第42話

 フェリシス、ルティアと別れ、エルデュミオは裏手から神殿を出て帰路に着く。周囲の混乱はまだしばらく続きそうだ。

 とりあえず防備を厚くすることだけは即断されたのか、正騎士の小部隊が城壁に向かう姿を途中で見かける。


「騎士団も一応、危機であるとは認識したようですね」

「そうみたいだな」

(なら、僕がわざわざ動く必要はないかもな)


 第二部隊は元から戦力として数えられていないので、下手に動かす分だけ連携を阻害し、被害を無駄に広げる可能性さえある。


「……今は何をお考えですか?」

「とりあえず、城に戻ってから各所の動向が見たい。僕にも一応、騎士団長から指示が来るだろうし」


 待機一択だと思っているが。


「ついでに聞いておこう。お前はどう考えている? この魔物の変化と、目的をどう見る」

「魔物の強化に関しては、伺った裁炎の使徒と同じ手段かと。しばらくすればルチルヴィエラの襲撃者と同じように、自滅する可能性もあります」

「それなら、籠城が持てば勝機もあるか」


 なにせ似たような状況で、下手な国より軍事力を持つフラマティア聖神教会の本神殿が陥落したのだ。

 しのぎ切ればいい、というのは一つの希望と言える。


「はい。ですが相手の目的は、フラングロネーアではないでしょう。要人を相手にするとき、周囲から人手を奪うのは常套手段と言えます」

「……ああ、そうか。そっちもあったな」


 リーゼから聖神教会の壊滅の仕方を聞いていたせいもあって、すぐに連想してしまった。おそらくフェリシスやルティアも同じだ。

 むしろそれこそが相手の狙いである可能性を、スカーレットに言われて気が付く。


(ストラフォードの人間なら、余程でない限り王都を滅ぼそうなどとしないだろう。スカーレットの考えの方が有力そうだ)

「ですから、お気を付けください」


 エルデュミオが思い浮かべたのはルティアのことだったが、どうやらスカーレットは違うらしい。真っ直ぐにエルデュミオ自身を見ている。


「余計な心配だと思うぞ。僕とルティアなら、ルティアを狙うだろう」

「理性が働けばそうかもしれませんが」

「……またそれか」


 ルーヴェン主犯説について、スカーレットは頑なだ。


(大体、ルティアたちがルーヴェンに警戒する様子を見せていないんだ。それが答えだろう)


 ルティアたちのルーヴェンに対する対応は、何も知らない者に対するそれだ。協力を仰ぐことさえしないのだから、彼らの中のルーヴェンの印象は、おそらくエルデュミオの認識と大差ない。


(僕にさえ協力を求めたのに、だ)


 ルティアにとって、エルデュミオに話を持ちかけた方がまだマシだった、という証明である。

 更に言うなら、スカーレットはルーヴェンを嫌っている。自覚もしている。悪意を持って見ていれば、判断力も鈍ろうというものだ。


「そう仰ると思ったので、お伝えしました。今回の件に関しては、エルデュミオ様がルティア殿下の近くにいらっしゃるのは賛成です」

「ルティアを僕の囮にしているとでも言いたそうだな」

「そう言っておりますので」


 主への忠誠を讃えるべきか、身分における秩序を正すべきか、迷う返事が寄こされる。


「……ですが。許し難い所業であることは間違いありません」


 少し離れてから神殿の方を振り向いて、ぽつりとスカーレットが呟く。自然と足を止め、エルデュミオは来た道を振り返った。


「まあ、そうだな」


 相手の狙いは、正確には分からない。だがけしかけられた魔物のせいで、戦いとは無縁の、ただ日々を平穏に暮らしていた人々が傷付いたことだけは確か。

 それは許されてはならない行いだろう。


「事態を収める手段を講じるのは急務です。そして、やった者には相応の償いをさせなくてはなりません」

「お前がそうも民に慈悲深かったとは知らなかった」


 リューゲルで人々が理不尽に脅かされていたときも、眉一つ動かさなかったというのに。

 少し意外な気持ちで言ったエルデュミオに、スカーレットは微笑む。


「護るに値する者ならば、護るために手を尽くします。己の身をかけてでもなすべきと思えば、そうします。それだけのことです」

「ふうん? なら、僕は?」

「この地上すべての命を根絶やしにしてでも、私は貴方を護りましょう。――必ず」


 規模が大きすぎて、いっそ現実味がない。そう笑い飛ばそうとして、できなかった。

 柔らかく微笑むスカーレットの瞳はどこまでも真剣で、同時に可能である確信を得ていたから。


「貴方には、それだけの価値がある」

「――……」


 息を飲み、言葉に詰まって――エルデュミオはスカーレットに呑まれた自分に気づく。


「……まあ、そんな大事にするのは無能だけだ。僕には縁のない話だな」

「はい。ただの心構えの話です」


 強引に目線を外し、城へ向かう足を動かし始める。そうすると、急激に周囲から音が戻ってきた気がした。それに安堵を覚えている自分を、エルデュミオは誤魔化せない。


(護ると言われて真っ先に薄気味悪さを感じる経験は、中々珍しいんじゃないだろうか)


 スカーレットがそれほどの忠誠を自分に誓っていた記憶もないので、違和感が強い。

 だがそれ以上を考えようとすると思考が乱され、纏まらない。そのうち考えるのも疲れてきて、エルデュミオは諦めた。

 今すぐ手を付けなければならない問題が、彼の前には数多く揃っていたせいもある。先日のように倒れている場合ではない。


(まずは――そう。ルティアの身辺警護から、だ)




 城に戻ったその途端、エルデュミオは第二部隊の騎士の一人と目が合った。


「ああっ、隊長! よかった、探していたんです!」


 出仕しているべき時間になっても執務室におらず、では引き続き療養中かと思えば自宅にもいない。騎士からは連絡が付かない状況に困り果てていた様子がうかがえた。

 隊長職を預かってからこちら、こうして特別に連絡を受ける状況になったこともなかったし、エルデュミオが連絡のつかない場所に居たこともなかった。

 そのため失念していたが、悪いことをした、と思う。


「会議にでも招集されたか?」

「あ、はい。そうです。ただ隊長と連絡が付かなかったので、会議は先に始まってしまっていまして……」

「だろうな」


 一応、形だけでも騎士団の隊長であるから呼ばれただけで、はっきり言ってエルデュミオの存在など不要な会議だろう。


「報告ご苦労。僕は会議に出てくる。場所は?」

「第一会議室です。副隊長が代わりに出席されています」

「分かった。他にも僕を捜してる奴がいるんだろう。伝令は受け取ったと回しておけ」

「はッ」


 敬礼をして歩き去った騎士と別れ、言われた通り第一会議室へと向かう。

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