5
(本気は出せない、かといって手加減もできない)
どっちが思ったことであろうか。
だがその現実の一寸先では、戦いが始まっていた。
サヤは素手で。
魑魅は素手と仲間で。
五分五分とは言い難い争いを続ける。
(この指の動き……)
サヤは戦い中も、魑魅の動く指に注目していた。
だがどうしても動きとの共通項が見つからなかった。
ランダムか、それとも……
(試すか)
ドン!
牒剣が、音の後に戦いの枠から蹴りで外される。
その距離は20m程と長く、すぐには帰ってはこれない。
「キミの運、試そう」
運などではない。そんなことは重々承知の上、サヤは魑魅の左右の腕を植物で拘束し、右拳を腹のど真ん中へと振り下ろす。
(さあ、その指を動かせ!)
動かしても動かさずとも利があると確信したサヤは、その顔に笑みを浮かべる。
だが、
「トン」
魑魅の一言で、状況は一変した。
サヤの拳は間違いなく魑魅の腹にヒットした。
だがダメージが、見当たらない。いや、もはやない。
「…………は?」
訳の分からない状況下で、サヤは素っ頓狂な声を漏らしてしまう。
それもそうか、確死が入った確信。それが目の前の男の一声によって破られてしまったのだから。
その一瞬を見逃さず、魑魅は左手の人差し指を自身へと向ける。
ズバァン!!!!!
「………まずっ…………」
先程よりも重い音が響いた後、サヤの右腕に牒剣が刺さった。
これで彼女も、ようやく同じ土俵に立つ。
「………なにを、したっの……?」
まだわからない。
先を越せない。
何故私は跪いているの?
「………頭脳………」
「………」
わからない。
わからない。
わからない。
私の能力も、彼の左指も。
「そもそも僕が、牒剣を操っていないとしたら、どうですか?」
……
その文章を飲み込んだ後に、彼女は息を呑んだ。
そもそも自分は、剣は操られているものだと思い込んだまま仮説を立ててしまっていたのだ。
そうだ、最後もそうだったではないか。目の前の男は指を自身へ向けたにも関わらず剣は横から飛んできた。
見抜くことができなかったダミー。
ははは……
笑い声すら出ない。
「じゃあ、あの音の先行化の無視は………」
「…………敵に教えを乞うその姿、実に惨めですねぇ」
先程まで優勢に立っていた相手の、復讐。
魑魅の本性は、今にも出そうになっている。
「……っ」
ただの負けメス。
敗北というなの良薬を口に含んだ彼女は、なにも言い返せない。
「あなたは、孤独だったと言いましたね?」
「……ええ」
「それって、自分は誰とも戦ったこともなく、会ったこともないということでは?」
「うっ………」
ポロリポロリと、サヤの目から涙が落ちてゆく。
よほど辛い過去を思い出しているのだろうか。
だがそんな悲しみの涙を救ってくれるような友もいない。
「あなたの音は、自身が発せずとも先行化していた。だがその話を聞いた時、思ったんです。「彼女の能力の条件は、花に関係した誰でも当てはまるのかもしれない」と。ようやく弱点が垣間見得た時、それは喜びましたよ。まあ殺されかけた時はびっくりしましたけど」
「……」
トン
音の先行化はもうない。
あるのは一人の敗北者と、差し出された牒剣。
「あなたには、悪い事をしたわ……」
すすり声と共に、サヤは謝る。
決して平謝りなどではないが、今は自身のことで精一杯。
「………何故分からないかなぁ」
「……え?」
「僕は、お前を尊敬したんだよ」
地面、戦争、その全てもが二人を覆っているかように感情が入り混じる。
そしてようやく出た。
「ありがとう」
の一言が。
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