大隈京子との対話
青果耳島の店内を入って左手にあるレジカウンターの奥、上がり框になっている部分を越えると、そこは耳島家のリビングになっている。
靴を脱いでリビングにお邪魔して、テーブルをはさんで俺と京子二人が向かい合う。お付きの奴らは解散させられた、ブラックマーケットにでも行ったのだろう。
俺と京子、向かい合って互いを見続けるがどちらから会話を切り出すでもなく時間が過ぎる。俺は面倒だから早く喋ってくれないかなって思ってるし、彼女はさっき怒らせたからどう切り出したらいいんだろうって考えてるんだろうな。
「はよ会話せんか。見合いの席でももっと喋るぞ」
星大根を陳列台に並べながらオッサンがヤジを飛ばしてきた。
そのヤジに後押しされたのか、グッとテーブルの前に身体を乗り出して京子は口を開いた。
「ひょっとこさん、私たちのクランに入りませんか?」
「入らない」
俺の一切思考の混ざらない返答に空気が凍る。
エヌエイチケー、終。
「ど、どうして!? うちは出雲ダンジョンを攻略して上位クランの仲間入りを果たしたし、今もひっきりになしに加入申請が来るほどのイケイケでホットなクランなのよ!?」
「そもそも俺はハイランダーじゃない」
再び京子が硬直する。
やっぱり俺を酩酊ポーションをどこかからで盗掘してきて売っていたモグリのハイランダーかなにかと勘違いしてたなコイツ。
「は、ハイランダーじゃないなら酩酊ポーションはどこから……。あんな値段じゃ利益は出ないはず……」
「俺が作ったから利益は出てるに決まってるだろ」
はい、三度目の硬直。
現役ハイランダーからしたら俺は理解ができない人物らしい。
「つ、作ったって……、アナタ自分が何を言ってるかわかってる?」
「わかってるから正体を隠してるんだよ。ひょっとこ面を外した時にお前と会ってもそれは別人だ」
声は変えてないから注意深く観察されたら普通にバレる。
「なるほど、訳アリみたいね」
「そんなところだ。俺は誰のところにも所属するつもりはない。
強いて言えば巣鴨ブラックマーケットの所属だ」
決まった。オッサンが噴き出したので後で〆る。
「そう……、なら勧誘は諦めるわ。無理強いは良くないもの」
その代わりと言って、彼女はハイランダー装備のポーチから布に包まれた何かを取り出してテーブルに置いた。
「これは?」
「出雲ダンジョンで八岐大蛇《ヤマタノオロチ》を撃破した時のドロップ品よ。調べてもらえないかしら?」
テーブルの上のそれを手に取り、布を剥く。包まれてたのは剣の欠片のようだ。
「見ず知らずの俺に預けてもいいのか?」
「構わないわ。クラン内ではハズレ扱いされてるしね、ソレ。
酩酊ポーションを作ったっていうアナタなら何かわかるかもって不意に思いついただけだから。
もちろん、何もわからなくてもいいし、なんならなにかに加工してくれても構わないわ」
随分と豪気な提案だ。ワンチャンあるかな程度にしか思っていないんだろうがな。
俺は欠片を布に包み直し下ろしていたリュックサックに入れる。今日の撮影は中止、いや、これを撮影すればいいのか。
「承った。何かわかったらどこに連絡すればいい?」
「耳島さんに伝えてもらえると私のところまで連絡が来るわ。下位階級の子たちは毎日ここに来るから」
ああ、さっきの取り巻きは野菜を卸してる連中だったのか。
スクッと京子は立ち上がると、脱いだブーツを履いて店舗側に降りる。
「お話を聞いてくれてありがとう、アナタの売ってくれたもので私たちは一歩先に進めるわ。
寄り道しちゃったけど本当に感謝してることを伝えたくてここに来たの。それだけはわかって」
「ああ、お前の感謝は確かに受け取った」
京子は俺の言葉に笑顔で返し、オッサンにも礼を言って退店した。
彼女がいなくなって数分、俺はひょっとこ面を外す。
それを見たオッサンが店舗とリビングを仕切る二枚立ちを閉め、扉の向こうから語りかけてくる。
「大変だったな」
「オッサンこそ迷惑かけて悪いな」
お互いを労い合う。面倒ごとはとりあえず回避できた。
「ブラックマーケットにはもう出ないほうがいいのかな?」
管理人の一人たるオッサンに相談してみる。何人もモグリを見てきたオッサンの意見を聞いてみたい。
「むしろ積極的に出展したほうがいいんじゃないか。ひょっとこ面としての顔が売れると立場が強くなる。
正体を探ったところには売らないって言えば牽制できるだろ。ブラックマーケット内でお前を攫おうとすれば俺たちが介入できるしな」
なるほど、ならば先に品物を揃えて身の安全を図るほうがいいか。
やはり意気揚々と外出したが、帰宅しないといけなくなったな。
「オッサン、あとでまた買い出しの注文をしに来ると思う」
「おうよ、任せな」
鷹揚とした声で任せろと言ってくれるオッサン、全く頼りになるぜ。
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