第二章 仙子族

第四十一話 兄上

「本当にご苦労だった、翼禮よくれい、竜胆」

「ねぎらいのお言葉、感謝します」

「まさか禍ツ鬼マガツキの第二鬼皇子きこうし……、烏羽玉ウバタマが攻めてくるとはな」

 祇宮祭最終日の翌日、五時間ほどの睡眠をとったあと、内裏へと出仕したわたしたちは、さっそく主上おかみに呼び出され、烏羽玉との戦闘について報告をしていたところだ。

「無事でよかったよ。まぁ、陰陽術師と科学者には死者が出てしまったが……。とにかく、お前たちが五体満足で戻ってきてくれて安心した」

「……あの、陛下。烏羽玉のことでとても気になることがあるのですが……」

「どんなことだ?」

 わたしは烏羽玉が〈本来の姿〉と言っていた時に、皇帝一族だけが切ることを許された〈袞冕十二章こんべんじゅうにしょう〉を着ていたことに違和感を覚えていた。

禍ツ鬼マガツキが……袞冕十二章こんべんじゅうにしょうを……?」

「はい。色は骨のような白でしたが、たしかにあれは袞冕十二章こんべんじゅうにしょうでした」

 主上おかみは眉根を寄せ、何か思い浮かんでしまったのか、酷く動揺し出した。

「烏羽玉の容姿を教えてくれ。覚えている限り、事細かく」

 わたしは初めて対峙したときの姿と印象、そして髪を斬り落としたあとから戦闘までに見聞きしたすべてを話した。

 透けるように白い肌に白髪。紫の紅をひいた目に凄艶な笑顔。

 極彩色の成れの果てのような黒い闇をはらんだ声……。

 主上おかみの顔がみるみる青白くなり、座っていた体勢を崩し、前のめりによろめいた。

「陛下!」

 わたしの声に反応した竜胆がいち早く主上おかみの身体を支え、上体を起こすように抱き留めた。

「す、すまんな、竜胆……。翼禮よくれいよ、今お前が話していたことはすべてまことのことなのだな」

「そうです。この目で見た全てです」

「……そうか」

 主上おかみは竜胆の腕に支えられながら深呼吸を繰り返し、声を落として話し始めた。

「お前たちが会った烏羽玉は……、私の兄だ」

 言葉が出なかった。

「といっても、実の兄ではない、というか、今それが判明して頭が混乱しているところだ」

「それは……」

「実の兄だと思っていた。父親は違うが、母親は同じだと、乳母めのとから聞いていた。でも、兄上が烏羽玉ならば、年齢などを考えるとまったく合わないだろう? では一体、何なのだ……。母上は母上ではなかったということなのか……? 実は私も禍ツ鬼マガツキなのか……?」

 はらはらと涙を流し始めた主上おかみを、竜胆はそっと抱きしめ、困ったようにわたしを見つめた。

 でも、わたしの頭に浮かんだ推測は、主上おかみの涙を止めてあげることは出来なさそうだった。

 十五分くらいだろうか。竜胆に寄りかかっていた主上おかみは姿勢を正すと己の頬をバチンと叩き、気合を入れ直しているようだった。

「すまなかった。あまり、気を許せる存在がいないのでな。うん。私の方でも調べてみることにする。兄上……、いや、烏羽玉について」

「わかりました。わたしどももお手伝いいたします」

「ありがとう。頼りにしている」

 主上おかみは気丈にふるまったが、まだ手が少し震えていた。

 長年愛して信じてきた存在がそれとは真逆の存在だと気づいた衝撃は計り知れない。

 少しそっとしておいた方がいいだろう。

 わたしと竜胆は主上おかみのそばを離れ、深く平伏すると、自分たちの仕事部屋へと戻っていった。

「ねぇ、どういうことなの⁉ 私、陛下と兄弟ってこと⁉」

「……ある意味、そうかもしれませんね」

「……はああ⁉」

「わたしと透華とうかさんの棘薔薇いばらのろいのようなものが他にもあるとすれば、不可能ではないでしょう」

「ど、どういうこと?」

「烏羽玉は禍ツ鬼マガツキの王と廃后になった姫君の間に生まれた存在ですよね?」

「そうよ。そう聞いているわ」

「つまり、もし廃后の姫君に透華とうかさんと同じようなのろいがかかっていたとすれば、禍ツ鬼マガツキの王が生きている限りその姫も死なないってことになります。子供は作れますよね」

「……え」

主上おかみも乳母から聞いた話では、『母親は同じ』だと言っていましたから」

「で、でも!」

禍ツ鬼マガツキの王が封印され、生きているとはいえ力が弱っておる状態。そのせいで姫はもう自力では動けないほど衰弱しているのかもしれませんが、そうなる前に産んだのかもしれません。陛下と、美綾子長公主と日奈子長公主を。それならば日奈子様の霊力の強さも頷けるでしょう。父親が誰であれ、禍ツ鬼マガツキの王とのろいで繋がれた姫が産んだのなら、桁違いに強い人間が産まれても不思議ではありません」

 そしてもしその姫が皇帝家の直系の血筋だったとしたら?

 順当に歴史が紡がれていれば、その姫君が皇帝になるはずだったのかもしれない……。

「これは気軽に内裏で話せる内容ではありませんね」

「い、一大事じゃない!」

「文献を漁るしかありません。焚書ふんしょされてないといいのですが……」

「……いえ、きっとされているわ。だから、あのひとに聞きに行きましょう」

「あのひと……?」

「ものすごく癖のあるひとだから教えてくれるかはわからないけれど、多分、世界で一番ゴシップに詳しいひとだから、何か知っているかもしれない」

「なんていうひとですか?」

零度界リンドゥジェを含む全ての世界の書物が集まると言われている奎星楼けいせいろう。その知識の坩堝るつぼを統べる大妖怪、天狐の胡仙フーシェンよ」


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