくれないかとさえ思う程に。

 しかし、甘い奇跡が易々と起きるはずもなく、それどころか来客の方が痺れを切らしたように声を張り上げてきた。


「おい、もう行ってもいいか? バンハルドの居場所がここじゃないなら、アンタらに付き合ってる暇はないんだが」


「ま、待てと言ってるだろ! おい、すぐ旦那に確認とってくれ!」


「私がぁ!? いやいやいや、アンタが行ってよ! そんな貧乏くじはヤだってば!」


 その場で立ち上がりながら、ブンブンと横に手を振るミイラ女。隠れていた意味など既に乾いた頭からすっぽ抜けており、余計な責任を擦り付けられたくないとサイバネゾンビに言い返す。

 そんな2体を眺めていた来客は、ゴトリと何かを動かすような低い音を立てたかと思えば、フッと息を吐くように小さく笑った。


「確認、ねぇ? どうやら、道は間違えてなかったようで安心したぞ」


 これまで大人しくしていたオートバイのエンジンが、突如としてヴォオンと雄たけびが轟かせ、太いリアタイヤがガリガリと地面を抉って回転する。


「お、おい、何を――ぐあっ!?」


 サイバネゾンビは慌てて振り返った時、浮き上がったフロントタイヤは既にその眼前へ迫っており、言葉は途中で悲鳴に塗りつぶされて消えた。

 腐った頭に残されたのは、一筋の黒い跡のみ。だが、オートバイは倒れた死体を気にした様子もなく車体を滑らせると、車上から女ミイラへ向かって腕の影が動いた。


「おヴぁっ!?」


 ゴン、という鈍い音と共に、乾き切った軽い身体が倒れ込む。その脇に転がっていたのは、彼女の手から零れ落ちたショットガンと、握りこぶしより一回り大きい砂岩の破片だった。

 2つの声が消えた中。エンジン音の他に聞こえたのは、ブーツが砂利を踏む音。

 それは地面へ転がったミイラ女へ近づくと、ポーチから零れ落ちたオレンジ色の筒を、革グローブに包まれた手で摘み上げながら、カタリと顎を鳴らした。


「言ったはずだぜ。急ぎだとな」

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