第3話『異世界転生』


 カミー君に送り出されるように目を閉じて、目が覚めれば見たことがない木目の天井が視界に入ってきた。


「知らない……天井だ」


 陳腐だけど、口から出た言葉に苦笑いを浮かべてむくりと身体を起こし辺りを見回せば、ここが四畳半ほどの広さの部屋だと言うことがわかった。


 木を組んだだけの質素すぎるベッドは薄い布団を敷いただけで寝起きなのに身体が痛みを訴えている。


「本当に生まれ変わったの?」


 両手のひらを見れば見慣れた肌色よりも白い手の指先が荒れて赤くなっていて、ヒリヒリとした痛みが走る。


 下を向いた時にサラリと胸元に落ちてきた髪を引っ張れば痛みが走りそれが自分の髪なのだと知らされる。


 ピンクブロンドとでも言えば良いのだろうかウェーブがかかった髪はあまりにも見慣れなさすぎて逆にこれが現実なんだと実感した。


 正直言って転生とか異世界とかただの空想で実際にあるなんて信じてなかったけれど、こうして体験したら信じるしかない。


 ここがどこかとか、自分は誰かとかわからないことは沢山あるけれどひとつだけ確かなのはこの世界に勝っちゃんがいると言うこと。


「勝っちゃん、貴方に会いたい」


 握りしめた手を胸に抱き締める。


 そんなときドンドンと大きな音をたてて部屋の木製の扉を乱暴に叩かれ身体がびくりとすくむ。


「このグズ! 一体いつまで寝てるの!」


 怒りを顕に怒鳴りつける声に条件反射のように身体が震える。


 自分の反応に動揺しているうちに、扉が開かれて二人の女が入ってきた。


 誰だろうかと考えるとこの身体の元の持ち主の記憶が浮き上がってくる。


 年齢にそぐわない新品の深紅のドレスを着飾りこちらを蔑むように見下ろす厚化粧の熟女は今世の継母、カレンディラ・アゼリア子爵夫人だ。


 生まれ変わったこの身体、ユリアーゼ・アゼリアの記憶にしっかりと残っている。


 父親のゼイル・アゼリア子爵が独身時代から贔屓にしていた娼婦を身請けし、妾として囲ったのが私の母親だ。


 母の死後アゼリア子爵の次女として本宅に引き取られてから本妻や腹違いの姉からは娼婦の娘として嫌悪され使用人のようにこき使われてきた。


 ピンクブロンド色の癖毛と母に似た面差しは義母の気に障るようで、食事を抜かれたせいもあり小柄で痩せっぽっちに育った。


 記憶がもどるまでは貧相だと言われ義母と姉から折檻も受けていた。


 女癖が悪いゼイル子爵は家庭内に目を向けず、ゼイル子爵へ向けられない不平不満が全て私に向いていたのだと今ならわかる。


「もっ、申し訳ありません!」


 直ぐにベッドから起き上がり床に両手のひらを上にして差し出すようにひれ伏すと無情にも風切り音が聞こえ鋭い痛みが背中に走る。


 服で隠れて見えない場所にはいまだにひきつれる傷跡が……残ってしまっている。


「今日は私の婚約者であるフロレンシオ様がいらっしゃるのよ? 貴女は決して表に出てきてはいけないわ、お目汚しになってしまうものねぇ?」


 そう言ってアルベンティーヌ・アゼリア子爵令嬢、義姉は私の両手の平を新品だろう真っ赤なヒールの爪先で踏みつけた。 


 痛みに冷や汗が浮かぶがなんとか呻き声を堪える。


 フロレンシオ・バックランド伯爵令息は伯爵家を継ぐことは出来ない三男のため将来このアゼリア子爵へ婿養子に迎えられる事が決まっている。


 そうなれば私はどこかの高齢の下級貴族の後妻か豪商の妻に高い身請け金と引き換えに売られるのだろう。


「本来ならば貴女のような不義の娘はフラフィール学園になどいく必要はないのだけれど、お優しい旦那様がアゼリア子爵家の娘として引き取ってしまって」


 ズキンズキンと痛む身体が継母と義姉の会話を拒むようで頭に入ってこない。


 そのなかで聞こえてきたラフィール学園という名称に僅かに肩が反応してしまった。


「なぁに? ラフィール学園に興味でもあるのかしら? 貴女の母親が旦那様に媚を売ったように、貴族家の令息をたぶらかすのはやめてねアゼリア子爵の恥だわ」


 クスクスと鳥の羽をあしらった扇子で口許を隠しながら嘲笑う。


 我慢、我慢するの、ここで逆らってラフィール学園へ行くことが叶わなければ、絶対に勝っちゃんに会えない。


「申し訳ありません」


 そんなやり取りは控えていたメイドの控えめなノックに遮られた。


「奥様、アルベンティーヌお嬢様。バックランド伯爵様とフロレンシオ様がお見えです」


「まぁ! お母様急いでお迎えしなくては!」


「そうね、アルベンティーヌまいりましょう」  


 バタバタと慌ただしく出ていく継母と義姉の姿を見送ると、そっと差し出された手を握る。


「ユリアーゼお嬢様、また派手にやられましたね」


 カタリと救急箱を床に置いて、先程義母と義姉を呼びに来たメイドのアンナが両手に包帯を巻いてくれた。


「ありがとうアンナ、助かったわ」


「どういたしまして、しかしユリアーゼお嬢様に当たり散らすとか嫁入り前のお身体に傷跡が残ったらどうするおつもりなのかしら、奥様もアルベンティーヌお嬢様も一体何を考えていらっしゃるのか理解に苦しみますわ」


 アンナはここ最近雇い入れられたメイドで何かと義母や義姉に強いたげられている私を気にかけてくれている。


 なんでも故郷に私と同じくらいの妹がいるらしく、継母や義姉の気をうまい具合に反らしてくれる。


 義姉よりもアンナの方が本当の姉のような、親友のような存在になっている。


 私を庇うために子爵夫人への不満を漏らす事もあるため、いつか継母の不況を買うのではと不安になり、私から距離を取るように進言したこともあったけど、大丈夫だと言って笑い飛ばした。


 今思えば私がユリアーゼになる前の彼女がこの家庭内に虐待の子爵家で生き長らえたのは継母の目を盗んで手を伸ばしてくれた子爵家の使用人たちのお陰だ。


 そんなアンナも私の背中にある傷跡の存在は知らない。


 決して人前に出てこない深窓の子爵令嬢と社交界で噂されているらしいけど、実際には軟禁された令嬢だけどね。


 ラフィール学園への入学を目前にしたある日、私はここしばらく姿すら見たことがなかった父親、ゼイル子爵に呼び出された。

 


 


 

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