綿を多目に入れたどてらと着物を身に付つけて寒さをしのぐ。寒さはある程度平気ではあるが、やはり寒いものは寒い。足袋をしている足には、下駄よりも高い足駄を履いている。

 朝日が白い雪を照らす。啄木はゆっくりと雪の中を歩いていく。夏椿の見える小さな丘まできた。ここは雪はふっても多く積もらない地域のようだ。目の前までやって来て、樹を見上げる。葉のない枝には雪が被っており、寒そうだ。黒く変色した幹を見る。啄木は手を触れて、優しく撫でた。二日前のように無理矢理ではなく、優しく擦る。


「おはよう。啄木くん」


 横から声がかかる。隣を見ると、穏やかに微笑んでいるいつもの姿のまゆみがいた。穏やかに笑う彼女を見て、啄木は笑顔を取り繕う。


「まゆみさん。おはようございます」

「うん、おはよう。朝早く来るなんて珍しいね。子供たちは日の高い時間に来るよ?」


 平然を装うとしている彼女に、啄木は息を吐いて印を組む。


「散」


 一つの言霊と共に、夏椿の樹にかかっていた雪が弾け飛ぶ。今のは前に雪を飛ばしたときに見せたもの。今のを見せて、彼女は察するだろう。まゆみは目を見張り、彼は向き合った。


「……お話を、しませんか?」

「……うん、いいよ」


 彼女は笑みを保って頷いてくれた。

 啄木は濡れてない場所を探したがなかったので彼が術で一部の地面を乾かす。二人は座り、まゆみにどてらを肩にかけてあげた。本体は寒さにある程度強くても、人の形を取った木霊にも感覚はある。彼女は戸惑いながら、啄木に感謝をした。


「あ、ありがとう……」

「どうもいたしまして。……今日は寒いですから」


 啄木は町を見て、唇を動かす。


「まゆみさん。一昨日のことについて、ご存じかと思いますが」

「……うん。あれは啄木くん、だよね?」

「はい、俺です」


 隠さず否定せず、首を縦に振って答えを示す。啄木は頭を下げ、誠意を示す。


「……前と二日前のことについて、謝罪をさせて下さい。申し訳ございません」


 謝って顔をあげる。苦しそうな顔でまゆみは口を閉じていた。彼は彼女の顔を見据えて優しく話す。


「失礼ながら、教えていただきたいのです。貴女がなぜ長く生きたくないと願うのか」

「……それは啄木くんが半分人でないのに理由があるの……?」


 まゆみに隠していたはずの気配を見破られ、苦笑する。


「……見破っていたのですね」

「気付いたのは、さっきだけどね」


 半妖と気付かれた以上、話しやすくはなった。


「ええまあ、一応は関係あります。……込み入った訳があるので……ちょっと話しにくいですが」

「……そっか」


 それとなく話せない雰囲気を出す。まゆみはこれ以上は何も言わなかった。察してくれたのだろう。啄木はほっと息を吐くが、彼女は「代わりに」と微笑みを浮かべる。


「啄木くんのこと、教えてよ。それならいいでしょう?」


 人を殺したこと、人を嫌っていることを咎めない。理由があるとわかってくれている。気遣いに感謝をして、啄木は頷く。


「……それなら、構いませんよ」


 組織に関連するような話題を避ければいい。

 まゆみは自身のことを語ってくれたのに、自分も語らないのは不公平だ。そう考えて啄木は苦笑をする。教えられるだけ自身の事をまゆみに教えた。

 自分の出生、住んでいた場所、宗教関係の迫害、ここに至るでの経緯。

 自分の出生から島を出る話の部分で、まゆみは傷付いて苦しむ顔をしてくれた。過去を聞いて同情してくれるのが、嬉しくも申し訳なさを彼は感じた。語れる部分を話終えて、彼はまゆみを見る。


「こんな感じです。楽しくないでしょう」


 声をかけるがうんともすんとも言わない。まゆみは見つ続けるうちに、ぼろぼろと涙を流し始めた。啄木はびくっと震えて慌てる。懐にある綺麗な手拭いを啄木は彼女の目の前に出す。手拭いを視界に入れて、まゆみは感謝をする。


