【11】

 上村高校での怪異から数日、俺は事務所のPCとにらめっこしていた。

 長岡慎二が起こした怪異の報告書を書いているのだが、どうも要領がつかめない。

 高木から、過去別の怪異を記した報告書を見せてもらい、それを参考にしながら作成している。

 報告書には、怪異の起きた日、発生した怪異の内容、怪異の種類等、色々なことを記入する必要がある。


 その中で一番よくわからないのは、怪異の能力、種類、脅威度の項目だ。

 俺には怪異に対する知識がまだないため、どう書けばいいのかわからない。

 先日体験した怪異も、明らかにやばそうな見た目の化け物を目撃はしたが、奴にどんな力があるのか、どれほどの危険性があるのかは判断することができない。

 これに関しては、東雲さんに聞くしかないのだろう。

 とりあえず、俺は怪異が起きた経緯や場所など、わかる範囲の所を作成した。


 報告書を作成していると、事務所の呼び鈴が鳴った。

 時計を見ると、時刻は午後5時を過ぎていた。

 依頼者だろうか。こんな時間に?

 いや、探偵事務所に来る依頼者に時間はあまり関係ないか。

 高木が部屋から出てくる気配はない。

 仕方ない、俺が出よう。


 事務所の玄関を開けると、東雲さんと自称、公安警察官の中村さんがいた。

「お疲れ様です、神崎さん」

「あ、お疲れ様です。どうしたんですか?わざわざ事務所に来るなんて」

「いえ、よく考えたらまだ神崎さんの歓迎会をしていないと思いましてね。どうですか?今夜」

 彼女はそう言うと手に持っていたビニール袋を差し出してきた。

 中には日本酒が一升瓶入っていた。

「そういうことですか。いいですけど、家散らかってますよ?」

「散らかっている?……じゃあもう一人に掃除させましょう」


 事務所に上がり込んだ東雲さんは持っていた酒を机に置くと、その足で高木の部屋へと入った。

 高木はヘッドホンをしながらPCでゲームをしていたせいか、東雲さんに気が付いていなかった。


「随分と楽しそうなものをしていますね」


 東雲さんが高木の顔のすぐ横まで近づいてそういった。

「は?……うわっ!!!」

 東雲さんの無機質な笑顔に高木が気付いた。

「東雲さん!?なんでここにいるんですか?」

「神崎君の歓迎会」

「歓迎会……?」

「あなたの時もやりましたよ?」

「え?あ、あぁ、そういえば……」

「それでこれは?」

東雲さんはPC画面に映されているゲーム画面を眺めている。

「こ、これはまぁ、ちょっとした息抜きですよ息抜き。はははっ……」

「掃除」

「えっ……?」

「事務所の掃除、お願いしますね?」




 高木が大急ぎで事務所の部屋を全て掃除している時、俺達3人はテーブルでその様子を見物していた。

「東雲さん、報告書の作成で聞きたいことがあるんですが」

「何ですか?」

「この『危険性』っていう項目なんですけど」

「あぁ、そこですか。そうですね、長岡君の幽霊の場合、B⁺といったところでしょうか。問題だったのは彼ではなく、隣にいた半妖ですけどね」

「半妖……。あの化け物が見えた時はすごい殺気のようなものを感じましたがやっぱりやばい奴だったんですね。そのB⁺っていうのは具体的にはどれくらい危険なんですか?」

「危険度にもA、B、Cと、分類があってその中のBは『個人、もしくは集団の生命を脅かす程度』という感じです」

「個人、集団の生命を脅かす……。ちなみにAは?」

「国家の存続を脅かす程度、です」


 この人は何の冗談を言っているんだ、と俺は思う。

 しかし、東雲さんの表情は決して冗談を言っているようなものではなかった。

「そういえば、東雲さんが俺を助けてくれた時、カラスみたいな顔をした大きな奴が出てきたんですが、あれは東雲さんが出したんですか?」

 俺は長岡達を切り裂いた化け物の姿を思い浮かべる。

 胴体は蛇のようになっており、上半身は人間と酷似していた。カラスのような口をした顔で、ぼさぼさとした髪の毛が頭から垂れ下がっていた。

 そいつの両腕には、巨大な鎌が付いていた。

 恐ろしく鋭い二つの鎌で、長岡は足を切られたのだ。

「そうです。私が保有している『網切あみきり』という妖怪です」

「その網切という妖怪は、どれくらいの脅威度なんですか?」

「Aです」


 きっぱりと、彼女は答えた。

「でも、私が生きているうちは人を襲うことはないので安心してください」

 高木が東雲さんのことを、自分なんかよりも何倍もすごい霊媒師だ、と言っていたのを思い出した。

「東雲さん」

「はい?」

「東雲さんが祓った幽霊や妖怪は、その後どうなるんですか?彼らはいわゆる『天国』みたいな所に行くのでしょうか?」

「それは……、実の所私にもわかりません。彼らを取り込まずに完全に祓った場合、その魂はこの世から消滅します。その後彼らがどうなっているのか、それは自分が死んでみないとわからないですね」


 私は天国があると信じたいですね。

 そうでないと。

 むくわれない人達が、この世界には多すぎます。


 東雲さんはそう付け足した。


 その後、高木がなんとか掃除を終え、ささやかな歓迎会が行われた。

 意外だったのは、普段あれほど冷静だった東雲さんが、日本酒を1杯飲み終えると、途端に上機嫌になり信じられないほど饒舌になったことだ。

 中村さんは仮にも仕事中なので、と酒を断っていた。

 歓迎会は深夜を過ぎても続き、追加で買った酒を飲みながら、東雲さんが持ってきたいくつかの映画鑑賞会が行われた。

 東雲さんはそれらの映画を見ながら、このシーンが素晴らしい、このシーンはひどすぎるなどと持論を語っていた。


 酔いつぶれてふらふらの東雲さんを、中村さんが抱えながら事務所を出たとき、時計は午前7時を過ぎていた。

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