第19話 魔界庁人事監視課 ファミ

 何とか消滅の危機を免れた俺は、ピクピク痙攣しているアスモを見下ろしながら、荒れた息を整えていた。


 そんな俺の前に、一人の男がやって来る――オタク君だ。


「やったでござるな。アルティメット・ラブマスターよ」


 爽やかな顔をしたオタク君が、労をねぎらうように俺の肩にポンと手を置いた。


「ああ。っていうか、案外君も人の話聞かないよね」


 そんなたわいのない話をしている最中に、後ろから声が聞こえてきた。


「ふん。随分と時間が掛かったな」


 後ろを振り向くと、そこには腕を組みいつも通りに態度がでかいベルがいた。


「でも、まあ駄犬にしてはよくやった方だ。褒めて遣わす」


 旅に出て、初めてベルに褒められた。


「ベル様……」


 俺は疲れた体を引きずるように、ベルに向かって一歩前に踏み出した。


「近づくな」

「え?」


 ついさっき褒められた俺は、何故かいきなり拒絶された。


「えっ? 何で?」

「だって、お主臭いし。それになんか……気持ち悪いぞ」


 気持ち悪いと言われた俺は、自分の姿を見た。


 その姿は、パン一で体中にクサヤを巻き付け、右手には黒いべとべとしたものを付着させている物だった。


 うん。確かに気持ち悪いな。


 でも、あんたが自分勝手に取り決めた決闘に、俺頑張って戦って勝ったよね? いくらなんでもそんな言い方なくないか?


 そんな傷心の俺の肩を、後ろから誰かが手を置いた。振り向くと、そこにはオタク君が悟った顔をしており、俺に一言を言い放った。


「ふっ。我々はいつもこんな立ち位置でござる。諦めて受け入れるでござるよ」

「受け入れられるか! っていうか、俺はいつオタク君グループに入れられたんだよ⁉」


 オタク君の言葉に俺が抗議していると、足元から苦し気な声が聞こえてきた。


「ぐふっ……き……きさまら……」


 そこには気を取り戻したアスモが、力なく倒れたままこちらを睨んでいる。


「お前、まだ生きてたのか⁉」

「舐めるな人間……吾輩はまだまだ、ぐがっ!」


 何かを言い続けようとしたアスモの顔に、誰かの足が食い込んだ――ベルの足だ。


「ふん! 敗者が語る事は何もない。お主は負けたのだ。この我にな‼」


 何でこの人は、こうも誇らし気なのだろう? 何もしてないよね?


 そう思いながら俺は、胸を張って高笑いをしているベルを細目で見ていた。


 その時、そんな俺の隣にいきなりブラックホールの様な黒い渦が出来始めた。


「うおっ! なっ、何だこれ?」


 その渦の中から一人の全身に黒いマントを被った、小柄な少女が出て来た。


「ふむ。やっと着きましたか」


 慣れない土地に降り立ったのか、その少女は周りをキョロキョロと見回し始めた。


「あっ」


 そして、少女は俺に気が付き、可愛く動かしていた顔を止めた。


「どうも」


 礼儀正しくお辞儀をされた。


「どっ、どうも」

「初めまして。私ファミと申します。あっ、これ名刺です」

「あっ、これはどうもご丁寧に」


 俺はいきなり渡された名刺の内容を読んだ。


「魔界庁人事監視課! えっ、魔界の人!」

「はい。私は魔界で公務員として働かしてもらっている者です。こう見えても悪魔です」

「なっ、なんで悪魔の公務員さんがこんな所に?」

「はい。それはですね。私はその名刺にも書かれてある、人事監視課という少し珍しい所で働いてまして。なんでそんな課があると言いますと、悪魔という者は変わったものが多くてですね」

「ああ……」


 普通に納得した。


「そんな者たちが、色んな所で迷惑をかける事が多いんですよ。そんな者の後始末をするのが私たちの仕事なのですよ。それで……」


 ファミは隣で倒れているアスモに視線をやった。


「げっ! きっ、貴様は!」


 アスモがファミに気が付き、顔色を青くした。


「魔界庁観光課のアスモさん。お迎えに参りました」


 えっ? あいつ観光課なの? なんか、自分の家とか名所として紹介してそうだな。


「ちっ、違うのだ! こっ、これには色々事情があってだな」

「言い訳は結構です。魔王様もカンカンです。さっ、帰りますよ」

「ちょっと待て! 少しは人の話を聞け!」


 うん。今年一のおまいうだな。


 ファミは力なく抵抗できないアスモの襟をつかむと、先程出来た渦に向かって引きずりだした。


「はっ、離せ! 嫌だ! 吾輩は帰りたくないぞ!」


 そんな抵抗するアスモにファミは耳を貸さない。そして、渦の前でファミは立ち止まると、こちらを向いて軽くお辞儀をした。


「それでは神代幸太さん。またいつか何処かで」


 そう言うと渦の中に入って行く。


 あれ? 俺って自分の名前言ったっけ?


「フッハハハハ! アスモよいい気味だな。魔界のお仕置きはキツイというぞ。我に逆らった報いじゃ! フッハハハハハ!」


 ベルがアスモに向かって毒づきながら、満足げに高笑いをしている。


「きっ、貴様! そんな性格だから、我に捨てられるのだ! 少しは乙女らしいすが――」


 言葉の途中で、アスモはファミに渦の中に引きずり込まれていった。


「え?」

「むっ? なんじゃ?」

「捨てられたって、昔そんな関係だったんですか?」

「殴るぞ。あれは昔、勝手にあいつが言いふらしていただけじゃ。一度ボコボコにしてやったら付きまとわなくなったがな」


 ああ。それで最初から少し怯えた感じだったんだな。


 少しボコボコにされたアスモの事を想像し、ちょっとかわいそうな奴に思えてしまった。


 だがこれでこの街に静けさが戻り、俺の目標はなんとか達成された。


 色々あったけど、これで一件落着だな。


「おい。コラ」


 俺が勝利の余韻に浸っている時、ベルが声を掛けて来る。


「え?」

「え? じゃないじゃろ。え? じゃ。お主大切な事を忘れてはおらんか?」

「大切な事?」

「はぁ。お主は何の為に戦っておったのじゃ?」

「え? ベル様のわがままの為?」

「違うじゃろ! 情報じゃ! 神の居所の情報の為じゃろうが!」

「はっ! そうだった! 普通に忘れていた!」

「これだから駄犬は」


 俺は当初の目的を思い出し、慌ててヴィディーテさんの方を向いた。すると、気が付かないうちにヴィディーテさんは俺の隣にいた。


「うっお!」


 この人にはここに来てから、こんな感じで何回か驚かされる。


「いっ、いたんですか?」

「はい。戦いが終わってからずっと」


 この人は気配を消せる忍びなんだろうか?


「あの。約束通りにヴィディーテさんの悩みを解決しました。だから、お願いしていた事を教えてもらっていいですか?」

「はい。いいですよ」

「え? もう情報は手に入れたんですか?」


 さすが女神様。仕事が速い。


「じゃあ、早速その情報提供者に会わせてもらっていいですか?」

「はい。ではお願いします」

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