「……ありがとう。ごめんね」


 手拭いを受け取って涙を拭う彼女に、啄木は首を横に振る。


「まゆみさん。謝らなくてもいいです。俺が話し出したんですから」

「……でも、啄木くんは……」

「昔は辛くても、今は辛くないですよ」


 本当であった。仲間と出会い、まゆみと出会って、日々が明るくなった。


「俺の母さんは……昔死にましたけど、なんとか墓が作られて墓参りができたので良かったです」


 啄木は大きくなって、こっそりと島に立ち寄る。

 仲の良かった人と再会し、母親の末路を聞いた。宣教師に悪魔払いと言う名の拷問を受けて、そのあと弱り果てて死んでいったと言う。亡骸は海へ捨てられそうになったが、彼らが哀れんで密かに島の奥地で墓を作ってくれた。人が訪れることない場所であり、今でも墓はある。


「……人は嫌いですが、人は捨てたものじゃないですよ」


 思い出しながら言い、苦笑した。


「我ながらおかしいんです。人が嫌いなのに、人を期待してるなんて」


 まゆみは瞬きをする。


「……そうかな? 私はおかしくないと思うよ。

人にも色んな人がいるし、啄木くんのような人がいてもおかしくないと思うもの」

 

 人扱いされて、啄木は目を丸くした。人扱いされたことなく、啄木は口をあんぐりと開けて言葉を発しない。長く生きた妖怪ならば人扱いもするだろう。今まで、啄木は人扱いをされたことはなかった。彼の驚く表情を見て、彼女は笑う。


「あっはっはっ、貴方もそんな間抜けた顔をするんだね」


 余程間抜けた顔らしい、啄木は焦り出す。


「いやいやいや、まゆみさん。俺が人って……半妖ですよ?

人であって人でない俺が人って断言されても……っ」

「人だよー。啄木くんは人。だって、人じゃなかったらこんなに思いやりなんて見せないよ。啄木は子供たちと私を思いやってるよ」

「そ、それは……そのっ!」


 断言されてしまい、顔を赤くした。真正面から誉められて、啄木は緩みそうになる口許を引き締める。頭を掻いて、罰悪そうに視線をそらす。


「まあ、その、ありがとう、ございます」


 途切れ途切れに感謝をした。人として見られるのは得意だが、ちゃんとした人扱いは始めてである。何とも言えず、微笑む彼女に啄木は本題に移す。


「……俺の事も話したんですから、まゆみさんも自分の事を話してください」

「えっ?」


 笑顔が引きつる。このまま有耶無耶にするつもりだったのだろう。打ち合えたくもない過去を話したのに、自分も話さないとは不公平である。啄木は彼女の手を握り、にこやかに。


「不公平じゃないですか。話さないと、無理矢理でも直しますよ?」


 彼の瞳は笑っておらず、本気である。長生きしたくないと言った彼女にとっては十分な脅しだ。戸惑うまゆみは圧力に負けて、顔を俯かせる。


「……わかった。話すね」


 顔を上げて、まゆみは町を見る。啄木は最初の時に初めてまゆみを見たときと同じように感じた。今、近くで見てどんな顔をしているのかがわかる。懐かしくて、泣きそうな表情だった。

 彼女は目を閉じて、話し出す。


「私は人が羨ましい。短命で短いときを生きようとする人が羨ましい。……たくさん大切な人を置いていく回数も減る。一緒に老いていける。一緒に居れる時間が過去のものになりにくい。居たと言う証が絶対になくならない」


 彼女の羨ましさに否定したい人間もいるだろう。だが、彼女は木の精霊である。本体が無事である限り、恒久的に死ぬことはない。人に寄りすぎた木霊の彼女にしかわからぬ羨望だ。これだけが理由ではないだろうと、啄木は何となく察した。


「……私は人に生まれ変わりたい。生まれ変わったあの人に会いたい」


 大きな理由がまゆみの想い人であろう。

 彼女の愛しげに町を見つめる様子に、啄木は内心で良くない想いが出てくる。無理矢理でも延命させようか。記憶を操作してその人を忘れさせたいと。妬みは良くないものであり、彼は抑え込んで彼女の望みを叶えようと思った。


「……俺に、できることはありませんか?」


 何とか吐き出して、まゆみに顔を向かせる。


「その、俺のしてきたことは良くないことです。……無論、貴女の願いは俺の良くないことで、叶えるつもりはありません。……俺に出来ることがあれば言ってください。叶う限り手伝います」


 頭をかきながら、啄木は言いにくそうに話す。迷いながらも自身のために動こうとしている彼に、まゆみは瞳を潤ませる。


「……じゃあさ……」


 彼女は嬉しそうに笑って。


「私を、看取ってくれる?」

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