第49話 コーヒーに混ざったミルク
ハーデス様に用意してもらった部屋は、魔界一というだけあってとても豪華で広い部屋であった。
一体なん部屋分の広さを持っているか分からない程のリビングには、いろんな種類のドリンクを飲めるカウンターがあったり、ビリヤードやダーツなどの遊具も設置されていたり、ベッドよりも広く長いフカフカのソファーがあり、どんな疲れもここに居れば吹き飛んでしまいそうな造りだった。
しかし、今の俺は浮かれた気分にはなれず、部屋に併設されている魔界の景色を一望できるベランダで、何かを注目して眺めるわけでもなく只々呆けていた。
魔界特有の生暖かい湿気じみた風が体を通り抜けていく。
ここに来るまで俺は、ただ仕事を放り投げたわがままな神を見つけ、そのまま天界に連れ帰れば全てが上手くいくと単純に思っていた。
だが、神の言葉を聞いた時に、本当にわがままなのは誰なのか? 何を理由に連れ帰るのか? 連れ帰ったとして、俺の人生は全て上手くいくのか?
色々な思いが混じり合い、ここに来るまでの確固とした思いが融解した様に思えた。
その結果、俺は神と戦う気力が大いにそがれていた。
もし、何とか神に勝って連れ帰り多大な幸運を受けても、それを能天気に受け入れて喜びに身を任せられる気がしない。
俺は少し何かに気が付いてしまったのだ。
もし気が付かなかったら、そのまま簡単に受け入れられただろう。しかし、気が付いてしまった。
気が付いてしまえば、もうそれだけを汲み取ってなかったことには出来ない。
コーヒーに一滴のミルクを入れたように、もうそれは良くも悪くも混ざってしまったのだから……。
「俺は何の為にここまで来たのかな……?」
そんな何気ないが、今純粋に思っている事が口から零れた。
「何で、そんな何かに黄昏るいい男の雰囲気を出してるんですか? 魔界に影響されました?」
ヴィディがいつものにこやかな笑顔を見せて話し掛けてきた。
「思慮深い幸太さんも良いですけど、やっぱりいつもの不器用ながらも無謀に頑張る幸太さんが好きですよ」
「いや、まるでいつも馬鹿が無計画に動いているみたいに言わないでよ」
「ふふっ。私が言いたいのは、人やその他の存在も同じですけど、一つの存在がこの世の全てを丸め込んで理解する事なんて不可能な事です。それが出来ないからって、別に人が起こす行動の価値が無くなるなんてことはないですよ」
「今日はやけに優しいね」
「何を言っているんです? 私はいつも優しいですよ」
ヴィディの漆黒の瞳が、まるで子供を見守る母親の様に包容力を持って俺を見つめる。
久しぶりに感じたが、流石は女神だ。まるで、教会の中で懺悔をしているような気持になる。
そう何もかも頼りたく感覚を覚えながら、俺は気になっている事を聞いた。
「そういえば、ベル様は何処に行ったの?」
「さっき、怒りながらどっかに出かけて行きました」
「そっか……そういえば、少し気になる事があるんだけど」
「何です?」
「神が、昔のベル様は違ったみたいなことを言ってたけど、昔はどんな感じだっの?」
「そうですね。昔のあの子は、とても真面目で熱心でいい子でしたよ。幸せになった人を見ると、とても喜ぶような」
ヴィディの言葉に俺は驚いた。正直、ここで出会ってそれなりの時間を共有してきた身として、いつもわがままで自分本位の行動をしていたベルからは想像できない姿だった。
しかし、それ以前の姿を知らない俺は、その転換期を聞くことにした。
「へー、意外だね。そんなベル様が、何で今みたいになったんだろう?」
「そうですね……。私は今でもあの子はいい子だと思いますが、確かに少し変わりましたね」
ヴィディは魔界の景色を眺めながら、少し考えるそぶりを見せて口をゆっくりと開いた。
「私も詳しくは知らないんですけど……そうですね、十年前くらいかしら」
ヴィディはそこからある話をしてくれた。
そして俺はその話を聞きながら、自分の幼少期を思い出していた。
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