第二話 友達になろう?
「
出仕当日の朝、姉が義兄と姪を連れて家に押しかけてきた。
相変わらずの美貌。
「大丈夫でしょ。葦原国の陰陽術師でわたしよりも強い人はいないもの」
「そういうことじゃなくて!」
姉の美しく流れるような青い黒髪がサラサラと装束の上をすべる。
姉妹なのに、わたしとは大違い。わたしは家族の中で一人だけ髪が
「別に、暴れたりしないってば」
「もう……」
姉は昔からとても心配性だ。特に、同性であるわたしがすることに対してはいつも。
大事に思ってくれているのはわかるけれど、少々口うるさいと思うこともある。
双子である兄はあんなにも能天気なのに。
「
「今のところはって……。兄さんは
「だって、まだ今上帝は評価するにも材料が足りないだろう? 高官時代はかなり有能だったみたいだけど、国を治めるのはまた全然違うことだし。今はまだ
兄から話を向けられ、わたしは大きくうなずきながら答えた。
「まぁ、今はね。だって情報が足りなさすぎるもの。今わかるのは表の顔はかなり評判がいいってことだけ。裏の情報は全然ない。十九歳で王朝一つ解体したんだから、それなりに何かしているとは思うんだけど、何の噂も流れてこないんだよね。だから探るために仕えるんだよ」
「またそんな密偵みたいなことして……」
「だってわたしたちの〈王〉は別にいるじゃない。人間の王、というか皇帝は別物でしょ? 本当に使えている〈王家〉のためにも、しっかり観察しなくちゃね」
「はあ……。しっかりしてるんだか無鉄砲なんだか……」
「まぁ、いいじゃない。姉さんもそろそろなんでしょ? 今上帝のお姉さんに仕え始めるの」
「
姉は
義兄はもともと
姉夫婦は今
「お
「なんですって?」
幼い姪を腕に抱きながら困ったように笑う義兄に話を振り、わたしはそそくさと家を出た。
両親は新しく開く医院のために近所にあいさつ回りに行っている。
午後からは兄が市場に行き、薬草の買い付けに関する契約をまとめてくるという。
みんな忙しいのだ。姉だって、新しい女房装束や魔導具の準備があるはず。
それなのにわたしのために早朝にやってくるのだから、本当におせっかいというか、優しいというか。
姉をなだめるのは義兄に任せるのが一番いい。
「桜吹雪だ……」
爽やかな春の陽気。時折吹く強い風が、桜の花弁を舞い上げ、街中を華やかに彩っている。
「わたしの
たまに思う。この身に宿る
今の季節はまだいいけれど、夏になったら暑くてたまらない女性神職の規定装束。
仙術師は神職ではないけれど、葦原国での役割を考えると、これが妥当な装束なのだ。
雅な女房装束ではいざというときに戦いづらい。
わたしは桜が舞う中、
梅の木から作られた杖は、しなやかで強く、
一部結晶化した部分も朝陽をキラキラと反射し、とても綺麗だ。
西欧に留学した時は、魔法使いたちがみんな箒に乗っているのを見て驚いたものだ。
杖も短く、魔法族は人間とはほとんど交わらずに生きていた。
結婚も交際も、友達になることすら法律で禁じられていた。
とても息苦しい三年間だった。
だからこそ、この葦原国に帰って来た時、とても安心した。
葦原国では種族が違う者でも婚姻には影響しない。共に生きることができる。
互いに静かな牽制をすることはあるし、緊張感のある関係性の種族も存在する。
だが、だからと言って関わらず生きることを強いられたりはしない。
「まぁ、今絶賛緊張感のある関係性だけど。皇帝家とは」
葦原国には
それゆえ
十分ほど経った頃、朱雀門が見えてきた。
「ここからは歩かなきゃ」
さすがに大内裏を飛び回るほど非常識ではない。
杖を降り、朱雀門を通り、応天門の右を抜け、紫宸殿のある内裏へ向かうためにその入り口である健礼門を通った。
紫宸殿につくとすぐに今上帝――
「頭を上げよ」
「はい」
昨日見たばかりの精悍な顔の青年が口元に笑みを浮かべながら座っていた。
珍しく、洋装だ。文明開化の波は皇帝家にまで及んでいるようだ。
「さっそく頼みがある。頼みというか、仕事だな」
「なんなりとお申し付け下さい」
「うむ。仕事というのは、新しく
王座から引きずり降ろしたとはいえ、先帝もその子供たちも、現皇帝にとっては親族だ。
「かしこまりました。謹んでお引き受けいたします」
「頼んだ」
わたしは頭を下げ、そのまま下がってしまおうと「ほかに御用がないようでしたら仕事もありますのでこれで……」と口にしたら、
「なんでしょう?」
「
「……十八ですが」
「ほう。ならば問題はないな。私の妻にならないか?」
「……御冗談を。失礼します」
「ちょ、ちょっと待て! 待てってば!」
「……お戯れも常識の範囲内でお願いします」
「あはははは! 噂通りのこざっぱりとした性格のようだな。ますます気に入った」
「はい?」
「妻に、というのは半分冗談だ。私にはすでに妻が三人いるし、さらに二人娶らなくてはならない状況だからな。ただ、友人になってはくれないだろうか、という誘いだ」
「友人、ですか。身分が違いすぎます。それに……」
解雇したくせに何を言ってるんだ、と、言ってやりたくなったが、そこはぐっとこらえて言葉を飲み込んだ。
「私には今優秀な部下しかいない。それと、信頼できる家族。はたから見れば充分なのだろうが、こう、なんでも言い合える友人というものがいないのはちと苦しくてな。
「……否定はしません」
「じゃぁ、考えておいてくれ。私はお前にとって家族を解雇した憎き相手だろうが、嘘はつかないと誓う」
「……わかりました。熟考させていただきます」
わたしはまた深く頭を下げ、皇帝の御前を後にした。
あぶないあぶない。ついイラっとして
それにしても、〈友人〉とは……。
「
わたしは探す気もない答えを薄ぼんやりと考えながら陰陽省へと向かった。
皇帝家に直々に雇われているとはいえ、所属は陰陽省だ。
特に仕事を言いつけられなかったときは、所属先の仕事を手伝わなくてはならない。
例えその所属先のみんなからよく思われていなかったとしても。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます