第15話『侍女の初仕事』


 翌早朝、屋敷で起床していた時間に起きることができた。


 まだ夢の中の住人であるグラシアを起こさないように素早くベッドから身を起こすと、壁にかけておいた侍女の制服へと着替える。


 身支度を済ませて制服の胸元へブローチと許可証を身に付けると、胸元が暖かくなったような錯覚を覚えた。


 物音を出来るだけたてないように注意しながら、寮の廊下へ抜け出した。


 ドアノブの少し上にある埋め込み式の錠に鍵を掛けて人気がない廊下を進み、足早に階段を下りる。


 流石に一階は既に使用人たちが朝の仕事に精を出しているようで、忙しそうに立ち回っていた。


 自分の寮の宿直者へ朝のあいさつとこれから仕事へ行ってきますと告げ、外へ出れば朝露に濡れた木々や草の葉が朝日を受けてキラキラと宝石のように輝き、まるでレオナルド様との逢瀬を祝福してくれている気がする。


 上機嫌に男子寮へ訪れればやはりこちらにも宿直の管理者がいるようで、ブローチと許可証を見せれば、出入りした者の名前を書き付けるように一枚の紙を渡された。


 水鳥の羽根をあしらったペンの先端にインクを染みさせ、自分の名前を記載し、責任者にレオナルド様の名前を記載する。


 男子寮も女子寮とあまり体制はかわりないようで、忙しくしている使用人を捕まえて殿下の身支度に必要な物品を準備した。


 洗面の為に使用する銀盆と沸かしたばかりの熱湯とそれを冷ますための水を入れた白磁のポット、朝食は部屋ではなく毒物混入を警戒し食堂で他の生徒とともにするらしい。


 殿下の部屋は女子寮と同じく二階にあった。


 王族や高位貴族はあまり階段を上らなくて済むように配慮され、同時に有事の際には逃げやすいように割り当てられる。


 しっかりした高級感溢れる調度品は重いため、上階へ運ぶのはかなりの労力を有する。


 それでも滑車が着いた荷運び用の人力エレベーターは存在するため、リネンや洗濯物、今運んでいる洗面の為に使用するお湯などを載せたカート位は運ぶことが出来るのだ。


 急いで階段を上り、人力エレベーターのある場所へ移動する。


 二段構えの滑車が繋がっていて多少持ち上げやすくなったとは言え、やはり女の細腕では厳しいらしく、四苦八苦しながらなんとか二階までカートを載せた木箱を持ち上げる。

  

 これは予想以上にキツイかもしれない、カートごと運ぶのではなくて、必要なものだけを載せて引き上げて二階に据え付けてあるカートを借りたほうがいいかもしれない。


 まぁ学生時代から侍女を付けてもらえるのは、ほぼ二階の個室を与えられる王族、公爵、侯爵の位を持つ名家の子息令嬢くらいだ。


 他は自分で必要な分のお湯を一階で貰い、一階にある共同浴室の身支度用の畳二畳くらいの広さがある個室で済ませるか、三階以上にある自室まで運んで身支度を行い、使い終わったお湯を共同トイレに流すかだ。


 う~ん、私の力では階段を何往復かした方が安全かつ早いかも知れないなぁ。

 

 つらつらとそんなことを考えながら、逸る心を落ち着かせるべく深呼吸を繰り返す。


 廊下の窓に嵌め込まれたガラスに写った自分の姿に目を向ければ、先程の人力貨物エレベーターで髪がすっかりみだれてしまっている。


「わっ、こんな姿は見せられないわっ、はやく直さなくちゃ」


 急いでガラスを鏡代わりにして乱れた髪型を不自然にならない程度に短時間で整えて再度廊下を進み始める。


「そこで止まれ! 何者か?」


「ユリアーゼ・アゼリアと申します! レオナルド殿下の身支度に必要な物品をお持ちしました」


 レオナルド様の部屋の前、二階の廊下には警護の騎士が二人いて誰何されたため今日からレオナルド様の侍女として出入りすることを告げた。


「あぁ、昨晩殿下が話されていた新しい侍女だな。 話は聞いている、武器の持ち込みや危険物が無いか確認するからカートを置いてこちらへ」


「はい」


 ゆっくりと進む私と入れ違いになるようにもう一人の騎士がカートへ近づく。


 武器となりうるような物が隠されていないか確認するのだろう。


 カートを一通り調べたあと、ポットの中のお湯の臭いを確認し、懐から取り出した布地にくるまれた銀盆へ少量注ぎ、毒物による変色が見られないか確認したあと、自らの小指に極少量着けるとそれを自らの舌先にのせている。


「厳重でしょう?」


 どうやらそちらにばかり気をとられてしまっていたらしく、目の前の騎士がそんな私の反応を見て苦笑していた。


「いいえ、殿下をお守りするためですもの、このくらい警護を厳重になされる必要があると言うことでしょう、お勤めご苦労様です」


「ありがとう、では改めて調べさせてもらいますよ」


「お願いいたします」


 いくら服を纏っているとは言え淑女の身体に触れることにはかわりないためか、同意確認を取られながら身体検査が行われる。


「うん、ブローチも許可証の殿下のサインも間違いないな、問題なしだ、そっちはどうだ?」


「異常なしだ」  


 そう言ってカートの確認をした騎士が私達の元までカートを押してくる。


「さて私の名前はオルセー、今カートを押しているのがライルになります、殿下の護衛騎士は他に二名いますが、私達は主に殿下がお休みの間の護衛となります」 


「そうなんですね、宜しくお願いいたします」


「我々は学園内には原則的には入れないので、学園の護衛騎士見習いの生徒が二つ鐘の朝食前にやって来ます。こちらが殿下のお部屋の鍵になります、殿下のお世話をお願いいたします」


「はい!」


 オルセーから手渡された金細工の鍵を少しだけ震える手で受けとると、レオナルド様の部屋への立ち入りを本当に許されたことに歓喜する。


 騎士達に見送られ、木製の扉の前に立つ。


 高鳴る心臓を落ち着けるように数度深く深く呼吸をする。


 美しい金具の彫刻が両開きの扉に施されていてここがとても特別な部屋なのだと威厳が漂う。


 ドアノブの少し上にある鍵穴へ、オルセーから受け取った鍵を差し込み、静かに回せばカチッと何かが噛み合った小さな音がして鍵が開いた。


 そのひとつひとつ動作すら喜びが沸き上がる。


 この扉の向こうに、ずっと会いたかった勝っちゃんが居る。


 静かに扉を開いて、私はカートを押して部屋へと足を踏み入れた。


 

 

 

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