販売:酩酊ポーションと明日への栄光
第二商店街のブラックマーケット。そこの第一商店街側、Eの3と地べたに書かれたスペースで俺はシートを広げた。
寝起きそのままの勢いでオッサンに聞きたいことを聞きに行った俺は、品出しをしているオッサンを手伝いながら出展方法について教えてもらった。
第二商店街、ブラックマーケットの開催されている方の商店街な。商店街の中心にある店舗の一つがシャッターを上げていて、そこがブラックマーケットの区域振り分けの本部なんだとか。一日五百円でワンスペース、満席でスペースが取れなかった場合は翌日の予約ができるらしい。二日連続の出展はルールとして禁止とのこと。意外に細かい。
「好き勝手やるやつがいたから俺たちが自治組織作って取り締まることにしたんだよ」
とはオッサンの紹介してくれた運営本部で働いていたメガネのハイランダーの言葉。
休みの日にはボランティアで手伝っているそうだ。いいやつだなぁ。
ちなみにハイランダーの証明となるタグには『高之参』と刻まれていた。ハイランダーの階級は低中高の三段階で、その中でも五段階に分かれているらしい。メガネのハイランダーはメッチャすごい人ってこったな。
極みって階級もあるらしいが、ハイランダーの中でも何かを成し遂げた人しか送られない名誉階級みたいなものなんだとか。十数人しかいないらしいしね。
閑話休題。
シートを引いて出来たスペースで俺はひょっとこの面を装着して胡坐を掻く。俺の背後のダンボールには、酩酊ポーションを十二本の試験管に移し替えたものがテストチューブスタンドに入っている。高いものなので客には買うと決めた時にしか見せないのだ。
店先に置いているのはダンボールに十二本、酩酊ポーションと値段三十万と黒マジックで記入したものだけだ。さて何人が俺に話しかけるかな?
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
クラン『明日の栄光』の序列四位である大隈京子は、木曾ダンジョンからの遠征を終えた翌日。巣鴨ブラックマーケットを訪れていた。
彼女の趣味はこのブラックマーケットで明らかにハズレであろう品物を高値を出して買うことである。大体が詐欺商品だが、極稀に本物が混ざっているのでそれを引いた時の快感を得るために彼女はブラックマーケットに通うのを辞められない。
戦友たちは彼女のことをガチャ依存症と認定しているのが、彼女の財布の緩さを言い表しているだろう。
そんな彼女が目を引いたのは品物を何も置いていない、ダンボールの値札だけの店だった。
店主であろうひょっとこ面をつけた男に京子は臆することなく話しかける。
「ここは何を売ってるの?」
「値札に書いてるだろ」
不愛想に返事をした店主に少しばかりムッとした京子だったが、そういう人物だと判断して会話を続ける。ハイランダーは切り替えが重要だ。
「本当に酩酊ポーション? 偽物じゃなくて?」
屈みこみ、ひょっとこ面に視線を合わせて京子は尋ねる。
ひょっとこ面の男は馬鹿にしたような口調で返した。
「アタリかハズレか、それを楽しむのがここの流儀だろ?」
京子はその回答に心が引かれてしまった。ここで買わねば、自身の考えと同じ精神をぶつけられては、ブラックマーケットを楽しんでいる自分を偽ることになる。
もはやアタリでハズレでもいい。そう思った京子は棒状の数字ダイヤルが引っ付いた手形をひょっとこ面の男に渡した。
「これは?」
「専用の手形だよ。それを持って本部に行けば引き換えにお金をもらえるの」
へぇ、と呟いて男は懐にしまう。
「何本持ってくんだ? ダイヤルの読み方がわからねぇから額がわからん」
「三百六十万払ったから全部だね。それにしても読み方わからないの取引していいのかしら? 私が騙してるかもよ」
「商品見せてないのに買ったお前さんに信用を要求したら筋が通らねぇだろうが」
男は後ろを向いて、十二本の試験管が刺さった試験管立てを京子に手渡す。
「品モンだ。悪用すんなよ?」
「どうもありがと。次は運びやすくしておいてよね」
ちげぇねぇと仮面の奥で笑う男に、またねと声をかけて京子は立ち去る。
京子は久しぶりに面白い人物に出会えたと心から思ったのだった。
ブラックマーケットからクランの拠点に戻った京子はラウンジで先ほど買った試験管を眺めていた。
そこに近づくのは結城穂香。クラン内の序列七位で京子を先輩と呼ぶ双剣使いである。
「先輩、またガラクタ買ってきたんですか?」
「失礼ね。今回はポーションよ」
「なおのことハズレじゃないですか。前にポーションだって買ったのエナドリの混ぜもんだったですよね」
「酷い味だったわよねぇ」
ケラケラと笑う京子を見て、思わず眉間を揉んでしまう穂香。
クランの上位者たちは自由人が多すぎるため相対的にまともな穂香が割を食っているのはクラン内の共通認識だった。
ラウンジの中から視線を集めてしまった彼女が話を戻すように試験管について聞く。
「普通のポーションではないですよね? 回復ポーションの色はエメラルドグリーンですし」
「酩酊ポーションらしいわよ~」
「絶妙に使えないらしいポーションじゃないですか……」
たとえ本物だとしても微妙だと聞いた効果のポーションに一体いくら使ったのだろうと、穂香は京子に値段を尋ねた。
穂香は返ってきた答えに頭を抱えてしゃがみ込む。
「馬鹿じゃないですか!? そんなものに三百六十万だなんて!」
「本物だったら出雲ダンジョン攻略できるかもよ~」
「本物でしたらね!」
「あら、じゃあ確認してみましょうか」
京子は試験管を一つ摘まんでラウンジの端で槍の穂先を磨いていた序列二位の大堂院凪に話しかける。
「凪、男試ししてみない?」
「あん? 構わねぇが……」
許可を得た京子が試験管の蓋になっているコルクを抜いて凪にぶっかけた。
凪の青い草紋の鎧が濡れ、彼の眉がピクリと上がった。
「おい、大隈。喧嘩を売ってんのか……、ア、ギィ……」
自慢の鎧に液体をかけられて怒りのあまり思わず立ち上がった凪の身体が崩れ落ちる。
液体をかけた本人も驚きの表情だ。
「ちょっと、凪。大丈夫」
「き、気分が……、最悪だ……オロロ――――」
凪の尊厳を犠牲に、この一週間後。出雲ダンジョンを明日への栄光が攻略したことが政府の発表で全国に広がるのだった。
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