霧島酒店
霧島酒店は商店街での店舗テナントをぶち抜いて店を構えているのでかなり大きな店舗である。俺はあまり酒を飲むのは好まないので寄ることは少ない。
だが、この霧島酒店は俺の同級生の経営する店である。ご近所さんになるんだ、挨拶ぐらいしておくべきだろう。
店の引き戸をガラリと開けて中に入る。いらっしゃーいと明朗快活な声が店の奥から聞こえてきた。
ウイスキーの瓶やハイボールの缶が並ぶ棚を抜けて奥に行くと目当ての人物が帳簿とにらめっこしていた。
「よっ!」
「ん~? あら! タカじゃない!」
帳簿をパタンと閉じて俺に駆け寄ってくるこの女は霧島美月。親父さんとお袋さんを早くに亡くしたがダンジョン化を機に先祖来の霧島酒店を立て直した女傑だ。
こいつとは小学校から大学までの腐れ縁で、俺も親父さんたちには良くしてもらっていた。彼らが亡くなってから美月も忙しくなって疎遠になっていたが、それでも年に一回はここに訪れていたものだ。
まー、俺がここに寄らなくなった一番の理由は違うんだが。
「なになに? アタシに種くれる気になった?」
これである。結婚しなくてもいいから子供が欲しいと、何故だか俺に強請るので近寄りたくなくなって仕方がない。
しょうがなしと言えご近所さんになってしまったんだがな。
「ちげーよ。俺はこの先のアパートで生活する事になったから挨拶ついでに寄っただけだ」
「は? アンタ仕事は?」
辞めたと伝えるとオッサンと同じく馬鹿笑いした。なんでや。
「アンタには会社勤めは無理って商店街のみんなで言い合ってたのよ。アンタは自由すぎるからね」
「誉め言葉として受け取っとく。
そういや、ここにも魔石取扱所あるよな? 場所だけ教えてくれないか」
俺の発言に美月の雰囲気が一瞬だけピリつく。
おおー、見知った顔とはいえ警戒されとる。
「なんでそんなこと聞きたいの?」
極めて冷静に俺に問う美月。正直に言ってしまうか。でもさっき失敗したばっかりだしなぁ。
誤魔化すか。
「ちょっとやらかしてな。政府に追われてるから魔石買えないんだわ。
新しい仕事に魔石がいるんでどうにかして入手したいんだが……。ブラックマーケットで売ってるやつ知らないか?」
「……ふーん。いいよ、欲しい魔石を指定してくれたらアタシが融通してあげる。それでどう?」
「おお、ありがたいわ。じゃあそのうち頼みに来るからよろしくな!」
手数料代わりに六千円のウィスキーを買う。
毎度ありと俺に伝える彼女は、まだ警戒しているようだ。お互い脛に傷を抱えていると見える。
そのまま退店するときに俺は振り返らず、一言。
「俺はお前の味方だからな」
俺は手を振って新たな家へと歩き出した。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
俺が使用許可をもらったアパートは小奇麗に手入れされてるものだった。二階建てでそれぞれ四部屋ずつの計八室、一部屋一部屋も中々の大きさのようだし良物件だ。
鍵に書いてある五号室は一階らしい、部屋番の四番が飛んでるんだな。
五号室と書かれた部屋のドアノブに付属した鍵穴にもらった鍵を使用し捻る。カチャリと開錠音が鳴ったのでノブを捻って入室。玄関が意外に狭い。
靴を脱いで真正面の部屋に入る、十畳ほどのキッチンとリビングが併設されており、リビングから二枚引きを介して和室につながっているようだ。
まっさらなリビングにジェラルミンケースを置いて横になる。いや、大変疲れた。
「なんか、退職した瞬間に大変なことになったなぁ」
だからと言って後悔なんてしていないが。
横になっていると。うーん、なんだか眠気が……。
いかんいかん、両手で顔を叩いて覚醒。ケースから日記帳と魔溶液を取り出す。押し入れに隠しておこう。
思わず横になったが、電気が来ているかどうかも確認していないし、なんなら冷蔵庫もない。もう一度商店街に行かなくては。
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