第30話『強制帰宅』


 目が覚めたのは女子寮の医務室のベッドの上だった。


 痛む身体を起こそうとして失敗しベッドに沈む。


 まさかたった一日でこの部屋へと出戻ることになろうとは考えてもいなかった。


「あっ、目が覚めたのね」


 フリーダ女史が安堵したようにこちらへとやってくると私の背中に腕を差し入れてゆっくりと上体を起こして背中に数個のクッションを入れてくれる。


「フリーダ様、レオナルド殿下はご無事ですか? アンジェリーナ様や他のみんなは……」


「レオナルド殿下も、アンジェリーナ様もお元気ですよ……ただ生徒の中に数名魔物の犠牲となりお亡くなりになりました……」


 フリーダ女史は沈痛な様子で教えてくれた。 


「亡くなった生徒は二名で内一人がこの女子寮に住むフローラル・メティア侯爵令嬢です」


 フリーダ女史の言葉にドクンと心臓が嫌な音を立てる。


「彼女は魔物の群れに巻かれ身動きが取れなかったそうです、最後は土竜に襲われ即死だったそうですわ……」


 あぁ、どうやらフローラル様は私に魔寄せの薬を掛けたあの時に薬に触れてしまっていたのかもしれない。


「アンジェリーナ様がユリアーゼ様へとても感謝していました、ユリアーゼ様が魔除けの薬をアンジェリーナ様へ掛けていなければきっと生き残ることはできなかっただろうと……」


 咄嗟のこと行動だったけれど、どうやらアンジェリーナ様へ振り掛けた魔除けの薬がきちんと効能を発揮してくれたようで安堵の息を吐く。


「よかったです、あの場所から急ぎ離れなければと焦っておりましたから……フローラル様やもう一方にはお気の毒ですが、アンジェリーナ様が無事でホッとしました」


「そうですね……ですがそうとばかりも言ってはいられないのです」


「何か……あったのですか?」


 フリーダ女史の沈んだ表情に不安が募る。


「この度の魔物の暴走について、メティア侯爵が陛下へ直訴なさったのです」


 話を聞くと、この度の魔物の暴走はレオナルド殿下に気に入られていたフローラル様へ嫉妬した私が、フローラル様愛用の香水の中身を魔寄せの薬に入れ替え、フローラル様に魔物が向かうように画策し陥れたと主張しているらしい。


「この訴えに関しては実際に現場を見ていたアンジェリーナ様がフローラル様の言動や行動を報告し、また他の採集組の生徒から複数の証言が取れているため棄却されることになるでしょう……」


 その言葉にホッと息を吐く。


「しかし問題は他にもあるのです……」


 その言葉にフリーダ女史を見つめる。

 

「レオナルド殿下が記憶を失われてしまったのです……」


「えっ、記憶ですか?」


 カミー君は、私に関わる記憶を失ってしまうと言っていた筈だ。


「えぇ、ご自分の名前も立場も総て覚えておられないのです」


 どうして? 私がレオナルド殿下と初めて会ったのはこの学園に入学が決まってからのことだ。


 私がこの世界にユリアーゼ・アゼリアとして覚醒したときに前世の記憶を思い出したレオナルド殿下の記憶が全て抜け落ちてしまうなんておかしい。      


 何かが噛み合っていない気がするのは気のせい?

 

「理由は定かではありませんが、内容が内容ですからね……国王陛下がこの事態を重く受け止めユリアーゼ様にも原因と思われる交流会についてお聞きしたいそうです」


 事実上の召喚状を貰ってしまった。


「わかりました、いつ頃になりますか?」


 レオナルド殿下は現在ラフィール学園の男子寮ではなく王城で治療に専念されているそうだ。


 カミー君の話では意識が戻るのに二日か三日ほどかかると言っていたはずなのに、フリーダ女史に日付を確認すればまだ交流会の翌日らしい。


 目覚めるのが早かったのも記憶障害の一因なのではないだろうか?


「そうですね……ユリアーゼ様が目覚めたら王城へ連絡を入れるようにと言われていますから、早ければ明日か明後日には王城から迎えがくるたでしょう」


 明日か明後日か……思っていた以上に時間がないな。


 念の為王城から迎えが来るまでの間は女子寮の医務室で過ごすようにと言われ一日の殆どをベッドの上で過ごした……というか全身筋肉痛で動けなかった。


 医務室に併設されたトイレに行くのも難儀する始末だ。


 これ……明日や明後日までまともに動けなかったらどうやって王城まで行くのだろうか……


 そうこうしているうちに、父親であるアゼリア子爵が見舞いだとラフィール学園へやってきた。


 流石に女子寮の医務室へは通せないとのことで制服に着替え、痛む身体にむち打ちながら一階にある応接室へと移動する。


「失礼いたします……」


 既に応接室へ通されていたらしい父は私が現れたとたん、座っていたソファーから立ち上がるとこちらへやってくるなりガバリと抱きついてきた。


 突然のことに慌ててその身体を押し返すけれど手首を握られぎりっと力を込められてしまい外せない。


 今まで私にそのような態度をしたことが無かった、むしろ義母カレンディラや義姉のアルベンティーヌが私を下女のように扱い邪険にしていても気にすることすらなかったのだから。

  

「あぁ愛しい我が娘よ、実家に帰るぞ」

 

 にたりと笑う父にゾクリと悪寒が走った。


「えっ、お待ち下さい! お父様とお約束していた期限までまだ数年あるはずです!」  

 

「昨晩からお前への求婚の書状が殺到しているのでな、ラフィール学園に留め置く必要がなくなった」


 強引に有無を言わさず私を引き摺る様に執務室を出ていく。


「そんな、私にはレオナルド殿下の侍女見習いという立派なお仕事もあります!」


「案ずるな、既にラフィール学園には休学の申請も提出し受理された。 まさかレオナルド殿下の侍女見習いになっていたとは知らなかったがここ数日体調を崩したせいでその役割も満足にこなせていなかったようではないか」


 父の正論にぐっと喉の奥が詰まったように苦しくなる。


「それに殿下はしばらく王城から戻られないと休学手続きの際に事務官から聞いている」


「おっ、王城から近日中に交流会の説明をしてほしいと言われております!」


「そんなもの王都の屋敷から行けばいい!」


「でも!」


「求婚が殺到している以上ラフィール学園に置いておくことは出来ない! より利益のある相手が選び放題なのにもし不逞の輩に既成事実など作られては大損害だ!」  


 今は授業のため生徒は殆ど女子寮にはおらず、相手は親権を持つ実の親。


 しかも貴族である子爵家当主とあって寮を管理している下級貴族家出身の使用人達や平民の下男下女は逆らうことなど出来はしない。


 唯一フリーダ女史が助けようとしてくれているけれど、既に休学手続きが受理されてしまっているため庇おうにも大義は保護者にあるのだ。


 無理やり玄関から引き摺り出され玄関前に横付けされていた父が乗ってきたであろう馬車に押し込まれ、すぐに父が乗り込む。


 挨拶も出来ずに走り出した馬車の窓から心配そうにこちらを見送るフリーダ女史に私は小さく頭を下げるしか出来なかった……

     

   

    

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