第2章・2
ぎゃあああああ!
荒野に野太い叫び声が上った。
「ホヅディルさん、悲鳴──」
言い終えるよりも早く、彼は動いていた。
私も寝ていたユールを揺り起こして、そちらへと向かった。
ドワーフの作りだした道は、もうかなり森へと近づいていた。
道の最前線で、小さな彼らがエルフの弓矢によって襲われている。
「ぎゃああああああ」
「わあああああああ」
おじさんたちの野太い悲鳴。
「あの馬鹿ども、限界超えやがったな」
「はやく、助けないと」
ドワーフとエルフの仲は、悪いという以上に悪い。
平原に真っ直ぐな土の道ができている。だが、それは森のほんの少し手前で、途切れていたが約束の距離よりも森に近い場所だった。そこはエルフの森にドワーフが近づける限界であった。
線を越えようものなら見張り番によって、ドワーフには容赦なく矢が放たれる。
エルフは、怒っていた。
南方の森は、都のある平原を包み込むようにして西方で山と繋がっている。
そこには一本のトンネルがあった。
トンネルを境にして、北を山のドワーフが、南を森のエルフが納める土地としてきた。けれども、森と山の境界とは、そもそもどこに在るのか?
山は北へ向かえば向かうほどに、切り立つ岩山へと姿を変える。
しかし、都市の周囲はまだ木々のある緑の山が広がっているのだ。
山を掘り進めるドワーフは、木を切っては炭として、製鉄や金属加工に用いる。
エルフは木を愛し、木から糧を貰い生きる。絶対に無暗に木を切ることはない。
生き方と領土、両者はあまりに相反している。
そこにある年、事件が起きた。
わたしたちの社会が、ポンおばあちゃんを大統領として回り始めてすぐのことだった。
「あまりにも、ここまで多くの血が流れ過ぎた」
エルフの賢王・オルブルームは、静かに呟いた。
彼の見た目は、まるで成人のように若々しい。
エルフには、数千年生き続ける寿命と寿命の内の九割を若いままに生きるという特徴があった。集まったエルフはみんな若々しい見た目をしている。
オルブルームは、エルフの側近を集めて彼の地に集まった。
そこは、エルフとドワーフの争いが発生した境界から、さらに1
「この一久碼は、両者の争いの歴史を忘れぬための距離です」
ドワーフにもエルフにも血が流れ、血は血を呼んで、両族は傷だらけだった。もう戦争をしないことを誓うため、両王は前へと進み出て石版に名を刻んだ。
エルフの王は、先の魔族との戦争の折も知恵を生かして戦った賢者だ。
ドワーフの王は、エルフの王と共に戦った戦士の息子であった。
多くのエルフとドワーフが集う中、ドワーフの王がその名を石に刻んだ。
そして、エルフが次いで前に進み出た。ドワーフの王は自身のノミを差しだしたが。オルブルームは首を横に振った。彼は人差し指を掲げた。その指にはまるのは大きく、美しく澄んだ蒼い宝石だった。
このときドワーフの王は、確かに見た。
その石の中に、波が現れたのを。
<――その時、ドワーフの王・リヤドはそれが魔族との戦争において使われた伝説の武器なのだと悟った>
指を石に近づけると、岩が簡単に削れた。
ドワーフの作ったノミよりもはるかに鋭く綺麗に意思が削り取られた。
だが、一文字もその石にエルフの王の名が刻まれることはなかった。
その時より、永遠に。
両者の友好の機会は、失われた。
一本の手斧が、すべてを奪ったからだった。
どこかから投げられたか、これは今も分かっていない。
だが、その斧は恐ろしい速さで飛んできて、エルフの王の細い首を的確に捉えた。ドワーフの王が近くで、彼の鮮血を浴びたほどに。
オルブルームの首は、吹っ飛んで、一久碼先の本来あるべき境界線の上で止まった。
彼の顔は、絶望の死に顔を作っていた。
