霧島酒店の副業
ひょっとこ面を被ったままアパートに帰宅する。
ブラックマーケットは毎日売り手を変えて行われている。売り物ができたらあそこで売ってみるか。
……。ブラックマーケットを見て回るのに集中しすぎたせいで飯を食べずに帰ってきてしまった。いやはや困った、ここら辺物流がボロボロだからコンビニないんだよな。
かと言ってもう一度外出する気にもなれないし。一食ぐらい抜いてもいいか。
何もないリビングの中で日記帳を取り出す。A4サイズのハードカバーのそれはやはりゴツく感じてしまう。
新たに何か刻まれていないかとページをめくる。ビンゴ! ビデオカメラの次の項目に酩酊ポーションの項目が書き記されていた。
ポーションとはラテン語の飲むというポトに由来する飲み薬で、別名水薬ともいう。
ダンジョンが世間の常識になった今ではポーションと言えば、飲用して身体のダメージを補修するイメージになっている。
ポーションはダンジョン内でのモンスターから得られるドロップ品でしか入手できず、それも高位のダンジョンでないとドロップしないハイランダー垂涎の品。値段にして七桁万円は下らないはずの品物だ、作れるなら大儲け! うっしゃっしゃ。
早速作ってみよう。材料は二十五度以上の酒、三十七度のウイスキーがある。水魔石の魔溶液、これはない。後は魔法陣を刻むための瓶。これはウイスキーの瓶でいいな。
工程を見ていくとウイスキーと水魔溶液を熱する必要があるから、追加で鍋と火が必要か。瓶に魔法陣を刻むのにリューターも要るし、洗濯機とかは買わないで置いて正解だったかな。
問題は水魔石だ。早速だが美月にお願いしないといけないことになった。持つべきは友人ってか? 頼りにさせてもらおうか。
……。今更だが酩酊ポーションってなんだ? 調べようにもスマホもパソコンも電波もないからなぁ……。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
昨夜はいつの間にか眠っていたらしい。
グッと伸びをして背骨を鳴らす。とても小気味よい。板張りの上で寝たせいか身体がギシギシいってるが仕方ない。布団だけは今日買っておこう。
今日の予定を考える。
まずは美月のところで水魔石を注文、耳島のオッサンに通信手段の無心に行く。
俺は巣鴨ブラックマーケットの外に出ると危険なので人を雇って買い物をしてもらいたい、その人手の心当たりがないかもオッサンに聞いておきたい。顔が広いからな。
そういえば、メモも筆記用具もないから買ってきて欲しいもののリストが書けない。美月に頼んで貸してもらうか。
よし、今日の行動内容は決まったな。
「日記帳を隠してっと……。よし」
和室の押し入れに日記帳を隠して外出する。日も高くなり始めている、おそらく十時ぐらいかな?
霧島酒店までの道を歩きながら昼食に何を食べるか考える。
一食抜いたから豪華にいきたいね。
霧島酒店に着くと既にシャッターは開いていて、美月が外にポップと立て看板を設置しているところだった。
それらを設置して顔を上げた美月が俺に気づいた。おはようと声をかける。
「おはよう。朝っぱらからどうしたんだい?」
「実は昨日の今日だが注文をしたくてな」
美月がスッと目を細めて周囲を見渡す。俺を手招きして店内に入れると、店舗奥にあるレジスターを置いてあるカウンターの裏に回った。
美月はカウンターの下からファイリングされた帳簿を出し、カウンターの上に広げる。ビッチリと小さな女性の文字で書き込まれたそれをよく見ると、魔石の値段と種類について書かれた注文票のようだった。
ダンジョンに併設された酒場で見たものと比べるとさらに細かく分類されている。いや、分類というより一個一個にキチンと値段をつけているのか。
「何が欲しいの? グラム単位の取り扱いだから特殊なもの以外は揃ってると自負してる。
赤ラインを引いてるものは売れたものだからそれ以外は買えるし、もし帳簿になかったとしてもハイランダーに依頼を代行して調達してくるよ」
声を小さくして話す美月。なるほど、完全なモグリとして魔石を調達しているらしい。ここが政府の取り締まり範囲外だとしても用心をするに越したことはないんだろう。
ページをペラペラとめくり水魔石の項目を探す。帳簿の中ほどに見つけた。純粋な水魔石の取扱個数は合計で七十を超えている。単価を考えると値段は酒場の倍近くするが。
「えらく高いな」
思わずつぶやく。
「当たり前でしょ。これだけの物を揃えるのに手間賃とかとんでもなくかかってんのよ」
それはそうか。ハイランダーたちが酒場と同額で売ってくれるわけがないわな。
「急にお金が必要になったハイランダーが横流ししてくれた物もあるし、隠しダンジョンを発見したハイランダーが盗掘したものもあるわ。
正直利益にはなってない額よ。ブラックマーケットの近くじゃなきゃこんな副業やってないわ」
「ふーん……。よくわからんが大変そうだな。
これをくれ。二百八十三グラムのやつ」
興味もないので半分聞き流しながら水魔石の中サイズを注文する。
美月は俺が聞き流していることに半目になりながら帳簿に赤ペンでラインを引いていく。
「いつ必要? 二時間もあれば用意できるけど」
「最短で頼む、帰りに取りに来るよ」
はいはいと軽い返事をする美月に背を向けて退店する。
次に向かうのは耳島のオッサンの店だ。
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