第56話

「――静粛に!」


 そこかしこでのざわめきが、宰相の発した一声でピタリと消える。全員が一斉に、結果を求めて集中した。


「投票の結果――ルーヴェン殿下、二十一票。ルティア殿下、二十七票。無効票五票。以上の結果により、第四代ストラフォード国王は、ルティア・スペルキュナ陛下と決定いたしました」


 成された宣言に、階下から歓声と拍手が沸き起こる。おそらくルーヴェンに投票したのだろう武官派の貴族たちも、歓声こそ上げなかったが拍手はした。表情も、どこかほっとしたものを浮かべている人数は少なくない。


 恭しく運ばれてきた王冠を頭に乗せ、王杓を手にルティアは立ち上がる。同時に、歓声と拍手も収まった。


「愛しき我がストラフォードの王座を預かる身となったこと、心より誇りに思います。わたくしの臣になることに不安を覚える者もいるでしょうが、これよりは国の発展のため、共に歩んでくださることを期待します」


 ルティアはゆっくりと首を巡らせ、集った高位貴族の面々を見て行く。幸いなことに、彼女の前途を危ぶむほど反感を抱いている者は極一部だ。


「それではこれより、王としての初仕事を始めます。各部局長、第一会議室に集合を。魔物襲撃からの復興計画を進めなくてはなりません」

「お、お待ちください、陛下。戴冠式次第を先に――」

「町が落ち着いてからで充分です。さあ、皆、行きますよ」


 言うなりルティアはそのまま階段を降り始めた。関わりのある役職に就いている者たちが、慌ててその後に続く。

 責任者に名前を連ねるのは当然高位貴族の面々だ。集まった人数からするとただでさえ広すぎるホールから更に人が減り、寂しささえ覚える閑散とした姿となる。


「大丈夫だっただろ」


 そしてそういった実務には関わりないエルデュミオと、ある意味警護の役目を終えたフェリシスは取り残される側だ。


「ああ、良かった」


 安堵と共に笑顔になって、フェリシスはうなずく。


「さて。一段落したことだし。僕も今日は通常業務に戻るか」


 騎士団の広告塔として、ただ煌びやかに日常を送る、という通常業務だ。


「これから、貴方はどうするんだ?」

「……そうだな」


 フェリシスに問われて、エルデュミオは答えに迷った。


 ルティアの暗殺を画策したのが本当にルーヴェンであれば、間もなく明るみに出る。王となったルティアには裁炎の使徒から接触があるはずだからだ。

 そうでなくとも助けた第一部隊の近衛騎士、被害に遭った第三部隊の近衛騎士から情報は得られる。


 確証が得られれば、スカーレットがエルデュミオに求めた使命とやらの一つ、ルーヴェンによるマナ喰らいは片付く。

 王族であることが考慮されたとしても、終身幽閉からは逃れられまい。


「とりあえず街の復興と、近衛騎士からの事情聴取だろう。その先はまた後で、だな」

「そうか」

「お前はどうする」

「私がやるべきことは変わらない。騎士として国に、陛下に尽くす。だからまあ、当面は貴方と同じ道行きだな」

「うんざりだ」


 やるべきことは同じでも担当する物事は違うだろうから、顔を合わせることは多くあるまい。それでもフェリシスの言い様が癪に障って、そんな悪態をつく。

 対してフェリシスは苦笑をしただけだ。だがその表情をふと真剣なものへと変え、入口の方へと視線を向ける。


 選挙が終わり、ルティアがホールを後にしてからは特に閉ざす理由はない。思い思いに散り始めた貴族たちのためにも、扉は開いたままだった。

 それで入っても問題ないと判断したのだろう。表情を強張らせたレイナードがホールへと入って来て、ざっと会場を見渡し――エルデュミオを見付けて歩み寄ってきた。


「隊長」

「どうした」


 促されたレイナードはフェリシスを気にして目を向けたが、エルデュミオがうなずくと口を開いた。


「ヘルムート団長、以下第一部隊数名の姿が見えません」


 立場上、ヘルムートがまったく関与していないはずはないだろう。当然彼には警護という名の監視が付いていた。

 にもかかわらず、姿を消せたということは。


「監視に当たっていた騎士はどうした」

「気絶しています。命に別状はありません」

「そうか」


 元同僚、部下を殺めるのは気が引けたということか。


(竜と渡り合うような化け物が本気で脱走しようとしたなら、普通の人間で阻止しようというのは、まあ、不可能だな)

「逃げたのか。では、やはり団長……いや、ヘルムートは関わっていた、という認識でいいのだろうな」

「逃げたんだから、そう見られても仕方ない」


 部下の暴挙は問題だが、現状ヘルムート自身はまだ何の過失も犯していない。その状況で身柄を拘束するのは難しかった。

 逆にこれからは大手を振って準備をして、捕らえるなり討伐なりができるということでもある。


(ストラフォードにいれば罪人として裁かれるのは免れない立場だ。だがそれはヘルムートに限ったことではない)


 階段の先に座すルーヴェンへと目を向けると、彼も席を立ったところだった。


「……まったく。早く僕の日常を返せ」


 舌打ちをして、ルーヴェンの元へと駆け寄る。フェリシスとレイナードも付いてきた。


「殿下、少しいいか。話がある」

「え」


 一般用とは別にある、王族が使用する出入り口を潜る直前で呼び止められて、ルーヴェンは戸惑った様子で振り返った。


「エルデュミオ? 今、私にかい? ……じゃあ、私の部屋でいいかな」

「いや、悪いが僕の執務室にしてくれ」


 王族の私的区画、ようはルーヴェンの懐に飛び込むのはためらわれて、そう要求する。


「そちらの方が近いから、君が構わないならいいけれど」


 警戒したエルデュミオとは逆に、ルーヴェンはあっさりと要求を受け入れた。未だに、彼の立ち位置をどう判断するべきか迷う。


(スカーレットが前回見たものを偽る必要はないはずだが、確信はない。僕を都合のいいように動かすためになら平気で嘘をつくだろう。信用はしきれない)


 ただし、可能性はある。自分がどれだけ信じ切れていなくても、エルデュミオはルーヴェンが主犯である可能性も排除はしていなかった。


「用件の想像はつくか?」

「悪いけど、さっぱり分からない。ただ、良い話でないことだけは察せられる」

「……」


 白を切っているだけなのか、エルデュミオにはやはり分からなかった。しかし抵抗の様子がないことだけは間違いない。


(まあいい。まずは身柄を確保してからだ)

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