「誰だぁ!」
リヤド王は、叫んだ。
が、王はここにドワーフ族を連れてくるにあたって、厳命を貸したのだ。気の短いドワーフはいつ武器を抜いてもおかしくないと、武器の所持を禁止したのだ。
だが、彼の激怒や「手斧」という武器がドワーフの犯行だと提示する。
そこからは更に酷い戦争が続いた。
ポンが間に立ち、問題の『血塗られた一久碼』を預かり得ることで両者の争いは、永遠の断交を持って終結したのだ。
今はそこに『大亀裂の砦』へと向かうトンネルが掘られている。
一久碼。
それが両種族の誇りと心を傷付けた距離だ。
例えば、リヒロと魔法使いは森に入った時点で警告・威嚇・捕縛などの処置をとられる。
ドワーフだけはさらに遠く、森から一久碼以内に近づいて時点で、エルフの警備兵によって威嚇なしの攻撃を与えられる。
エルフの長弓は、閑かにしなる。
エルフの目と耳が、的確にそれを捉える。
シュンという音と共に放たれた矢は、美しい弧を描いて飛来する。
一射は、ドワーフの長い髭を刈りとった。
一射は、ドワーフの小槌の中心を打ち抜く。
何本も止めどなく放たれる矢の中、ドワーフたちが逃げ入る隙もない。このままではドワーフたちがこの場で全滅するだろう。
とっさに体が動いていた。
『呪符よ、成すべきことを成せ!』
風の呪符に、発動の言葉をかけ、緑の紐を解く。
呪符は一瞬萌木色に輝いて、わたしの体の周りを飛んで消えた。
ついで緩やかに風が吹き出し、瞬く間に身体のすぐそばを触れれば吹き飛ばされるような暴風が吹き荒れる。
わたしは森までの道を走り出す。
ドワーフの作業のしているところから、少し離れたところをキャンプ地としていたから、少し距離はあるが、何日も作業を手伝っていただけあって、ここに来た時よりも体力が付いた。
この風の盾ならば。
ドワーフたちの前に体を投げ出す。
彼らの矢が、こちらに迫ってきているのが見えた。
鋭く風を切り裂くような白銀の矢じりが、風の盾を擦りぬけようとしたところで、瞬時に矢はバラバラになって外へとはじき出される。まるで、その弓矢が脆くて腐りかけた木の枝のように簡単に砕かれた。
さすがおばあちゃんの、札――。
「みんな、早く逃げて」
「おお、おう」
動揺していたドワーフが、後ろへと下がって行く。
短い足で必死によたよた、ちょこちょこと。
「……」
わたしは遥か前方の森を睨みつける。
いつの間にか弓矢の雨は止んでいた。ドワーフが後方へと逃げ去ってしまったからだろう。だが、それがあまりにも悲しくて残酷だ。
我々には一切の興味がない。
仇敵が死ねばそれでいい。
悲しすぎる。
「聞いて」
だから、わたしは言葉に力をこめる。
森までは、一久碼――とても声の届く距離ではないかもしれない。
「明日、わたしは森へ行く。工事には彼らが必要不可欠。それに森も通らせてもらいたい。一方的な要求かもしれない。でも、わたしはやり遂げたい。わたしが、やり遂げる最初にして最高の仕事を」
風が吹く。
風が強く吹く。
「ドワーフの何が悪いの? エルフの目は、わたしたち魔法使いよりも、あのドワーフたちよりもいいはず。なのに、みんなはドワーフの何を見ているの。土の扱いに優れ、力強く、工事に適している道具を作るのが本当にうまくて――少し頑固だけれど、気さくで。
そんな、みんなをこんな様に扱うのは許せない」
また一層、
風が強く吹いた。
「待っていなさい。抗議に行くから」
エルフたちは、耳もいい。この風の中の言葉も聞こえてくれるだろう。
一方的に、射られる状況を憤らずにはいられなかった。
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